190512パラダイムシフターnote用ヘッダ第04章17節

【第4章】彼は誰時、明けぬ帳の常夜京 (17/19)【水月】

【目次】

【霊符】

 ミナズキの意識は、宙を漂っていた。夢を見ているんだ、と直感した。

 眼下の視界を見下ろす。夜の森の中だ。天には、星が輝き、月の光が地を照らし出す。『常夜の怪異』の前だろうか。

(──父上!)

 ミナズキは、樹々をかきわけ、獣道を進む養父の姿を見つける。声をかけようとするが、言葉が出ない。

 養父は、なにかを探しているようだったが、迷いなく森の奥を目指していく。おそらく、占卜か託宣に従って来たのだろう。

 ミナズキは、この森が見知った光景であることに気がつく。陽麗京の東北にある『妖鬼の森』だ。

 ときおり、豚のような顔をした醜悪な鬼が現れると言われており、都人からは忌み嫌われている。

 しかし、貴重な薬草を採取できるため、符術巫や薬師にとってはなじみのある場所でもあった。

「……おお」

 茂みをかき分け、獣道を抜けた養父が、嘆息をこぼす。眼前に、ぽっかりと梢が開いた空間が広がっていた。

 月光が差し込む地面には、みなずきの花が咲き乱れている。

 周囲には、狐や狸、狼といった獣たち、枝の上には鷹や鷲、梟といった鳥たちが、輪を描くようにたたずみ、月明かりの中心を見守っている。

「……占卜の報せは、これであったか」

 養父は、鳥獣の円のなかに入っていく。森の住人たちが、邪魔をする様子はない。養父は、群生するみなずきのなかから、なにかを抱き上げる。

「まさか、『界渡り』の赤子であろうとはなあ」

 養父の腕のなかには、白い布に包まれた赤ん坊の姿があった。赤子は、余人の倍ほどの長さはある、とがった耳を持っていた。

「よし、よし。いい子だ……この子は、いずれ大きな責を果たすであろう」

 養父は、感慨深げに目を細める。大事そうに赤ん坊を抱えながら、初老の符術巫は、都へ向けて、もと来た獣道を戻ろうとする。

(父上──ッ!)

 ミナズキは、今度こそ、養父を呼び止めようとする。そこで、夢は途絶えた。

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 長耳の符術巫は、見覚えのない部屋の中央で目を覚ます。細身を包み込む寝具は、まるで空に浮かぶ雲のように柔らかく、心地よい。

 自分の身体が横たえられているのは、寝台のようだった。頭上には、天蓋まで設けられる。上位の貴族のなかには、こういった寝床を好む者もいると聞く。

(ここは──?)

 ミナズキは、首を巡らせて、周囲の様子をうかがおうとする。動かない。手足の感覚もない。

 長耳の符術巫は、己のへその下──丹田に意識を集中する。そして、己の霊力が枯渇しかけていることを悟る。

(そうか。此方は、死にかけているんだ──)

『禁足地』の戦いで、精根が尽き果てたのだろう。ミナズキは、自分でも驚くほど冷静に、己の衰弱具合を自覚する。

【房中】

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