無題

鶴の裏返し

 妻が恥ずかしそうに嘴を鳴らし「クエーッ」と言いだしたとき、思わず笑ってしまった私だったが、その深夜、リビングで私の手編みのセーターを編んでいるその姿は確かに鶴で、あの美しい羽根は信じがたいことにタンチョウヅルの美しい羽根になり、あのチャーミングな赤い頭頂部は恐るべきことにタンチョウヅルの赤い頭頂部になっていた。

 編み物は妻の趣味だった。時間は昼下がり、場所はリビングのソファ。彼女はその黒い足先と羽根と嘴を使い器用に使い、祈るように丁寧に糸を編み込んでゆくのだ。鶴の姿になっても、彼女の本質?気性?なんだろう……とにかくそういった核は変わらないようで、明らかに編み物に向いていない黒い足先と羽根と嘴を器用に駆使して私のセーターを編むその様子は、ああ、どれだけ姿形が変わったとしても、その所作は、心は、間違いなく彼女のままなのだと私を安心させた。

「あのさ、昨日言ってたことだけど」
「クエーッ」
「いや、なんでいきなりあんな変なことをね」
「クアーッ」
「うん、いや、ごめん」
「クエッ」

 とりつくしまもない。力なく笑いながら彼女が作った朝食を食べた。深く尋ねるのはまずい。鶴の恩返しが迎えた結末を想像すると身が凍る。別に鶴でも構わない。嘴。赤い頭頂。黒く長い首。美しい羽根。その先端の黒。すらりと長い脚。このように、彼女も普段は人の姿をしてくれているのだ。いや、たとえ鶴の姿になったとしても、私はそれでも構わない。しかし、それでも、一人で抱え込むのは耐え難い……。

 相談相手を決めたのは、秘密を知ってから四日後の夜だった。相手はいわゆる幼馴染、十年来の付き合いである。ただ、妻と結婚して以来、やりとりは極端に減っていた。

「久しぶり」

 電話の向こうから息を呑む声が聞こえた。そして長い沈黙。

「あんた、こんな時間になによ」

 彼女の声は、なぜか震えていた。

「その……例の奥さんは?どう?うまくやってる?」

【続く】