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チョメ

大学時代に不本意ながら入った民族音楽サークルで出会った童貞仲間と仲良く合コンに行って、大失敗した話をこの前書いた。


今日はそんな童貞仲間の内藤くんの話を書いていきたいと思う。
内藤くんは同級生であり、私と同様に騙されるような感じで民族音楽サークルに入った。

その民族音楽サークルには田村先輩という童貞もいて、私と内藤くんと田村さんはすぐに仲良くなった。

内藤くんは童貞とはいえ、一見するとモテそうなのである。内藤くんは誰がどう見てもイケメンだったのだ。

なのになぜ童貞なのか。服装がダサいからだと私は思っていたのだが、それだけじゃない理由があったということに気が付いた出来事があった。


内藤くんと私が二年生になった時に、新入生が新入部員として何人か入ってきた。
私たち民族音楽サークルはものすごい勢いで新歓をするので、民族音楽という地味な活動内容のサークルでありながら、少ない年で5名、多い年は10名くらいの新入部員が入ってくる。

私たちが二年生になった時には、8名の新入部員が入ってきた。そしてその中に明らかに内藤くんが好きで入ってきたと思われる、茂木さんという女子新入部員がいた。

茂木さんは、内藤くんへの好意を周りには隠しているつもりではあったのだろう。しかし内藤くんと話している時は明らかに楽しそうなのだ。

内藤くんはイケメン童貞にありがちなのだが、天然だった。「昨日、コーラとファンタ間違えて飲んじゃった」などとその時の状況が分かりにくく、内藤くんの心情に共感しにくい独り言をよく言っていた。

私は慣れているのでスルーするか「へえー鉄骨飲料にすれば良かったのに」などと適当に返していた。内藤くんはそれによって傷ついたり、気を悪くする様子はなかったのでいつもそんな感じだった。

ただ茂木さんは違った。「えっ!内藤先輩、炭酸好きなんですか!ファンタだったらどの味が好きですか?」とぐいぐいくる。内藤くんはその反応に戸惑いつつ「ファンタ…だったらプレーンかな」などと答えている。

茂木さんは「ファンタにプレーン味なんてあるんですかぁー?ファンタはだいたい果物の味がついてませんかぁー?もう、内藤先輩って面白いんだから」などと内藤先輩の天然発言さえ好意的に受けとっている。


そんなある日、茂木さんは直接的な行動にうって出てきた。茂木さんは私のところに来て「しろ先輩は内藤先輩と仲良いですよね?内藤先輩ってどんなところに遊びに行くのが好きですか?」と聞いてきた。これは完全に内藤くんをデートに誘うための情報集めである。

内藤くんは出かけるのが好きでなく、家でめぞん一刻とかパタリロとからんま1/2とかうる星やつらとかツルモク独身寮とかハイスクール奇面組とか古めの漫画を読むことが好きだとは言えない。

茂木さんは明らかにデートに行く場所の答えを探している。

私は「えっ映画とか好きなんじゃないかな」と無難に答えておいた。
内藤くんは小さい頃、東映まんがまつりに連れて行ってもらうのが何よりの楽しみだったと言っていたことがあるので、あながち間違いともいえないだろう。

茂木さんは「ありがとうございます!」と嬉しそうに立ち去っていった。

数日後、私と内藤くんと田村さん(民族音楽サークルの童貞の先輩)の三人で田村さんの家で童貞会(ただ童貞が集まってご飯を食べながら喋るだけの会)を開催した。
料理センスを前世に全て置いてきたと思われる田村さんの手料理(ひき肉ってこんなに火が通ってなくて食べたら病気にならないかと不安に感じるレベルの餃子)を、仕方なく胃に流し込んでいたところ、内藤くんが話しはじめた。

「茂木さんに映画に誘われちゃって。どうしたらいいっすかね?」と。
私の頼りにならないアドバイスを元にさっそく茂木さんは内藤くんを誘っていたのだ。

それを聞いた攻撃特化型童貞(積極的に女子にアプローチして引かれることが多い)の田村さんは「映画一緒にいけよ!これはいけるよ!映画に行ってご飯食べて、チョメできるよ」と言った。

チョメって何?と私はびっくりしつつ、この田村さんの渾身のボケをどうにかして生かさなければいけない。

私は「チョメって昭和一桁世代の表現かーい!」というつっこみをしようとしたその時である。

内藤くんは「バカやろう。先輩でもバカやろうって言わさせてもらいます。田村さんは本当にバカやろうだな。チョメはそんな簡単なことではないんだよ!チョメは本当に大好きで本当にしたい人とだけするもんなんだよ!」と言う。

あれ?チョメってつっこむところじゃなかったか?

内藤くんはさらに「大好きな人と仲良くなって心の底から信頼できるようになって、お互いのことが全部分かるようにならなきゃチョメしちゃダメでしょ?チョメってそういうものでしょ?」と言う。

チョメってそんなに真面目に取り合うワードだったのかと驚きつつ、内藤くんはヒートアップしていくのでつっこむ余裕がない。

内藤くんは「チョメはなぁ、愛して愛してやまない人とだけするんだよ!それがチョメだろ!お前らはくだらねえなぁ」と興奮している。

チョメって言いながら怒っている人をはじめて見た。
しかも「お前ら」って私は何も言っていない。

田村さんは「悪かった。内藤。ほんとそうだな、チョメは愛した人とすべきだ。お前の言う通りだ。許してくれ」と申し訳なさそうに反省している。

おかしい、チョメと愛がほぼ同義になっている。

とにかく内藤くんは貞操観念が高いことがよく分かった。いい加減な気持ちでチョメをするような人間ではなく、純潔なのだ。

この出来事を通して内藤くんが童貞なのは服がださいだけでなく、このあたりも原因なのだろうと考えるようになった。

結局、内藤くんは茂木さんと映画は観に行ったものの、内藤くんは中途半端な気持ちで付き合うとしたら茂木さんに失礼だと言い、二人が交際することはなかった。

もちろん内藤くんと茂木さんにチョメはなく、内藤くんは童貞のままであった。

童貞会の結束は保たれたのである。
めでたしめでたし。

いつかはチョメの話も書きたいと思いつつ、まだしばらくは民族音楽童貞シリーズを続けたいと思っている。

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