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ただ食べるだけの男性たち-1

母方の祖父が亡くなったのはたぶん37年前。いま電卓片手に計算したんだけどたぶんそのくらい。「孫は可愛がっていた」らしいのだけれど、ほとんど喋らない人だったので、まともな会話をした記憶はほとんどない。

こどもは三人姉妹だった。私の母は三女なんだけど、お産婆さんが「お嬢さんが生まれましたよ」って祖父に伝えたら「なんだ。また女か」ってひとこと吐き捨てて出て行ったらしい。そういう時代だ。お産婆さんが可哀想に思って、母の名前は祖父の名前「△一」からとって「△子」になったんだって。

その話は何度も何度も聞かされ続けていて、その話を聞くたびにわたしは祖父とその考えの根本原因の「家父長制」を嫌悪するようになる。母の成長過程の話を聞いても、ずいぶん酷い目にたくさんあっただろうに、それでもいまだに母は祖父のことを慕っているので、人間の心はまったくわからない。

祖父の奥さん(つまり母方の祖母)は、代々木八幡あたりの職人さんの娘で、まだ小さい頃にお母さんが亡くなってものすごく苦労したんだって。その後、祖父と結婚してからは、地方出身で手広く事業をやってる祖父方の親戚たちから持ち込まれるありとあらゆる無理難題の数々に黙って応えつづけていたそうな。「THE お嫁さん」そういう時代だ。

祖父は外では堅物すぎて真面目すぎて煙たがられるタイプのおとなしい人だったらしい。勤め先は絶対に潰れないようなカチカチのところ。それでも「性格が頑なで融通が効かなすぎるから偉くなれなかった」と伝え聞いている。外ではおとなしくしているからその反動なのか、家では王様で暴君だったらしい。兄弟姉妹が十何人?いて、下のほうだったから年が上のお兄さんたちの言いなりになるしかなかった、という事情もありそうだと推測している。

私が記憶しているのは、家ではいつも同じ席に座っていて、高校野球を見ているか相撲中継を見ているかどちらかの姿。トーナメントの勝敗や、相撲の勝敗をびっちり小さい字で書き止めていくのが趣味だったらしい。地味だね。

どうしても忘れられない姿がある。

祖父はセブンスターをたくさん吸うヘビースモーカーだったので、席の前にはいつも大きな灰皿が置かれていた。そして祖父は、夕方の6時が近くなってくると、突然ボールペン?だか箸?だかなにか棒を手に持って、その灰皿をバンバン叩きはじめることがあるのだ。すごい音だ。いったいなにごと?どこの動物園?気でも狂ったの?

すると、祖母と叔母(未婚のまま同居していた)は「はいはい。わかりましたよ」と苦笑いしながら「そろそろですよ」と声をかける。

無言で突然灰皿を叩きはじめ、下手くそなパーカッション演奏会を披露する祖父の姿、それはつまり「遅いぞ。晩飯はまだか?」という合図なんだって。え?どうなの?それって?そんなんでいいの?

こどものわたしはびっくり仰天するしかなかった。

つづく。

占い世界でのあなたの探検が、よりよい旅路となりますように!