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週5日制。

 私もなんとはなしにそれに気が付いてはいたのですが、平日週5日、仕事をするとか学校に行くという設定、あれを万人に適応するのはすこし無理があるのでは。

 私自身は、なにしろ週に6日も学校がある時代に義務教育を受けた世代で、その上学校を出てさあお仕事をいたしましょうという頃には

「ええっ、おしごとをいただけるのですか、身を粉にして働かせていただきますッ!」

いただける仕事であればなんでもありがとうございますという氷河期世代、週に8日働くとか、半年間碌に休みがないとかわりと普通だったというと語弊があるかもしれないけれど、学校も仕事も、週5以上あるのがまあ普通という年代。だからあまり考えていなかったのだけれど、週5日かそれ以上、仕事をしたり学校に安定して出勤して登校することができるのはもしかすると一部の、心身が堅強でゴリラのように健やかな人間にのみ与えられたいわば特技なのかもしれないなと、最近とみにそう思う。

 これまで生きていて、時折「病弱で、すぐに熱をだした」とか「運動会や遠足のあとは必ず学校を休んだ」というお話を、主に小説や漫画の設定では目にしてきたものだけれど、実際にそういう人にお目にかかった事がなくて、私は

「体が弱くて、学校に(もしくは仕事、それに準ずる施設)に毎日通うことができません」

という人をほんのりと架空の人物だと思っているフシがあった、それはどこかにはいるんだろうけれど、私は見たことないなと。

 しかしいたのだ、それが自分の娘だったりする運命のいたずらよ、その子は現在幼稚園の年中の4歳児。

 先天性の循環器系疾患の子は心臓の構造や循環の仕組みが人と違っていて、それだから普通に呼吸して生存を維持するだけでも普通の人の倍、体が頑張らないといけないという、謎に理不尽な宿命を背負っている。とにかく体力がない、そして疲れやすい。うちの4歳はそのての疾患を持つ子ども達の中では断トツに身体頑健(だと思う)なのだけれど、それはそういう少し特殊な事情のある仲間たちの中でのみ通用する『身体頑健』さなのであって、さあいざ普通に元気なお友達ばかりのいる幼稚園に放り込んだら、この娘が強いのは気持ちだけであってあとはやっぱり、体力不足と、身体の脆弱さは否めない。体力と体調を鑑みて毎日お友達より1時間遅く登園して、1時間早く降園しているのに家に帰るとくたくたのへとへと、身も世もありませんわという顔でソファに寝っ転がっている。そして週の真ん中あたりで体調を崩してしょっちゅう休んでしまう。

「ウッチャン疲れちゃったー」

というのが帰宅後の4歳の口癖になってしまった。ウッチャンというのが最近のうちの4歳の1人称で、不思議なのはこの「ウッチャン」と言う呼び名が何ひとつこの4歳の名前の音と被っていないこと、何がどうしてウッチャンなのよ、ウッチャン。

それはいいとして、それだから今月の前半、運動会の熾烈を極める練習で日々の保育時間の埋まっていた頃に週5日連続登園できた時は、もう拍手喝采だった。人間はやればできる、酸素飽和度がひくくとも、酸素が必携品だとしても、そして毎食後たくさん薬を飲んでいても、先生方の細心の注意と配慮、そして本人の気合があればできるのだ。お陰で練習も十分で、10月の初旬の運動会は華々しく無事に終わり、そしてその後、連休を挟んでウッチャンこと4歳は風邪をひいて幼稚園をお休みした。
 
 何のことはない、元気の前借りをしていただけだった。

 お陰様で、今や予約番号を取ることが戦争状態となっている主治医のクリニックに、朝7時ちょうど予約開始の瞬間から、一昔前のチケット取りみたいな気合で予約を取って病院につれてゆき

「これさあ、熱が上がってきてSpO2(酸素飽和度)が80%位になって上がらへんかったら、すぐ大学(病院)の方に行ってな、救急な」

などと恐ろしいことを言われてしまった。いやだ、断る。

 幸い、そういう事態にはならなかったものの、4歳は四六時中鼻水をずるずる、セキをコンコン、喉にからんでくる嫌な痰のせいで夜中に何度も不機嫌そうに目を覚まし

「ウッチャン起きちゃったの…」

なんて言いながら、優しく背中を揺り動かして起こして…くれたらまだいいのだけれど、額をべチンとイッパツ叩いてハハを起こすのはやめてくれないかなウッチャン。小さい掌が額をスマッシュヒットって意外と痛いし、その時の言いようが

「ママッ!おきてッ!」

なのもややつらい。風邪ひきの子どもは大体機嫌が悪い、なんだかいつもが命令形。そうしてそのままウッチャンは1週間、幼稚園を休んだ。その時に初めて私は

「そうか、病弱で学校(この場合は幼稚園やけど)を休みがちってこういう…」

ということに今更気が付いたのだった。そして体の問題ゆえに本来なら毎日通うはずの場所に毎日通えない子というのは、お休み中、寂しい顔で布団の中で大人しく寝ている訳ではひとつもなくて、ソファをトランポリンにして遊び、なにかの腹いせみたいにベランダのガジュマルの鉢植えの葉っぱをぶちぶちむしり(やめれ)、それから折り紙大図鑑を持ってきて「アレとコレとコレも、折って!」と言い続ける生き物なんだなあということも。

「幼稚園、いきたいなあ」

お友達は今何しているかなあと言いながら、幼稚園とはぜんぜん反対の方向を不貞腐れて眺めている子を見ていると、不憫だなあというよりは

(ほんまに早う行ってくれ…)

と思うのが実は正直なところなのだけれど(だって買い物にすらいけないし)、これ小学校に入っても、中学生になっても、体力的な面はいくぶんか改善はされるだろうけれど、ひとより特殊な循環器のつくりは、うちの4歳についてはこれ以上もう変えようがないのだし、こうも数日行ってはそれと同じ日数休む、というサイクルだとちょっと大変だなあというか、少し不安になってくる。

いや、そもそも週5日、毎日学校があるって、意外と大変な子が多いんじゃないのか。

 そんなことを考えながらも今週は月曜日から金曜日まで、また5日間幼稚園に通うことができた、今月2回目、なんという僥倖だろう、よしよし、このまま低空飛行で何となく週5日側にいけるのでは。第一この4歳は幼稚園とそこにいるお友達が大好きなのだ、いつもお友達より1時間早く帰るので、丁度給食のお片付けが終った頃に迎えにいくと、それは仲良しのお友達と手を繋いで園庭で遊んだりしている時間で

「もうきたん?」

あたしこれからお砂場いくつもりやってんけど、だいたいママはいっつもお迎えが早すぎるねんと態度で示されることしばしば。同じ幼稚園で「だれがいくかあんなとこ」と3年間登園拒否の姿勢を崩さなかったこの子の9歳上の兄とはエライ違いだ。

 4歳は、お迎えに来た私の姿を見ると「ウッチャンのママ来てるでー」と先生に伝令を飛ばしてくれるしっかりもののお友達ガールズといつもとても楽しそうにしている。幼稚園が大好きなのだって。

そうやって、気持ちだけは常に常に前を向いているのだから、体力も徐々につけていって、毎日、そして保育時間いっぱい通えるようになったらいいのにな、年長さんになるまでにそうなってくれるかなと考えながら幼稚園からの帰路、雲のひとつも無い澄んだ秋空に向って自転車を漕いでいたら背後でコンコンと少し痰の絡んだセキが聞こえた。さてはおまえ…

 そして、今日土曜日の朝、4歳ことウッチャンは滝のような鼻水を出している。今朝それに気が付いて「病院の!予約!」と思った時には時すでに遅し、予約は飽和して既に終了していた。多分来週の半分、いや全部は風邪でおやすみかな、この土日は行楽日和らしいけど体調第一、致し方なし。

こういうのを日々見ていると本当に週5日制とか、連勤とか、皆勤賞とか、それから無遅刻無欠席、それって実は特殊技能で、万人に求めていいものではないんだなあと思う。そうですよね、世界中の体の弱い、もしくはとても疲れやすいひとびとよ。


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