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デコちゃんに、願いを

デコちゃんには人間の友達がいなかった。 

その理由はまず、デコちゃんのお父さんが一年か二年にいっぺん、海から山へ山から街へ、まるで旅をするようにあちこち引っ越しをしていて、そのせいでデコちゃんが転校ばかりしているってことがひとつ。

それから、デコちゃんが極端に内気で、恥ずかしがり屋だってことがひとつ。

例えばデコちゃんがつい最近、小学校に入学してから二度目の転校をした三年生の春の転校初日。教卓の前に立っているデコちゃんを見て「ガリガリ」「チビ」「髪の毛がくしゃくしゃだ」なんてこそこそ話をする同級生三四人、六八個の瞳の前で「自己紹介をしなさい」と言われたデコちゃんは、緊張して喉がカラカラになり、背中にじっとりと汗をかいて、頭の中が雪の日の空みたいに真っ白になった。

そしてやっとたったひとこと

「…か、かえります」

と言ってスグ、教室から逃げ出して、自分の家に帰ってしまったことがあるくらい。

そして最後、これが一番の理由でかつ重要なこと、実はデコちゃんは動物とお話ができる子なのだった。

ただ「動物とお話ができる」と言ってもそれは犬とか猫とか小鳥とかウサギなんかの人間によく馴れている生き物に限ってのことで、自然の中で暮らしている動物は人間をとても怖がるものだから、お話しするのは難しい。

今から少し前、都会の大きなビルとビルの隙間に建っている古い団地で暮らしていた頃のデコちゃんは、お隣に住む三毛猫のミー子に狩り教えてもらって、一緒にベランダのヤモリなんかを捕まえて遊んでいたし、近所のクリーニング店の看板犬であるところの柴犬のムサシと地べたに寝転んでお喋りをしていた。それを見た周囲の大人達は

(なんだか、おかしな子だなあ)

なんて顔をしていたけれど、デコちゃんはその頃まだ小さくて、周囲のそんな視線にぜんぜん気がついていなかった。

というよりもデコちゃんは、自分ができることは当然、他の人達にも普通にできるものだと思っていて、自分が動物とお話ができるってことを周囲の人間に隠そうなんて思わなかったし、自分がちょっとおかしな子だと思われているなんて、全く考えたことがなかった。でもある時、通っていた保育園の男の子がデコちゃんにこう言った。

「動物が喋るワケないじゃん、ウソつき」

デコちゃんはこの時初めて『普通の人間は動物とお喋りなんかできないものだ』ということを知ったのだった。

「ウソじゃないよ!」

「じゃあ、証拠は?」

証拠なんて言われても、デコちゃんにはただ、そこにいる動物の声が自分に理解できる音として聞こえてくるだけで、デコちゃんにだってそれがどうしてなのか、理由なんて分からない。だから「証拠は」なんて聞かれても、デコちゃんにとっての当たり前を一体どういう風に他の子に説明したらいいのか、デコちゃんは言葉に詰まってしまった。

「ホーラ、やっぱりウソじゃん」

結局デコちゃんは『嘘つきデコ』なんてアダ名をつけられて、通っていた保育園のさくら組全員からウソつき呼ばわりされることになり、いつしかデコちゃんは人間とは必要最低限の会話しかしなくなってしまった。

(もう動物とお喋りできるなんて、誰にも言わないでおこう、絶対に)

グーにした掌の中にその誓いを固く握ってデコちゃんは小学生になった。

デコちゃんは小学生になる少し前に、今度は海の近くの町の赤い屋根の家に引っ越したけれど、新しい町の新しい学校では自分のことを何ひとつ話さなかった。みんなに嘘つき呼ばわりされたことが悲しかったデコちゃんは、動物と話せることを、人間には絶対に秘密にしておくつもりだった。

でも一年生の夏休みの少し前のことだ、デコちゃんの家のお隣の家に住んでいる、アイビーというとても名前の気立てのいいラブラドールレトリバーの男の子がデコちゃんの家の庭とお隣を隔てている柵の隙間に顔を突っ込んで、鼻を鳴らしながら辛そうに話しかけてきた。

「お嬢さん、ぼく昨日からお腹がしくしく痛くって散歩に行くのが辛いんです。ぼくの御主人にそう伝えてくださいよ、お願いします」

デコちゃんはいつも朝に庭の柵に鼻先を突っ込んで「おじょうさん、おはようございます」と礼儀正しく挨拶をしてくれるアイビーのことが大好きだったし、何とかしてあげたかった。それで

『アイビーはおなかがとてもいたくって、おさんぽにいきたくないみたいです』

水色の便せんに鉛筆で手紙を書いてお隣の郵便受けに入れておくことにした、その時に

(差出人の名前が無い手紙なんて、読んでもらえずに捨てられてしまうかもしれない)

そう思ったデコちゃんは水色の便せんを入れた水色の封筒に平仮名で自分の名前を書いた、それがいけなかった。

手紙を見たお隣のおばさんは驚いてすぐに、アイビーを動物病院に連れて行った。果たしてアイビーは金属のネジを飲み込んでいて、それが運悪くお腹に刺さってしまっていたということが判明して、お腹を切る羽目になってしまった。

そしてその日の夕方、お隣のおばさんが真赤な顔でデコちゃんの家にやって来て、デコちゃんの出した手紙をデコちゃんの鼻先に突き付けて、怒りにまかせてまくし立てたのだ。

「なんでこんなことがアンタに分かったの?それってアンタがネジを混ぜ込んだお菓子か何かをうちのアイビーに食べさせたってこと?そういうことなの?まったくどんな躾をしてんのよ、親はどこなの?」

デコちゃんはおばさんに責め立てられ、「違うよ」と否定することもできずに怖くなってただ泣くばかりで、お父さんはこの時、仕事で留守だった。お父さんは毎日遅くまで仕事で、デコちゃんは夕暮れがとっぷりと深い藍色の夜を連れて来る時間までいつもひとりだ、お母さんはデコちゃんが三歳の時からいない。

アイビーは庭に出てこなくなってしまった。

本当は食いしん坊のアイビーがお散歩中に、おばさんの目を盗んで公園のベンチに置いてあった誰かの食べ残しのパンをゆるんで外れていたベンチのネジもろとも飲み込んでしまったってことがコトの真相だったのだけれど、まだ六歳でそもそも人間と、それも大人の人間とお喋りをすることが大の苦手なデコちゃんには、そのことをうまく説明できなかった。

デコちゃんは動物の言葉を聞くとか動物から聞いた言葉を人間に伝えるとか、とにかく何かと誰かと会話をするということ自体が怖くなって、動物とも人間とも話をしなくなった。

デコちゃんは本当にひとりぼっちだ、でも怒鳴られるよりはいい。

だからデコちゃんが三年生になって、今度は山の近くにぽつんと建つ青い屋根の家に引っ越しをして、そこから学校に向かう途中の、大きなミモザアカシアの木のある家の門柱の上にちょこんと座る綺麗な白猫を見かけた時も、デコちゃんはそれをできるだけ見ないようにしていた。

その猫はまるで女王様のように凛とした白猫で、いつもデコちゃんがミモザアカシアの黄色の前を駆け足で通り過ぎるのをじっと、何か言いたそうに見つめていたけれど、デコちゃんは自分からその猫に話しかけなければ、自分が動物の言葉をわかるなんてことはまずバレないだろうと思っていた。

そのはずが五月、まるで夏のようにきらきらとした陽光がデコちゃんのぴかぴかしたおでこに降り注いでいたある朝、白猫は金色の瞳で目の前を駆け足で通り過ぎようとしているデコちゃんをじっと見つめて、そしてこう言った。

「あんた、あたしの言葉がわかるんだろ?」

「へっ?なんでそう思うの?」

デコちゃんは、白猫があんまりにも当たり前だろって顔で話しかけてきたものだから、うっかり普通に返事をしてしまった。すると白猫は「やっぱりねえ」と言ってにやりと笑った。

「そりゃあ、猫を二十年近くやっていれば自然と『見る目』ってものが養われるものさ、でも猫の言葉のわかる人間で、それがこんな小さな子どもだってのはあたしも初めてだ。そのテの人間は大体死にかけの年寄りなんだけどねえ。むかーしあたしのお母さんから、あんたみたいに動物と話ができる力のある子どもがいるって聞いたことはあったけど…あんたまさか子どもに見える年寄りってことはないだろうね?」

「私八歳だよ、まだ子どもだよ」

「ふうん、じゃああんたがその噂の特別な子だね、あんた名前は?」

「かえでこ」

「カエル子?あたし、あれはキライなんだよ」

「違うよ、楓に子どもの子、か・え・で・こ。お父さんは『デコ』って呼ぶけれど」

「ああ、あの秋に真赤になる葉っぱのことかい、キレイな名前じゃないか、あたしは白雪って言うんだよ、この通り白猫でね」

「白雪?お姫様みたいな名前…」

「お姫様にしてはずいぶんとばあさんだけどね、あたしがもし人間だったらもう百歳ってとこだもの」

「そんなにおばあちゃんなのに、どうして毎朝そこに座っているの、今日なんて朝からこんないいお天気だし、暑くて疲れない?」

「確かにねえ、今日は随分と日差しが強いし本当なら涼しい台所の床で朝寝でもしておきたいとこなんだけど、あたしにもちょっとした事情があってね、この黄色いフワフワが咲き始めてから今日までずっと、あんたみたいな子を探していたのさ」

白雪は、庭の大きな黄色いミモザアカシアの咲き始めた頃からずっと自分の言葉のわかる人間を、それもできれば小さな子どもを門柱の上からじっと探していたのだそうだ、そしてそれには当然、ちょっとした事情があった。

「あんた、この先の小学校に通ってるんだろ、毎朝同じ時間にこの門の前を通るものね」

「ウン、そう。だいたい七時四五分くらい」

「だったらホラ、そこのサザンカの垣根の隙間からこの中をちょっと覗いてごらん」

「お家の庭を?いいの?この家の人に怒られない?」

「ちょっとくらいなら大丈夫さ、それにここの奥さんは子どもの好きだからね、見つかったって笑うだけで別にアンタを怒りゃしないよ」

白雪がそう言うので、デコちゃんは言われた通りサザンカのつるつるした葉っぱの茂る垣根の、そこだけソフトボール位の大きさの隙間がぽっかりあいている場所に頭を突っ込んで中を覗いた。

するとそこにはよく手入れされた芝生の庭が広がっていて、庭のあちこちには雪のような薔薇がデコちゃんに「こんにちは!」って微笑むようにいくつも咲いていた。

「お庭にお花が沢山咲いてる、あれはバラ?」

「むらさきのがクレマチスで白いのがモッコウバラだよ、あんな白いのは珍しいんだってさ。でもあたしが見てほしいって言ってんのはそっちじゃないよ、ホラ縁側のところに子どもがいるだろう」

「子ども?白雪おばあちゃんの子?」

「あたしに子どもなんかいやしないよ、人間の子どもさ」

白雪がおかしそうにフフフと笑って「縁側を見てごらん」と言うので、デコちゃんは垣根の中に更に頭を突っ込んでモッコウバラの向こうにある家の中に目を凝らした。

確かに庭に面した大きなガラス戸の前に女の子が座って外を眺めている。すみれ色のワンピ―スを着て髪の毛を編み込みにしたその子は、デコちゃんと同じ位の年頃に見えた。

「あの子、今日学校はお休みなの?」

「学校なんて、冬の終わり頃から一度も行ってやしないよ」

「どうして?どこか体の具合が悪いの?」

「なんて言うのかね、あたしはあの子を赤ん坊の頃からよく知ってるけど、いつまでたってもうまく歩けるようにならないんだよ、そういう子なんだろうね。猫にも毛が長いのとか、毛が無いのとか、カギしっぽとか色んな種類のがいるからね。人間にも時折そういう他とは少し違う子が産まれるってことなんだろ、きっとそんな珍しいことでもないさ」

それを聞いてデコちゃんは、垣根の向こうの庭の、更に向こうにいるその子のことを、目を細めてじっとよく見た、するとその子が、ピンク色のフレームの車椅子に腰かけているってことが分かった。

(生まれつき、足が不自由ってことなのか)

白雪は長く真っ直ぐな尻尾をパタパタさせながら、本当ならデコちゃんと同じ小学三年生のその子が元々とても体が弱くて、ついこの前の冬、このあたり一帯にほんのりと柔らかな雪の積もった朝に、ひどい熱を出して隣町の大きな病院に入院し、季節が春になる頃になってやっと退院してこの家に戻ってきたのだと教えてくれた。

「そこの花壇のチューリップが蕾になった頃にやっと帰ってきてね、これでまたそこの学校に通えるって奥さんが喜んでいたのに『小学校には二度と行かない』なんて言いだしたのさ、それでみんな手を焼いているんだ」

「私と同じ小学校の子なんだ」

「そうだよ、小学校ってのは別に歩けない子が行ってもかまやしないんだろ、人間も色んな種類が集まっている方が賑やかでいいさ。まあ歩けないって言っても、あの子は小さい頃から毎日少しずつ練習して、杖みたいなのを使えばうんとゆっくり、ほんの少しの距離なら一人で歩けるようになったんだよ、でもその歩き方がおかしいって学校の悪ガキどもにひどく笑われたんだって、可哀想に両目にいっぱい涙を溜めながら、あたしにだけこっそり教えてくれたんだよ。だから学校なんかもう行かないんだってさ」

「なにそれ、イヤな奴らだね」

「しかもね、そのガキどもときたらわざわざこの家の前であの子の歩き方を真似してからかうんだよ。あたし頭にきちゃってね、そこのセンダンの木の上から、そいつらの頭に飛び乗って、鼻のアタマを爪で思いっきりひっかいてやったさ」

白雪はぷりぷり怒りながらそう言った。それを聞いたデコちゃんはなんだか垣根の向こうの子に対して、独りぼっちの夕暮れによく感じる、懐かしいような、少し悲しいような、大丈夫だよって手を握ってあげたくなるような、不思議な気持ちになった。

「あんた、あの子の友達になってやってくれないかい?それで一緒に学校に行かないかって誘ってやってほしいんだ。猫は学校に行ったりしないし一匹でも生きられるけど、人間はそうじゃないんだろ。この家の奥さんも旦那さんも、あたしも順番で言えばあの子より先に死ぬんだよ、その時にあの子が独りぼっちになるなんて、あたしはイヤなんだよ」

白雪がそう言って金色の瞳から今にも涙をこぼしそうな顔をするもので、デコちゃんは実のところ自分にも友達なんか一人もいないし、そもそも友達ってどうやって作ったらいいのか全く分からないんだってことを言えなくて、つい「ウン」と返事をしてしまった。

そしてそう言ってしまってからデコちゃんは「しまった」と激しく後悔した。でも、一度口から出てしまった言葉はもう元に戻らない。

「ありがとうねえ、あの子の名前は桜子って言うんだよ。ちょっと意気地がなくてその割に頑固な娘だけど、あたしにとっては本当に可愛い孫みたいな娘なのさ。あんたもね、とても優しい良い子だからきっと仲良くなれるよ」

門柱に座っていた白雪がデコちゃんの肩にひょいと飛び乗って頭をこつんとデコちゃんの頬にぶつけた。それは猫の「あなたが大好きだよ」って仕草で、だからデコちゃんは更に言えなくなってしまった。

デコちゃんは友達が一人もいないってこと以前に、三日に一回はこの家の前を通って学校に行くフリをして、途中で引き返して自分の家に帰ってるってことを。

「でもあの…白雪おばあちゃん私、一体どうやってあの子と、桜子ちゃんと仲良くなったらいいと思う?」

「そんなのは簡単さ、アンタには口があるだろ、桜子に『友達になろう』ってたったひとこと言えばいいんだ。あの子は毎朝必ず庭で歩く練習をするからじきにここに来るよ、ああホラ出て来た、今日はすこしだけ早いね」

「私から話しかけるなんて無理だよ、あの…私、もうそろそろ学校に行かないと」

突然のことに慌てたデコちゃんは、思わずくるりと踵を返してその場から走って立ち去ろうとした。

(知らない子に話しかけるなんて、きっと緊張して頭が真っ白になって何にも言えなくなる、そうしたらまた変な子だって思われる)

デコちゃんは生き物なら犬も猫も小鳥もウサギも、イグアナだってみんな可愛くて大好きでひとつも怖くなかったけれど、人間だけは、どうしても怖くて苦手だった。

「お待ちよ、あんた今あたしの願いを聞いてくれるって言ったじゃないか」

その場から慌てて立ち去ろうとしたデコちゃんの肩に乗っかっていた白雪はデコちゃんの首にしがみついた。その時白雪がうっかりデコちゃんの柔らかな肌に爪を立ててしまったものだから、デコちゃんは悲鳴を上げた。

「白雪おばあちゃん痛い!」

するとデコちゃんの大声を聞いて、庭に出てきていた桜子がさっきまでデコちゃんが頭を突っ込んでいた垣根からとても険しい顔を突き出してきて、怒鳴った。

「アンタ誰?うちの猫に何したの?」

「あああ、あの、お友達に…その…白雪おばあちゃんが桜子ちゃんのことが心配だからって、じ、自分はもうお、お老い先短いから、と、友達が必要だって、一緒にがっ、学校に行ってやってって…」

人間は不意をつかれると急に正直になる。それでデコちゃんはさっき白雪と話したことの大体を、しどろもどろになりながら桜子に話してしまった、そして即、後悔した。

(ああ、また嘘つきって言われてしまう)

でもこの時、桜子はデコちゃんが思っていたことを言わなかった。どころか黒目がちの目をきらきらさせてこう言ったのだった。

「もしかして、あんた猫の言葉がわかるの?」

「えっと…あの、もし私が『そうだよ』って言ったら、信じる?」

「信じるも信じないも、私の名前も白雪の名前も知っているし、白雪がうんと年寄りの、おばあちゃん猫だってことも知っているじゃない、全部、白雪から聞いたんでしょ?」

「う、うん…」

「いいな!」

桜子がデコちゃんの不思議な力のことをすんなりと信じた上に、羨ましいとまで言ったのでデコちゃんはとても驚いた。これまで誰もがみんな動物の言葉のわかるデコちゃんのことを「おかしな子」だとか「ウソつき」としか言わなかったのに。 


白雪の言った通り、桜子とデコちゃんが友達になるのはとても簡単なことだった。ひとこと「友達になろうよ」って言うだけ、ただそれだけ。

人生で初めてできた友達に、デコちゃんは色んな話をした。狩りを教えてくれた優しい猫のミー子のこと、食いしん坊の犬のアイビーのこと、デコちゃんが三歳の頃にお母さんが病気で死んでしまったこと、それからずっとデコちゃんのお父さんは元気がないんだってこと。

デコちゃんがお母さんのことを「あたしが三つの時に死んだんだ」と言った時、桜子は目を丸くして押し黙り、それから何も言わずただそっとデコちゃんの手を握ってくれた。その掌がとても暖かくて、デコちゃんはその時生まれて初めて(人間の友達もすてきだな)と思った。

そして、寒い日に温かいココアを飲んだ時のように胸からお腹がじんわりと暖かくなってつめたい何かがするすると溶けてゆくような気がした。


それから暫く経ったある日、いつものように庭を眺めながらお喋りをしている二人を満足そうに眺めていた白雪は、茜色の夕暮れが藍色の夕闇に静かに変わる頃、桜子に「またね」と言って帰ろうとしていたデコちゃんにこう言った。

「あたしはね、なんでアンタがあたしの言葉をわかるのか、ずうっと考えていたんだけど、なんだか合点がいったよ、あんたのその不思議な力はあんたの中に凝った『淋しい』って気持ちのカタマリのせいなのさ」

「カタマリ?なにそれ?どんな?」

「氷みたいなもんさね、だからきっと桜子と過ごしているうちにそれがキレイに溶けて無くなって、いつか、あたしの声が聞こえなくなる日がくるよ」

でも、あんたにとっては、それが一番いい。

白雪がそう言って自慢の長い尻尾でデコちゃんの背中をふんわりと優しく撫でた。それでデコちゃんも「それはそれでいいのかもしれないな」と思ったのだった。

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