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筒香と雨とハマスタと

  『熱き星たちよ』のメロディーに送られながら電車に乗る。普段、ハマスタから帰る時はだいたい桜木町まで歩くが、この日は関内で乗車しても余裕で座れた。今日はベイスターズ戦の開催日ではないからだ。4月とは思えないくらい蒸し暑い。座敷に腰かけてからふと思った。
 あの日も、雨が降っていたっけ。
 
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 2019年、ベイスターズはレギュラーシーズンで2位となり、CS進出を果たした。ラミレス政権下で地力を上げたベイスターズは16年、17年にもCSに出場していたが、本拠地ハマスタでの開催はこの年が球団史上初めてだった。
 といっても、あまり浮かれていた記憶はない。3位は天敵の阪神タイガースで、ハマスタでの対戦となればトラウマ(タイガースだけに)しかないというのもある。が、もう一つ、「筒香嘉智を見られるのはもう最後かもしれない」という思いが頭の片隅にあったのだ。
 
 筒香はかねてからメジャー志向を公言していた。それがいつなのか明言されることはなかったが、報道から感じる雰囲気や、今まさに脂がのりきっている筒香の状況を考えると、何となく19年限りで海の向こうに行くような気がしていた。言わずとも当時のファンの共通見解に近い直感だったのではないかと思う。
 
 だからなるべく長く筒香を見ていられるよう、そして勝って気持ちよく筒香を送り出せるよう、ベイスターズは勝たなければならなかった。
 だが、運命と対戦チームの相性は無慈悲だった。初戦は6点リードを逆転されて敗戦。第2戦こそ乙坂のサヨナラ弾で一矢報いたものの、勝負の第3戦も1点ビハインドで9回裏を迎えてしまう。
雨が降りしきる中、マウンドには藤川球児が仁王立ちしている。先頭バッターは筒香だった。一発で同点、という期待がある一方で筒香が打ち取られればもうダメだろうという気もしてくる。そのシナリオなら、これが筒香の最後の打席になる。
淡い期待もむなしく、筒香は三振。ロペスが四球をもぎとるものの、宮﨑も、前日殊勲打を放ったばかりの乙坂も藤川の前に倒れ、横浜の涙雨とともに短いポストシーズンが終わりを告げた。
 
 そして試合後、予定調和のごとく球団が筒香のポスティングを容認するというニュースが流れてきて全てのフラグは回収されたのだ。
 
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 筒香の下馬評は、少なくとも私の身近なところでは元々あまり高くなかった気がする。ひねくれ者が周囲に多かったのか、単に低評価を聞くと頭にくるから記憶に残ってしまっただけなのかはもう検証もできない。ただ周囲のそんな声と、純粋に筒香を応援したい自分との間に温度差があったのは確かだ。
 
 それから約4シーズン。結果的には、当時の冷ややかな見方の方が当たった。パイレーツ時代に一瞬輝いた時があったものの、期待されたような活躍を見ることはほぼできなかった。この4年間でも「やっぱりダメ」「帰ってきた方がいい」「速球が打てないんだから通用するわけないでしょう」などなど、色んな批判を聞いた。そう言われること自体悔しいが、反論する材料がないから悔しさは2乗になっていく。この4年間は、きっと筒香にとって耐える4年間だっただろうが、ファンにとってもまた耐える4年間だった。
 
 筒香は簡単に諦める男じゃない。筒香は楽できる環境に流れる男じゃない。どんな時も野球に愚直に向き合って、苦境を乗り越えようとする筒香を俺たちは知っている。ましてや金で動く男なんかじゃない……と思っていたのは事実だが、そんなヒーロー像じみたものしかもうすがるものがなかったというのも、自分の中にはあった。
 
 だから、3月に日本球界復帰が報道された時は正直複雑だった。諦めない男が、ついに諦めざるを得なかったのだから。
 
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 だが、それは本人の決断だ。いかなる理由であれ、またベイスターズで筒香を見られるのなら……と思っていたら、今度は「筒香の巨人入りが決定的」というスクープが飛び出してきた。
 いや、勘弁してくれ。金で動く人間じゃなかっただろう。
 幸い、他紙の後追い報道が出なかったため、いわゆる飛ばし記事であることはほどなくして察しがついた。だが火のない所に煙は立たないのだから、「他球団入りの線もある」という心構えだけは必要となってしまった。
 
 そこから先は、ただ願うだけだった。メジャーでゴジラ松井をしのぐ活躍を見るという夢は、確かに終わった。だがメジャーから筒香が帰ってきて、またあの応援歌とともに優勝を目指すという夢は、まだ見続けられるはずだ。見続けていたい。見させてくれ。
 
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 4月18日、帰宅ラッシュにもまれながら関内に辿り着く。試合開催日ではないのに、ハマスタにはユニホームやタオルを持ったファンが詰めかけていた。
 
 ファンの願いが通じたというやつなのか、水面下の交渉によるものなのかは分からないが、筒香は横浜復帰を決めた。ユニホームのピンストライプはなくなっても、背番号はあの時と変わらない“25”が刻まれている。
 
 前の予定の都合もあり、公開記者会見には間に合わなかった。だが筒香の退場まではわずかに時間があり、見慣れた、口を真一文字に結んだ表情がバックスクリーンに映っているのが見えた。最後の一言とともに筒香が退場すると、懐かしいファンファーレが響き、応援歌の大合唱が始まった。
 一緒に歌っていると胸が熱くなってくる。信じてよかった。メジャーで活躍して横浜に凱旋……なんて理想的な再会ではなかったが、やっぱり筒香は横浜に帰ってきてくれた。何を言われても心のよすがにしてきた筒香の像は、信じていたとおりだったのだ。
 
 筒香がまだ日本にいた頃、筒香の成績が伸びるとともに、ベイスターズも強くなっていった。筒香の成長がベイスターズの成長であり、ベイスターズの成長は筒香の成長だった。筒香がこれだけ愛されているのは、筒香という存在がベイスターズのストーリーそのものだからだと思う。
 
 この4年で、筒香のストーリーは多少シナリオが狂ったのかもしれない。だが、今日からはまた筒香とベイスターズの新たなストーリーを見られるのだ。
 
 19年、最後の打席の時と同じように、ハマスタには雨が降っている。だが、10月の寒々しい雨ではない。この日、ハマスタに降った雨は4月とは思えない熱気をはらんでいた。


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