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#13 本気の眼

人が真剣に何かに向かっているときの眼が好きだ。

その眼からは、どこか覚悟みたいなものを感じるときすらある。

あのときもそうだった。

10月の北海道。

とある居酒屋で友人とたわいも無い話に興じていた僕。

話の途中で、カウンター越しに見える店員のお姉さんに目を奪われてしまった。

20代前半くらいのその方は、確かに美人であった。

だがそれ以上に、魚を真剣な眼差しで捌く仕草や雰囲気から「この仕事を一生全うしてやる!!」という気迫が伝わってきた。

そしてそれを自分と比べて、えらく落ち込んだ。

自分にはそんな覚悟はまだない。

その日から遡ること1ヶ月。

ぼくの頭の中には「転職」という言葉がうろついていた。

理由は色々とあるのだが、自分の中で、どうも今の仕事がしっくりきておらず、他の仕事も覗いてみたいな、と考えるようになったのが一つ。

今の時代、20代の後半にそんなことを考えるのは「あるある」で、今の仕事に納得している人の方が少ないのかもしれない。

ただ、サラリーマンでも先生でも居酒屋の店員さんでも「覚悟」を持って、今の仕事が好きで、集中力高く、夢中になって仕事に取り組んでいる人には敵わないと思ってしまう。

その少数派の中に自分は間違いなく属していなくて、だけど属すためには何かが必要で、その何かの正体を、朝の満員電車の中でいつも考えていた。

同じ車両に乗るスーツを着た「おとな」は、どこで覚悟を決めたのか。はたまた、折り合いをつけたのか。

11月。

とある飲み会の帰り。

最寄駅から家まで歩いて5分ほどの道を行く。

マンションやアパートの間を縫って歩くのだが、途中、少し先に見えるマンションの下に女性が立っていることに気づいた。

高校生くらいであろうその子は、マンションの外から真っ直ぐエントランスを見つめ、静かに何かを待っているようだった。

なんだろうと思った時には、自分の歩くスピードが相当に遅くなっていた。

そして次の瞬間、彼女の身体が激しく動いた。

ダンスの練習をしていたのだ。

エントランスのガラスに映る自分の動きを確認しながら踊る姿には、鬼気迫るものがあり、ぼくは思わず見入ってしまった。

まるで、世界に彼女しかいないようだった。

どれくらい前から、その場所で練習していたのかは分からないが、ぼく以外にも何人か彼女が練習をする姿を目撃しただろう。

だけど、彼女はそんなことなど一切、気にも留めず、自分のダンスだけに集中していた。


自宅に着き、スーツを脱ぎながら、考えた。

覚悟があれば自意識など消えてしまうことに。

そう言えば、人の目ばっかり気にしているよな。

満員電車の中で考えていた「何か」、

、、、ヒントになりそう。


眠る前に少し散歩をしようと外に出た。

ダンスをしていた彼女がいたマンションを通る。

そこにはもう、誰もいなかった。

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