ざっくりモーツァルト【細かすぎない作曲家まとめ】

18世紀半ばの1756年、オーストリアのザルツブルクに生まれる。音楽史の区分では古典派にあたる。この時期ヨーロッパでは貴族や教会が大きな力を持っていたが、徐々に市民階級が力をつけてきていた。

3歳で和音を聞き取り、5歳で作曲を始める神童ぶりだった。音楽家だった父親は、息子の売り込みのために度々ヨーロッパ各地へ音楽旅行を行った。

恋多き人物だったらしい。結婚は26歳の時、以前恋した女性の妹、コンスタンツェと。夫婦仲や妻コンスタンツェの人物像には諸説あり。

交響曲からオペラまで幅広く作曲し、数々の傑作を残した。(ここまで広いジャンルで成功した作曲家は稀。) バロック様式の作曲家や音楽に学び、豊かな感情表現と技巧を織り交ぜた、モーツァルトにしか書けない音楽を数多く作曲した。モーツァルトの音楽は古典派の様式でありつつもロマン派音楽へ繋がる要素を確かに含んでいたといえる。

1791年、35歳の若さで急死。死因は病死とされているが、詳細は謎のままで、様々な説が語られている。(映画アマデウスのストーリーではサリエリが毒殺したということになっているが、この説は主流ではない)

モーツァルト晩年はフランス革命が起きている時期であり、彼の死の2年後の1793年、マリーアントワネットが処刑されている。
モーツァルトの時代以前は、音楽家は宮廷や教会に雇われて曲を作る、職人的性格の強いものだった。しかし徐々に市民階級の人々が音楽の担い手となっていき、音楽家はパトロンから支援を受けつつフリーで作曲活動をするようになり、芸術家としての性格を強めていく。モーツァルトはその過渡期を生きた音楽家だった。

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