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母とひたすら餃子を包む

子どもの頃は辛いことが多かった。
私は不器用でどんくさい子どもだったので、学校であまりいいことがなかった。

できないことがたくさんあって自己肯定感が下がる場面が多かった。
そして子どもとは残酷なものでそのような、できない子どものことをあげつらったり、からかったりする。

私もずいぶん、クラスメイトからバカにされて嫌な思いをした。
私が鉄棒ができない様子を真似されたり、私が描いた自画像が下手すぎてタコみたいと言われたり、リコーダーのテストでコソコソ笑われたりとかそんな経験をたくさんしてきた。

友達にからかわれて辛いことがあった時は家に帰っても元気がでず、しょんぼりしていることがあった。

そんな時に私の母は決まって、私にある提案をするのだ。

母は私が落ち込んでいる時「餃子作ろうか」と必ず言った。

私の元気がない様子をみると、母は夕食に一緒に餃子を作ろうと私を誘った。

専業主婦であった母は料理に力を入れていて、その日の夕食に何を作るかは前もって決めていた。
母はいつも一週間くらい先まで、どんな料理を作るかということを計画していた。

ただ私が落ち込んでいる様子をみると、その予定を放棄して、私と一緒に買い物に行き、餃子を作るということをしてくれた。

キャベツ、ニンニク、冬なら白菜、そしてうちの餃子には椎茸を入れていたのだが、それを細かく刻む。母と私の二人で手分けして、ただただ無言でみじん切りをする。

ひき肉と調味料と刻んだ野菜を混ぜる。

そして混ぜた餡を餃子の皮で包む。

母は私に特に声はかけない。

二人でとにかく餃子の餡を皮で包む。
無心になって包み続ける。

餃子のヒダがきれいにでき、上手に包めた時だけ母はボソッと「それ上手くできたね」と褒めてくれる。

一心不乱に餃子の餡を皮で包んでいるうちに、いつのまにか学校であった嫌なことが薄れていく。

何もしていないといろいろ嫌なことを思い出してしまうが、手を動かし続けていると学校であったことを想起しないですむ。

母から直接、聞いたわけではないので、私が落ち込んだ時に母がどんな意図で私と餃子作りをしようとしたのか分からない。

ただ一緒に餃子作りという作業をする中で、私を励まそうとしていたのは間違いないと思う。

そして私は母の思いの通り、餃子作りをすることで辛い気持ちがリセットされ、いろんなことはあるけど明日も学校で頑張ろうと思えたのだ。


母と最後に餃子作りをした時のことも鮮明に覚えている。

それは私が二十歳の時だ。
その頃、私は両親が住む地方都市から離れて、上京して一人暮らしをしていた。
大学に通うためであったが、私はそこで不適応を起こして、不登校になってしまっていたのだ。

私は不登校であることを両親に内緒にしていたのだが、大学から両親に連絡が行き、半年以上私が大学に通っていないことがばれてしまった。

母はその連絡があるやいなや、私が一人暮らしをしているアパートまでやってきた。

餃子の材料を持って。

母はそこで私の不登校のことを何も聞かずに餃子作りをはじめた。
野菜を洗い、刻んでいく。やっぱり椎茸も買っている。

しばらく私は呆然とその様子を見ていたが、母の「手伝って」という言葉に、はっと我にかえり慌てて餃子作りを手伝いはじめた。

材料を切り終え、餡をこねて、餃子を包む頃には、小さい頃と同じように無心になれた。

黙々と母と二人で餃子を包む。ひたすら餃子を包む。

しばらくやっていなかったが、身体は覚えているもので、昔みたいに包むことができた。

この時、不登校のことを問い詰められていたら、私の気持ちは追い込まれていただろう。

二十歳になっても無言の餃子作りに救われた。

そして母と二人で大量に作った餃子を食べ終えた時、私は素直に「お母さんごめん。これからは大学がんばって行く」と謝ることができたのである。

母は「分かった」と言って、餃子作りの片付けをして呆気なく田舎へ帰っていった。

私はもっといろんなことを言われると、正直覚悟していたので拍子抜けしたが、逆に何も非難めいたことを言われないことで、私が悪かったと純粋に思えた。

説教めいたことをされたら、反発していたかもしれないが、責められないことで、素直に反省ができたのである。
私の性格をよく分かっての母の行動だったのだろう。

そして、私は母に約束した通りなんとか大学に行くようになり、留年はしたものの卒業することができた。


今でも餃子を作る時は、辛かったことを思い出し、またそれと同時に母の愛を感じる。

餃子を作る時は特別な感情になる。

私と母の親子の絆を思い出す。

私の6歳の娘と4歳の息子もこれから学校に行くようになり、辛いこともたくさん経験するだろう。

その時は私も母のように、一緒に餃子を包んで子どもたちの気持ちが少しでも安まるようにしたいなと思っている。

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