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ひとりでフェス行くのも楽しいよーFUJI ROCK FESTIVAL 2019

私には「忘れられない夏の思い出」いや、もっと言ってしまおう。「一生忘れたくない夏の思い出」がある。今から4年前の話。「ライブ」に「有観客」という言葉が付くなんて、想像もしていなかった頃。

2019年7月28日朝、眠い目をこすりながら、東京駅から上越新幹線に乗り込んだ。越後湯沢行の切符をなくさないよう握りしめ、私は果たしてこの旅を楽しめるのだろうかと、ドキドキしながら自由席の窓側に座った。

私は、新潟県の苗場スキー場で開かれる「FUJI ROCK FESTIVAL」に向かっていた。国内最大級の野外音楽イベントだ。国内外から集まったミュージシャンのライブや、グルメを大自然の中で楽しむことができる。近くにでっかいキャンプ場も作られるので、キャンプをしながら楽しむこともできる。

FUJI ROCKを訪れるのはこのときが2回目で、1回目はその2年前に友達と二人で参加した。開催期間延べ4日間で10万人超が訪れる大規模なイベントではあるが、会場が山の中なので、ある程度のDIY精神(自分のことは自分でやること)が必要とされる。整備されているとはいえ山道が険しいところもある。天気が変わりやすく、寒暖差も激しい。ひどい大雨が降れば、さっきまで道だったところが濁流の川のようになる。

だから二人で万全の対策をして参加した。情報収集をし、一緒に買い物に行って、持ち物や服装など相談しながら買いそろえた。持ち物リストを作って、忘れ物がないよう荷造りして、当日の流れをシミュレーションして、体調管理もばっちりで、当日を迎えた。

それでもFUJI ROCKからの洗礼は一通り受けた。急な気温の変化に驚き(朝夕と昼間の気温差が10度くらい・昼間でも雨が降ると急激に気温が下がる)、急な大雨で荷物が水浸しになり、日没後に客席内で待ち合わせするのは、人混みでしっかりした照明もないので至難のわざだった。

それでも、緑に囲まれて暑い中飲んだ酒の旨さと、雨に濡れるとはいっても都会の酸性雨とは違って多分きれいな水だからなんか気持ちいいよね、という感想と、周りにいる全員が音楽を楽しんでいる祝祭感と、なによりミュージシャンたちの素晴らしいステージに圧倒された。「また絶対行きたい!FUJI ROCK最高!」というFUJI ROCK中毒が出来上がった。

友達と会うたび「FUJI ROCK行きたーい」「FUJI ROCKに戻りたい―」と話していた。

じゃあ今回もまたその子と?途中の上野か大宮あたりで乗り合わせるとか?現地集合?

いや、今回は私一人で行きます。行って、帰ってくるまでずっと「おひとりさま」です。

ぼくらが旅に出る理由

越後湯沢駅で新幹線を降りたら、シャトルバスに乗って会場へ向かう。すでに大勢の来場者が集まっていて、バスに行列もできていた。片道500円でシャトルバスのチケットを買って、バスに乗り込む。2年前の記憶を頼りに、駅からのアクセスは迷わずに済んだ。

平然とした顔で、落ち着いて堂々と行動はしていたが、内心はドキドキだった。もしケガや体調不良で倒れたらどうしよう。道に迷ったらどうしよう。変な人に絡まれたらどうしよう。忘れ物してないかな。落としものしてないかな。

すべて「ここ日本だし、なんとかなるっしょ」で結論付けて自分を納得させていたが、吊り革につかまる指先が、みるみる冷たくなっていった。気づけばここまで来てしまった。

家を出てからずっと、イヤホンでなにかしら聴いていた。おひとりさまの孤独感を一番増幅させるのは、複数人で行動している人たちの楽しそうな話し声である。ましてや「えっ、あの人フェス行くのかな、一人かな、寂しくないのかな……」とか言われたら本当に最悪である。聞こえてくるかもと考えているだけでつらくなる。会場に到着するまでは、絶えずイヤホンからなにか流していた。

仕事のスケジューリングや友達とのやり取りなど、いろいろ重なってひとりで行くことになってしまった。友達と一緒に来れたらよかったというのが本音だ。でも、行くと決めたのは他ならぬ自分自身だ。

会場を直前にして最高潮になった不安をなだめるため、自分に向けて選曲したのが、小沢健二のアルバム「LIFE」だった。

2年前に初めて訪れたとき、一番のお目当てかつ個人的ベストアクトだったから。
友達は他のアーティストを見るということで、そのときだけ別行動をしていた。ひとりぼっちで、初めて目の当たりにしたオザケンのステージ。途中で雨が降り出して、荷物が中までびしょ濡れになっていることにも気づかないくらい、夢中になって楽しんでいた。

そうだ、雨に濡れたって、ひとりぼっちだって、大好きな音楽が満ちている場所なんだから。大丈夫、きっと楽しめるよ。

シャトルバスで一時間ほど山を登っていくと、近隣の駐車場から会場へ歩いていく人たちがちらほら見え始める。トレッキングシューズやサンダルを履いて、大小さまざまな荷物を背負い、折りたたみ椅子を担いで、首には色とりどりのタオルを巻いている。めっちゃフェスっぽいじゃ~ん!!なんて少しテンションが上がってきたとき、イヤホンから爽快感のあるストリングスのメロディーが聞こえてきた。

アルバムの7曲目「ぼくらが旅に出る理由」だ。

遠くまで旅する人たちに あふれる幸せを祈るよ
ぼくらの住むこの世界では旅に出る理由があり
誰もみな手をふってはしばし別れる

小沢健二 「ぼくらが旅に出る理由」

人が生きていく中であまたとすれ違う、大小さまざまな旅立ちと、出会いと別れ。そこに立ち会う人々の喜怒哀楽、あらゆる思いをぐちゃぐちゃなままで全部包み込んでくれるような歌だ。世の中にさまざまある旅立ちの中でいえば、私のこの旅は小さくて、気楽で身勝手なものだろう。でも私の中では、人生を深いところで、大きく動かすような旅になりつつあった。

「いや、別にいいじゃん」

最初の関門は早くも現れた。会場に入る直前、入場ゲートの景色を撮影していた時だ。
同い年くらいの男性に声をかけられた。
「すみません、写真撮ってもらえませんか?」

こういうイベントではよくある出来事だ。一緒に来たグループ全員で記念写真を撮りたいから、グループ外の誰かに撮ってもらおうと、通りがかりの見ず知らずの人に写真を頼む、あれである。

写真を撮るのは全然いい。見ず知らずの人と話すことも、それほど長い時間、深い話でなければ抵抗はないタイプだし、むしろ楽しい思い出作りのお役に立てればうれしい限りだ。

「いいですよ~」と笑顔で答えて、写真を撮ってあげて、スマホを持ち主に返す。問題はここからだった。

「よかったら撮りましょうか?」

撮ってもらったお礼にあなた方の写真も撮ってあげましょうか、という提案である。撮ってもらったら撮ってあげるという、暗黙のルールがあるから礼儀として聞いているだけのこと。「大丈夫です」と言って断ってしまえばよかった。

写真を撮ってもらえば、ひとりで来ていることが、お兄さんたちだけでなく周りの人全員にバレる。楽しげな雰囲気の中、ひとりでピースサインしている写真なんて、あとで見返して楽しいことなどなにひとつない。それなのに、私は入場ゲートの前にひとりで立つ自分の写真が欲しかった。

ひとりで来たぞっていう証拠を、ちゃんと残しておきたかった。ひとりで行動していれば当然、そこで起きたことは自分しか知らない。本当にそれが起きたことの証拠は、自分の記憶しかないことになる。一枚くらい、記憶を確かめる証拠写真があってもいいかな、そんな気持ちだった。入学式に校門で写真を撮るのと似ているかもしれない。

ここで断ってしまえば、撮ってくれそうな人を見定めて、こちらから見ず知らずの人に声をかけて「撮ってください」とお願いするしかなくなる。そっちの方が恥ずかしい。返答までにお兄さんたちを待たせるわけにもいかない。結論を迷っている時間はなかった。私は「お願いします」と答えていた。

スマホを渡し、ゲートを背にしてピースサインを掲げる。カメラがとらえているのは私ひとり。一人のお兄さんに案の定「えっ、ひとり……?」と言われた。最悪である。でも、もう一人のお兄さんがすかさずこう返してくれた。

「いや、別にいいじゃん。」

そうだよ、別にいいじゃん。そのひとことのおかげで、最悪な気分にならずに済んだ。ありがとう。
お兄さんたちにお礼を言って満面の笑みで別れ、足取り軽くゲートをくぐった。

意外とちゃんと笑えてるのがうける

ビールを飲んでしまえばこっちのもん

まずは腹ごしらえとお酒。時刻はAM11時前。
天気は曇りで、昼前になってもまだ肌寒い。具だくさんの野菜スープとビールを買って、立ち食いテーブルを見つけて、食べる。音楽が四方八方から聞こえてくる。カラフルなオーナメントたちが涼しげに風に揺られている。

ビールを飲んでしまえばもうこっちのもんだ。自意識が多少そがれてくる。
あたりを見回してみると、意外と単独行動している人も多い。全行程ひとりではないとしても、会場内で同行者と分かれて行動する場合もけっこうある。周囲から見て私が浮いていることもなさそう。

さつまいものラタトゥイユ・コエドビール 紅赤

私はスマホを開いて、朝から撮りためていた写真をインスタグラムのストーリーに投稿していった。東京駅で撮った新幹線の切符の写真。越後湯沢駅の写真。お兄さんに撮ってもらったピースサインの写真。

いよいよ、ステージを回っていこう。

FUJI ROCKには大小さまざまなステージがある。国内外から集まったミュージシャンたちが、かわるがわるライブを行う。会場内を端から端まで歩くと一時間以上はかかる。ステージとステージの間を移動するのに、一番近いところでも10分くらいはかかるので、見たいステージを見るには、時間に余裕を持って行動する必要がある。アップダウンのある山道を歩くので、体力との勝負でもある。自分の体力や時間と相談しながら、今日一日どう楽しもうか、計画を立てるのが肝心。

それと同時に、偶然の出会いも大切にしたい。全然お目当てではなかったミュージシャンに度肝を抜かれたり、通りかかった屋台でゆっくり飲み食いする時間も楽しみたい。ふと立ち止まって景色を写真に収めたい。せっかく都会を離れてこんなところまで来たのに、あんまり時間に追われてせかせかしたくない。

「計画性」と「行き当たりばったり」のバランスを取るために、常に自分と対話しているような感じだった。タイムテーブルと会場マップを眺めながら、気になるステージを見て回り、アーティストのライブに涙を流す。暑くなったら日陰に身を寄せ、冷たい飲み物を飲む。おなかが空いたら屋台に並んで、ついでにお酒も買って飲む。楽しいなあ。

もちろん人混みの中だし、山の中だし、防犯や体調管理はしっかり気を付けないといけないわけだけれど、慣れてくると、家の周りを散歩しているのとなんら変わりないような気がしてくる。

人混みの中、人の頭から頭へ飛び回っていたかわいこちゃん

むしろ、空気がきれいで、山の緑が鮮やかで、どこにいても全身で音楽を感じられて、おいしいごはんとお酒が楽しめて。他のお客さんもみんな楽しそうだ。こんな贅沢な散歩があるか。人生で味わったことのないような、最高の散歩を楽しんでいた。

個人的ベストアクト!Khuruangbin(クルアンビン)

夜まであっという間だった。お目当てのステージをすべて見終わって、閉場より少し早めに帰路につく。森の中を出口に向かって歩きながら、私が感じていたのは達成感だった。私はやり遂げた。ひとりでフェスを楽しめた。

2023年 夏を迎えて

2020年こそ友達と一緒に行こう、と約束したものの、コロナ禍で一年延期。実質的な中止である。2021年、2022年と開催はされたものの、感染リスクを考えて、私は参加しないことに決めた。

3年間、FUJI ROCKは開催日時を合わせてYouTubeで無料配信を行っていた。2020年は過去の公演の映像を。2021、2022年は会場の様子を生配信。夜中には再放送もしてくれた。

私は急いで仕事を終わらせて、コンビニに駆け込んでハイネケンを買い込み、冷房の効いた部屋で、夜な夜な配信を眺めた。

そろそろ、夏フェスの記憶が、ジメジメした薄暗い部屋で、うずくまって飲んだビールの味に塗り替えられそうだ。

今年の夏、私は久しぶりに夏フェスに足を運ぶ予定だ。ここまで書いておいてなんだけど、FUJI ROCKではなく関東近郊のフェスに行く。ラインナップで選んだ。四六時中、四方八方から音楽が降り注いでくるあの空間。やっと行けるんだとわくわくしている。楽しみだ。

コンビニでクエン酸の飲み物を買って飲みます