河童の井戸
人里離れた林の中に、今は使われていない古ぼけた井戸があった。しかしこの井戸何かがおかしい。井戸の表面は薄汚れ煤けているのだが、中の水は綺麗なままだ。覗き込んでも嫌な匂いはしないし、日差しが反射する程透き通っている。
「ホントに住んでそうだな、ここ。」
「そんなわけないだろ、噂だよ噂。」
汚い井戸に綺麗な水が張っている。誰が言い始めたかは知らないが、河童が住んでいるという噂が流れている。この井戸は、河童の井戸なのだと。
「この水飲んでみるか、もしかしたら河童になれるかもしれないぞ。」
「飲むわけないだろ、河童の前に病気になる。」
ここに訪れた理由は、噂の検証だ。本当に河童がいるのか、物を水に落として調べる。
「まずこれだ」
「ペットボトル。それ普通にポイ捨てだぞ」
「まぁ気にすんな、河童が食べてくれる。」
井戸の穴から、垂直にペットボトルを落下させる。
「…どうだ?」「落ちただけだね。」
跳ねる水の音、他には何も聞こえない。
「そうか、やっぱり衝撃が足りないな。ならこれはどうだ。」
怪しげな形の物体に火を付ける、来る途中で買った花火の類だ。花火は特殊な捻りのある動きで井戸に落下し、水の表面で音を立てて激しく弾けた。
「…どんな調子だ?」
「....何にもないよ、花火の音だけ。」
「これも駄目か、なら次は..」
足元の大きな岩を両手で持ち高く上げる、相手が河童といえど限度は無いのだろうか。
「それ大丈夫?」
「大丈夫だって、死にゃあしねぇよ。それっ!」
勢いを付けて放り投げる。少し間隔を空け、大きく水の跳ねる音が響き聞こえた。
「どうだ!?」
「....何にもない、同じだね。」
「なんだよ〜..これも駄目かよ、オレもう投げるもの持ってないぜ?」
何を落としても井戸は反応を示さない。やはり噂は誰かの憶測なのだろうか。
「..あぁ諦めたくねぇ、何か持ってねぇか? いらないもの、投げてもいいと思えるもの!」
いらない..投げてもいいもの?」
「そうだよ、何か持ってるのか!」
少年の身体が高く持ち上がった。薄暗い井戸の穴が、こちらを見上げて待ち構えている。
「落ちちゃえ。」
その日、井戸の水は初めて汚れた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?