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秩序あるカオス 河内文雄句集『安止左幾』

 結社『銀化』の先輩である河内文雄さんが今年6月、ふらんす堂より第6句集となる『安止左幾(あとさき)』を上梓されました。
 そこで今回は、著者の略歴と自選15句、そして僭越ながら私、胡桃選による30句をご紹介したいと思います。

河内文雄(こうち ふみお)

昭和24年生まれ
平成28年『銀化』入会
令和2年 第1句集
令和3年 第2句集
令和4年 第3, 第4, 第5句集
現在『銀化』同人、俳人協会会員

《著者自選 15句》

開き又閉づる日記を始めけり  文雄

餞は春の立つ日のそのやうに

春や風のほとりに青銅の騾馬

正門を真つ直ぐ出でて卒業す

春宵のまだやはらかき嘘の芯

空蟬や命にのこり香のあらば

之繞のはらひ長しや迎へ梅雨

心映え美しや芭蕉布着熟して

噴水に下手な気骨の無き強み

海の日は来る海の無き県にも

命あるものに緩急やぶ枯らし

濃く淡く霧は佳境を描き分け

神の愚痴神が聴きをり神無月

蓮根の穴に秩序のあるカオス

敗れざる者らのこころ埋火は

河内文雄句集『安止左幾』所収

 文雄さんの句はとても「腑に落ちる」というか、早い話が私好みの句が多く、句会ではお互いの句を採り合うこともしばしばで、私のほうから一方的に親しみを感じていました。
 残念ながら、これまで親しくお話しできる機会はありませんでしたが、私のような駆け出し同人にまで御句集をご恵贈くださるような方です。

 今回、こうしてnoteに転記してみて初めて気づいたのですが、すべての収録句の字数がみな13字で統一されています。
「名句には12〜13字のものが多い」という(噓かホントか知りませんが)もっともらしい説を聞いたことがあります。そういったことを意識されてのことなのかは存じ上げませんが、12〜13字で書かれた句は「収まりがよい」と感じるのは確かです。
 ともかく句集一冊、全句の字数が統一されていることからも、愛すべき著者の律儀さ・真面目さ・几帳面さ、そして強い拘りが窺えると思います。

 ここで私の拙い鑑賞を滔々と並べ立てるよりも〈文雄ワールド〉を一句でも多くご紹介するほうがよいと思いますので、最後に胡桃選による30句をご紹介し、新句集上梓の御祝に替えさせていただこうと思います。

《川村胡桃選 30句》

残り湯の其処に留る去年今年  文雄

炬燵守てふ放蕩のなれの果て

幾重もの静寂に太る氷柱かな

うら若きみなもへ鴨の乱数表

たましひは俄に割るる石鹼玉

雁帰るそらの容をととのへて

春を行くバスの手摺の縦横に

牡丹伐る程の大事を軽やかに

背嚢を腹に牡丹をまなうらに

生涯を非凡ひとすぢ大山椒魚

虹を吐く穴深からむ暗からむ

玉葱の尻に根の張る安堵かな

哲学に殉じ茗荷の子を喰はず

恐竜と蟻の吐息をヒトが吸ふ

行く水を通過儀礼の滝が待つ

半島ののこり半分なつやすみ

夏枯れの回送列車ほどの無駄

化身とも言ふべき鰻屋の主人

障子洗ふに定まらぬ腰の位置

つつましき団地の窓や十三夜

身に入むや朱硯の銘は牢名主

松茸に言葉遣ひのあらたまる

群生と云ふには疎らからす瓜

新酒酌み交しどうでも良い話

牛蒡引く体の硬きをとこかな

天高し隕石でも落ちて来ぬか

勝負どき見のがしてをり懐手

歳晩の同じ居酒屋おなじ与太

どの咳も世界に一つだけの咳

数へ日の時計回りに倦む時計

河内文雄句集『安止左幾』所収

 こうして見てみると、著者による自選15句と、みごとなまでに被らなかったところが面白いと思いました。(了)

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