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先生とお別れする事とインフルエンザの話の続きの話

◆前回までのあらすじ

2年間心臓疾患児の娘②の命を預けてきた畏敬の念が深すぎて影も踏めない主治医Y先生に突然

「3月末に退職することになりました」

そう告げられ、衝撃と動揺で脳内が自傷感傷叙情綯交ぜJ-POPポエマーになった私を自宅で待っていたのは、インフルエンザに罹患した小学2年生の娘①だった。

神よ、なぜ今日なのですか。

そしてお母さんのライフはもう0よ。

◆1
インフルエンザA型を確定させた娘①は、その日の内に自宅の小さな洋間に隔離された。

まだ8歳、しかも小児科医院から帰宅した後更に熱が上がり39度超えの高熱で、息も絶え絶えの娘①をあまり日当たりのよくない底冷えのする北向きの普段使っていない布団部屋みたいな6畳に押し込むのは可哀相ではあったけれど、彼女の妹であるところの肺循環のシステムが普通の人間と全く異なる心臓疾患児・娘②がインフルエンザに感染してしまうと、そしてそれを運悪く悪化させてしまうと、世にも恐ろしいことが起こる。

自家搬送もしくは救急搬送
緊急入院

からの

人工呼吸器挿管

そしてママの入院付き添い地獄のデスロード

去年のインフルエンザ・ハイシーズン、これと同じ憂き目にあった何人もの心疾患児たち、そしてその母たち、彼らのその時の苦闘、それを思うと

「ママ~熱い~」
「ママ~お茶のみたい~」
「ママ~寂しい~」

半べそをかきながら何度も母の私を呼び続ける娘①を別室に押し込んで、呼ばれるたびにはいはいはいお茶、薬、ご飯は食べられる?何?いちごなら食べられる?あまおう?ねぇなそんな高級品今ウチには。

そう言って、娘①の部屋と他の二人の子供、2歳の娘②と10歳の息子の居住区をひたすら手指消毒しつつ往復するしかなかった。

おかげ様でただでさえ潤いが著しく不足しがちな41歳の手指はカッサカサになったが

しかし家庭内パンデミックは母のこの命を賭しても防がなくてはならない。

病床の娘①も

「インフルエンザになったら、娘②ちゃんは死んじゃうかもしれないんでしょ?」

イヤ、それは話飛躍しすぎちゃう?取り合えず入院したらしたで大学病院の先生方が何とかしてくれるんちゃう?とは思ったが、娘①は高熱にうなされる最中も、姉としての矜持を保ち、妹の身体を気遣い、隔離された部屋からトイレ以外の用事で決して出てこようとはしなかった。

健気とはお前のことか。

戦災孤児役の朝ドラ子役だってこんな健気じゃない。

◆2

しかしそんな母親の願いと、姉の優しさを通り越した慈愛は、当の娘②には理解出来よう筈も無い。

だって2歳児だし。

娘①のインフルエンザ発症1日目、大好きなにぃには学校に行ってしまったが、昨晩から姿が見えないねぇねは一体何処に行ってしまったんだろう。

頭囲48㎝の小さな頭で2歳の娘②が何をどう考えたかは知らないが、朝息子を学校に送り出してから、娘②はしきりに

「ネェネ~」
「ドコ、カーイ」

姉の姿を探していた。

ホンマにそこら中を

いつでも探しているよどこかにねぇねの姿を

掃除機の入った納戸
テレビ台の下
IKEAのおもちゃ箱の中
冷蔵庫の野菜室

そんなとこにいるはずもないのに。

山崎まさよしかお前は。

大体、捜索場所がすべて全部125㎝25㎏の小学2年生娘①が隠れるには小さすぎやしませんかとは思うが

所詮2歳児よのう。

娘②が普段ほとんどの時間を過ごしているリビングから廊下に出るためには一枚ドアを開けて出なければならず、そして廊下を出て右手にある娘①の隔離部屋も当然ドアで仕切られていて、その二つのドアを娘②は自力で開ける事が出来ない。

だからどんなに娘②が姉の姿を探そうと、洋間で臥せっている姉は見つけられないだろうと思っていたのだが

「あ!娘②ちゃん!」

リビングのドアを娘②が私の後ろについてすり抜けたタイミングで、折悪しくトイレに行こうと部屋をそっと出てきた娘①を見かけてしまったが最後、愛しいねぇね、いつもペネロペちゃんのぬいぐるみで遊んでくれるねぇねその人を発見した嬉しさから娘②は娘①が慌てて「来ちゃダメよ!」と閉めた隔離部屋のドアを

「ネェネ~」
「ォイデ~」
「オ~イ」

「ゆきだるま作ろ~♪」とは歌わなかったが

大好きなねぇねと自分を隔てているそのドアをバンバン叩いて出てこいと訴えた

『でてきてあたちとあそびましょう!』

姉妹がドアを挟んで

「あそびましょう、出てきて頂戴」
「あっちいって!」

の応酬を繰り返す、リアル・アナ雪展開にこの姉妹の母としては若干胸アツではあったが、娘②は何故かだるま落とし用のでっかい木槌を右手に掲げ、わずかなドアの隙間に顔面を無理やりねじ込もうとしている。

その様はどう好意的に見ても麗しいディズニー映画の世界の女王と王女の姉妹のそれではなくて

「シャイニングや…」

ご存じだろうか1980年にスタンリー・キューブリック監督により映画化されたスティーブン・キングのホラー小説。あれに出てくるホテルに宿った狂気に取りつかれてドアを斧で叩き壊しその隙間から逃げ惑う妻子に迫り来る小説家志望の夫・ジャックにそっくりで兎に角見た目が怖い、怖いからやめてマジで②ちゃん。

娘②はその日一日中、私が用事で廊下に出るたびに、後ろについてリビングと廊下を隔てるドアを突破し、ねぇねのいる隔離部屋の前にやってきては、一人シャイニングごっこを続けた。

その都度娘②を回収し続けた私は、大層気骨が折れた。

そして何より

感染予防とは

隔離の意味とは。

◆3

インフルエンザ発症2日目、娘①は平熱まで解熱し始め、私は胸を撫でおろした。

健康で健常な子供でも高熱は怖い、流感とか古式ゆかしい呼び名も持つアイツは恐ろしい事にインフルエンザ脳症という意識障害、けいれん、異常行動を伴う劇症的な状態に移行することもある、それが心配で心配で前日39度の高熱に唸っている娘①に

「娘①ちゃん!3×4の答えは?わかる?大丈夫?」

そう何度も聞いてしまった思慮浅薄、平たく言うとすごくアホな母を許して欲しい娘①

土曜だったこの日は、にぃにもパパも在宅で、娘②は2人に張り付いて遊び、快方に向かった娘①は隔離部屋の小さなテレビにAmazon primevideoのスティックを設置してもらい、ご機嫌でドラえもん映画を見ていた。

実は娘①は幼稚園児の頃からのドラえもんフリークで、映画という映画を端から端まで視聴し、全エピソードをセリフに至るまで事細かに記憶しているという猛者である。

そしてこのまま娘①が全快してくれれば、今回は私の勝ちだ。前回インフルエンザが家庭内を席巻した2年前は娘①、息子、私の順番で次々と罹患し、高熱で足腰立たなくなった私は家中を蛇の如く這って家事育児をこなしたものだった。そしてその見た目は、当時小学3年生だった息子からすると相当恐ろしかったと言う。それより何より当時まだNICUに入院していた生後2か月の娘②と接見禁止10日間の憂き目にあったのだ、あの時は泣いた。そしてそれ以来ずっと私はこのサイズ0.1μmのウィルスを激しく憎んでいる。アイツ絶対許さねえ。

そう思っていた夕方、パパとお風呂に入って遊んでいたはずの娘②の機嫌のが突然悪くなり

「ママ~娘②ちゃん、なんかグズグズなんやけど…」

そう言って夫は早々に娘②をお風呂から離脱させてきた。わかった、わかったから体を拭いて服を着てくれ夫。

夫が言うには、いつもは風呂桶の淵におもちゃのコップを沢山並べて、そこにジョウロでお湯を注ぎ

「アイ!ドジョ!」
「アイ!アイ!」

『まあ、一杯の飲みなちゃいよ?え?何?アタチの酒が飲めないっていうの?キーーー!飲むまで風呂から上がらないわよ!』

という、自らの出汁の程よく出た風呂の湯を一緒に入浴している大体は私か夫かに『飲め』と強要するという暴力スナックのママごっこに興じるのに、今日は手渡したコップもジョウロも放り投げ、体を洗ってやる時も仰け反ってグズグズと泣いていたらしい。

そして、そんな娘②が不機嫌な時、それは

究極までお腹がすいている時、
極限まで眠たい時、
そして、熱発時。

あ、これ駄目かな、やばいかなと思い首筋と背中に掌をあてがう。熱い、推定体温38.5度。そして顔色、これはあまり悪くはなってない感じ、SPO2(血中の酸素飽和度)推定85%

「パパ体温計持ってきて」
「あとサーチュレーション計るから、モニター」

夫は普段はそうそう見ることのない子の急病、その瞬間に立ちあった為か若干慌てつつ裸のまま別室に計測器を取りに行ってくれた。だから服を着なさいってば。

果たして、娘②の体温38.5度。
SPO2 85%
心拍数144

突然ですが母親業も長年やっていると、掌で子の体温を計るようになりませんかそこのママン。娘②のような心臓疾患肺疾患や、酸素呼吸器その他医療機器絶賛使用中の疾患障害児ちゃんの業界においては、常時測定している各種数値を子供の顔色を見てその大体を当てられるという母達が割と存在する。

子の穏やで健やかな生存のためにその母が開いた未知の第六感。

娘②はSPO2は普段と変わらず、脈拍が若干早い、しかし何よりこの急な高熱はインフルエンザ感染ですねそうですねわかりますありがとうございます。

さっきSPO2が平素と変わらないと書いたが、娘②は心臓の中のつくりが雑というか心臓の左右を隔てる壁が『無い』という神様ちょっとこれ困るんですけど的造形をしているので、静脈血と動脈血が常に思いっきり混ざっている、ザ・混沌。それゆえ全身が常に酸素不足というか低酸素、人間が元気に活動できるすれすれ状態で生きているので、本来なら100%~96%あって普通のSPO2値が平素元気な時でも85%と低い。

この数値は、発熱やそれに伴う脱水で結構簡単に下がってしまう。

そしてそれが娘②の命取りになる。

インフルエンザ、やっぱりアイツ絶対許さねえ。

◆4

巷の小児科医院がすべて診療を閉めている土曜日の夕方の急な高熱、親は子供を毛布でぐるぐる巻きにし、足袋はだしで往来に飛び出して診察終了の札をかけられた街の小児科医院の扉を

「子供が病気なんです!先生!先生!」

ドンドン叩かなくてはならない、

ということはこの娘②に限っては起こらない、というかやるなそんなこと。

指定難病児でかつ医療的ケア児の娘②は夜間土日祝日「これは病院搬送待った無しなのでは?」と親である私が判断した場合、普段娘②を診てくれている大学病院の救急外来に一報を入れ、救急が受け入れを許諾してくれれば大学病院の救急外来に自家搬送をする事が許されている。

それは、地域の休日診療や夜間診療に急病の娘②を慌てて連れて行ったところで

「この子何なんですか?え?心疾患?SPO285%で大丈夫なの?BNPは?いつもどれくらいなの?」

診療情報提供書も無い、手元のデータは母親の脳内フォルダの中のみという状態で連れてこられる飛び込みの先天性心疾患児は当番医をたいていビビらせるだけビビらせて、その後大体は救急車でかかりつけの大学病院に病院間搬送されてしまうからで。

この日も私は、躊躇留保逡巡一切無く、救急外来に電話をかけ、対応してくれた高度救急救命の巨塔大学病院内における野戦病院ポジション、救急医療の表玄関、救急外来のナースに早口でこう告げた。

「本日午後17時過ぎ発熱、体温・38.5度、心拍・144、SPO2・85%、同居家族にインフルエンザ罹患者1名、インフルエンザ感染の可能性があります」

軍隊か。

しかしそれくらい簡素完結数値的に今起きていることを伝えないと、今後ろに救急車来てますのでまた後程!と言って一旦通信を打ち切られてしまう事があるのだ。

戦場との通信はいつも厳しく世知辛い。

そして衛生兵、じゃなくてナースは私にこう告げる

「わかりました!お母さん、何分で来られますか?」

いつも救急外来のやり取りで緊張するこの指示、とにかくすぐ来い今来い速やかに来いというこの指示で、私はいつも娘②がちょっとした発熱や感染症でうかうかしていると三途のリバーに片足突っ込む存在なのだという事を思い知らされる。

「30分後には到着します!」

仁王立ちのまま電話を切って振り返ると、熱で若干目が虚ろな娘②を抱えた夫と、その横に座した息子が身を寄せ合い上目遣いで心配そうに私を見つめていた。

乙女か。

よし、乙女達、正確には幼児と児童と壮年、救急外来の受け入れ許可が下りた、幼児はモンベルのフリースを着なさい。お外は暗くて寒いから。今から病院に行こうね。

児童、君は残ってご飯を食べて落ち着いて待つように、あと娘②ちゃんのニットの帽子と酸素ボンベ持ってきて。

そして壮年、もとい夫はタクシーを呼べ、何?ごはん?台所にある!

家族の誰かが感染症に罹患している時、私はよくおでんとかカレーを鍋に大量に作っておく、この日は炊き出し級の大鍋におでんを沢山作ってあった。

それは娘②が感染症に罹患、救急外来自家搬送からの入院という事態に陥った時、自宅に残された息子と娘①が飢えないようにするための生活の知恵で、この日も場合によってはそのまま病棟に上げられるかもしれないな、と入院用品一式の入った無印のトートバッグを引っ張り出し、そして医療省一式、娘②のストローマグ、おむつポーチ、タオルその他すべてを適当にお出かけ用のルートートの巨大なバッグに放り込んだ。

「タクシー来たよ」

夫に呼ばれて、別室隔離されている娘①に

「娘①ちゃん、娘②ちゃんお熱が高いから今から救急外来行ってくるね。おでんあるから、パパによそって貰って食べて。」

そう伝えると、娘①ったら何て言ったと思いますか奥さん。

「娘②ちゃん、ねぇねのインフルエンザがうつったんだね…ごめんね」

い い よ ~

悪 く な い よ ~

悪いのはアイツだ、この季節にイキり倒してる大きさ0.1μmのアイツ。

娘①は姉として体の弱い妹への感染拡大を防げなかったことに自責の念を抱いていて、もう健気か!健気の日本チャンピオンか!大丈夫だよ、ワクチンも打ってるし、お薬貰ったらすぐに治るから。

そうドア越しに慰めて、さあ行こう娘②ちゃん、今からいつもの病院だよと家を飛び出す寸前、息子が


「おかーさん、コレ持って行ったほうがいいかも!」

そう言って手渡してくれたもの、それは

『アンパンマン ミニスティックパン』

母の空腹を瞬時に考慮できる息子、お前は神。

そう、救急外来受診に無事漕ぎつけたところで、医師の診察まで辿り着くには結構な時間を要する。私が娘②のストローマグを荷物に忍ばせたのもそのためで、夕飯前のこの時間からの受診、確実に親は空腹と戦う羽目になる、その上入院となると、親は下手をすると朝まで飢えたまま耐えることになる。

救急車に同乗する時、救急外来を受診する時、医療証、財布、携帯を用意している合間に、もう食パンの袋でいいから掴んで何かしらの食料は確保していった方が賢明だ。

緊急搬送、食料大事。

以上、豆知識でした。

◆5

タクシーの中で娘②は、熱の為か呼吸数がかなり多くなっていて、その様子は

「お客さん、おチビちゃん大丈夫?何かハァハァ言ってるけど?」
「熱なの?風邪なの?心臓も良くないの?そら、大変やないか!」

心配した運転手さんにタクシーのアクセルを結構にしっかりと踏み込ませた、早い話が道路交通法違反レベルすれすれの速度で病院に運んでもらった。

そしてたどり着いた救急外来

「先ほどお電話した娘②です。到着しました!」

受付で名前を告げて待つこと約30分。

救急外来は、あれはどういうシステムなのだろう、その患者に必要な診療科の先生が病棟から診察に降りてきてくれるのだけれど、娘②の場合は『小児科』という括りの中であとは一体何の専門医が来るのかはその時々による。

まさか病棟の中でじゃんけんで決めてたりしてないだろうな。

十中八九インフルエンザではあると思うけれど、呼吸は荒いし、このまま熱が上がってSPO2がだだ下がる可能性を考えれば、とにかく心臓のドクターを、主治医が来いとかそういう贅沢は言いません、病棟にいるはずの若手の小児循環器医の先生をお願いします神様。

そう十連ガチャをひく直前の気持ちで祈りを捧げる私たち親子の前にやってきたのは

「娘②ちゃん、お熱ね、どうかな~?」

柔和な笑顔、ちょっとアンパンチなお腹の貴方は入院中に何度か病棟でお見かけしたことのあるドクター。

ご専門は、確か

『腎臓』

惜しい。

しかし腎臓は心臓とは五臓六腑の仲間。その専門医。

例えば、内臓以外が専門の小児神経科が来るよりまだよかったのかどうなのか。

私は以前娘②の平日のちょっとした不調を近場の総合病院で診てもらう際、たまたま小児だけど基本は神経科だよという医師、それはADHD児の息子の主治医だけれど、にあたり

「お母さん!鼻水止めたいの?何いる?」
「えっ・・・アスベリンシロップあたりでいいんじゃないですかね」

と処方箋薬の内容を選ばされたことがある。

げに恐ろしき専門外・適当診療の世界。

いやあの先生はあれが味だからいいんだけど。

とは言え腎臓のアンパンチ先生は大学病院の勤務医。慢性疾患、先天疾患を見慣れて扱い慣れているので、大体の事情を聴き、娘②を簡単に診察すると

「う~ん、急な高熱、喉の赤いのものそんな感じやし」
「状況的にもインフルエンザだろうね~お姉ちゃんがインフルのA型なんやね」
「検査してもし陰性でも事前投与という形でタミフル出しましょう」

一応あの長い綿棒を娘②の鼻腔に突っ込んで検査はしたが、そしてその検査中娘②はひたすらアンパンチ先生のみぞおちを蹴ろうと画策していたが、検査結果を待たずにタミフルの処方を決めてくれた。

腎臓と心臓、臓器の中でも場所役割ポジションそこそこご近所のよく似た仲間達、その専門医、先生ありがとうあなたは神です。

しかし神は次にこう私にお告げになった。

「うん!じゃあ、地下の院内薬局でお薬貰ったら帰れるからね!」

帰れってか。

この高熱で心拍数爆上がり中の心臓疾患児を抱えて。

それで夜中にサーチュレーションが激下がりしたらどうしたらええだオラは。

いっそ入院させてくれ、この私の蚤レベルにちっさい私の心臓が心配と不安と懐疑で止まるその前に。

とは思ったが、ここでまだ自宅の病床にある娘①を放って付き添い入院するわけにはいかない、何より娘①が感染源としての責任を感じて姉を辞任してしまう。辞任してどうすんねや。

そう思いなおして、診察してくれたアンパンチ先生にお礼を告げて診察室を辞し、長い会計待ちの間に今回の自家搬送のもう一人の神・息子が持たせてくれた『アンパンマンミニスティックパン』をもりもりと食べ、『世界の終末の後、唯一秘密裏に残された地下薬局』みたいに地下にポツンと一つだけ灯りのともった院内薬局で薬を貰って帰宅したらもう21時近い時間で、娘②がお出かけの際に装着するポータブルの酸素ボンベがもうほぼ空になっていた。

そして、自宅を出る時には整然と具が並んでコトコトとキレイに煮込まれていた私のおでんが

「ねえ、牛すじ全部たべちゃったの?タコは?」

食欲の鬼、おでん大好きお家残留チームに貴重なレア食材がいとも無残に食い荒らされていた。

俺のおでん、俺の牛スジ…、俺のタコ…、こんな変わり果てた姿になって…。

娘②の急病や急変の時、いつも思うけれど

『もしかしたら娘②は今回は危ないかもしれないな』

と思うその時、同時並行でこんな「おでんのタコ全部たべちゃった~えへへ」という息子と娘①との日常がある事は、場合によっては頭を掻きむしりたくなるほど苦しい、感情の平衡感覚が無くなって気が狂いそうになる日もあるが、今日みたいな日は何か救われる。

娘②が危うい、大丈夫か、今日の晩は一睡もできないな、という日でも、息子娘①とそしておまけの夫がお母さんのおでんおいしいねと言って私の分をあらかた食べつくしてしまう日常がある事が。

◆6

娘②は、この日から丸一日解熱剤を使っても40度近い発熱が続き私は肝を冷やした。

こんな高熱を出したのは、もしや娘②の人生では初めてなのではないか

まあ2歳やけど。

何より、在宅酸素療法をしている子なので、夜中は心拍とSPO2値を計測するモニターを足指に装着しているのだけれど、その心拍が主治医の「これ以上心拍あったらヤバイやつ」と設定している『160』をしばしば超えて、警告のアラームが部屋中に鳴り響き

「娘②の心拍が160越えでモニターがピーピー言う、死ぬの?」

そう言って涙目で実家の姉に電話をした。

実家に父と母と柴犬一匹と暮らしている3つ年上の姉は、准看護師の資格をキャリアのスタートに、正看の資格を取得し認定看護師となり救急救命、ICU、CCU、オペ室と、どぎついケアユニット系現場を渡り歩いてきたかの業界では地獄のコマンドー的看護師で、普段電話で何気ない世間話の途中に

「そういえば、この前娘②ちゃんの血液検査をしたと言ったがBNPは平素でどの程度か」

という指導医が研修医に聞きそうな質問をしてくる、そしてそれに私が答えられないような事があろうものなら

「お前はそれでも母親か」

静かに一喝される。

そんな超恐ろしい姉ではあるが、こういった有事の際は何時に電話をしようが、それが勤務中でなければオンコール(※医師や看護師を休日に呼び出す恐怖の電話)よろしく3コール位で電話に出てくれて

「落ち着け妹、それは熱のせいだ、健康な子でも高熱時はある程度心拍は上がる」

そう言ってなだめてくれる。それでSPO2値が主治医の決めている下限の70%を下回って戻らないような事態が起きればもう一度病院に電話をしろ、今は熱が高いから娘②ちゃん本人も辛いだろうし安直に家から動かさない方が得策だ、と。

娘②インフルエンザ発症1日目のその日はひたすら家事をしつつ娘②の枕上に幽霊のように立っては数値には出なくても低酸素状態になっていないか、脱水をおこしていないか、狭い家中をウロウロオロオロしながら徘徊し、娘②の唇や肌の色を見て確認し続けた。

こんな事ならやっぱり入院させてほしかった、主治医のY先生が飛んできてくれる環境で療養する方がずっと安心なのに、まああの先生は大体

「強いから大丈夫!」

と言ってとっとと手を放してしまうんだけれど。

そして翌朝、リビングには

「いないいないバァ!」
「いるよいるよジジィ!」

何処で聞き覚えたのか、どう考えてもおじさんが作ったでしょその文言という息子渾身のギャグに笑い転げる娘②の姿があった。

この時の娘②の体温36.8度、平熱。

昨日のママの狼狽と涙と心痛は何やったんや。

まあ、平熱に戻ったなら一安心というか、次のカテーテル検査に影響がないようなら何よりだった、検査の予約の取り直しは一大事、だって小児の心カテできる人は主治医1人しか居ないらしいし。

来週の事前の検査と受診も無事に行けそうかな、そうだその時に主治医のY先生が開業することのお祝いを一言お伝えするんだった。

娘②はまだ「おめでとうございます」を発音できなくて

「っス!」

体育会系男子みたいな一言しか発せないけれど、何かひとこと言えるだろうか。

それで、今回の事で決めた事だけれど

これから娘②の風邪とかその他一切の一般診療項目は少し遠いけどY先生の病院で診てもらうことにする。

インフルエンザ一つでこんなに肝が冷えるとか、もうお母さん命がいくつあっても足らない。

先生は娘②を定期健診検査一般診療その他、入院手術以外すべてを丸抱えする羽目になるが。

ストーカー・ペイシェント。

この件については、あらかじめご了承下さい。

サポートありがとうございます。頂いたサポートは今後の創作のために使わせていただきます。文学フリマに出るのが夢です!