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【短編推理小説】五十部警部の事件簿

事件その51

「ああ、後、10分、ほんの10分、私が早く小屋に着いていれば…」
足立武はそういって嘆いた。
××湖畔にある別荘で妻が首を吊っているとの一報を受け、警察が現場を保全している所へ、五十部警部は偶々通り掛かった。
休日の散策を楽しんでいる最中だった。
身分を明かし、彼はその別荘の主人で広告業を営む社長である足立氏に前後の事情を訊ねた。
「その日はかねてからの約束通り、新築した別荘へ泊って、湖畔を散策していたのです。妻は快活で楽しそうでしたが、ふと、なんだか風邪になったようだから、先に帰ると言い出しました。私は妻が帰り道を知っているので、ためらわず、そうした方がいい。私はもう数時間歩いたら帰るといって、妻と別れたのです。
晩秋の湖畔を鳴き交わす鳥の声を聞きながら、湖畔の水面のきらめきに目を留めながら、のんびりと歩いていましたが、次第に何かいいようのない不安な感情に囚われていきました。妻が途中で熊にでも襲われるんじゃないか。あるいは、別荘に物盗りでも来やしないか。
そんな考えが次々と頭に浮かび、どうにも落ち着かなくなったのです」
「結局、私は予定より早く別荘に戻ることにしました。そして、別送に着いて、ドアを開けたら…」
「いや、実にお気の毒ですが、少しお伺いしなければなりません」
五十部警部は事務的な口調で訊いた。
「あなたが別荘から戻る途中、この別荘に着くまでの間、誰かに出会ったり、人影を見たりしましたか?」
「いえ、特に記憶には」
「では、結局どれくらい歩いてから別荘に戻ったのですか?」
「妻と別れてから…そう5キロほど歩いてからです」
「失礼ですが、足立さん、嘘発見器というのはご存知ですか?
 あなたにはそれが必要だと思いますよ」

五十部警部は乾いた声で足立にそう告げた。
 
その理由は?


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