鬼門峠
うちの近くの森の入り口は「鬼門峠」と呼ばれていた。鬼の棲家に続く道、近付けば鬼に喰われると、小さい頃から言って聞かされた。
「健太、お散歩楽しかったね。さ、身体洗お」
飼い犬の健太、家の近くを散歩すると泥や水に入って直ぐに身体を汚してしまう。その度身体を洗っては注意するのだが、一向に言う事を聞かない。
「健太はいつも元気だよねぇ..ちょっと元気過ぎるけど、まぁ可愛いからいいか。」
友達の少ない私にとっては事実心の置ける存在の為、手間が掛かるのは寧ろ愛情表現だと思って接している。
「おい、見ろよ。またアイツ犬と話してるぜ?」
「ホントだ、おい犬女!」
「……。」
同じクラスの男子達だ、中学校で暗い私を揶揄っては楽しんでる。家の前まで来るなんてやりすぎだと思うが、暇人は放っておこうと開き直って最近は無視をし続けている。
「犬と遊ぶの楽しいか?」
「……。」
「返事しろブス!」「うるさい!」
望み通り返事をすると声を上げて笑いながら去っていった、本当に嫌な奴だ。
「クゥ〜ン..」
「どうした、大丈夫だよ?」
健太が心配してくれているのか、私の顔を見て悲しげな表情を浮かべている。犬にも感情があるのだろうか、だとすれば少し嬉しい気もする。
「私は健太がいてくれれば悲しくないよ。..あんなやつら、いなくなっちゃえばいいのにね」
夕焼けに、嫌な愚痴が明るく映える。
「健太〜、健太〜?」
明るく日の朝、土曜日で学校が休みだったので一日健太と遊ぼうと決めた。しかし健太の姿が見当たらない、いつもなら私の部屋に顔を出すのに。
「犬小屋かな?」
犬小屋でゆっくりしている事など滅多に無いが、家の中に居ないのであればそこしか目星は無い。
「いない..健太...?」
私は慌てて親を起こし事情を説明した。健太が居なくなった、小屋を抜けて何処かへ消えた。
「健太〜? 健太〜!」
町中を探しても見当たらない、完全な行方不明。
「……アイツ今頃きっと漁ってるぜ?」
「だろうな、いい気味だぜ。」
薄暗い殺風景な道、少年二人の傍には項垂れた犬が横たわっている。身体には、至る所に打撲痕のような傷が付いている。
「最近あいつ生意気だからよ、お仕置きしてやんだよ。俺たちの事無視してムカつくしよ。」
「だな、だからコイツ捨てようぜ。奴等のエサにしてやんだ、棲家に引っ張って貰おうぜ」
犬の両前足と後ろ足を端から掴み、勢いを付けて森の入り口へ放り投げる。丁度噂される、鬼門峠の辺りにぴったりとはまる場所だ。
「うっしじゃあ見てやろうぜ、ホントに出るか」
「おお。喰われるかな、コイツ」
倒れる犬をじっと見つめる、しかし何も起こらない。暫く見つけていたが反応は無く、犬が横たわる景色だけが流れ続けた。
「..んだよ、何も起こんねぇじゃん。結局は噂か、行こうぜ金ちゃん」
少年の一人が背中を向けた。もう一人の少年は、その後もじっと犬を見つめている。
「はぁ〜つまんねぇなぁ、なんか面白ぇ事無ぇかなぁ。なぁ金ちゃん、何か面白ぇ言..」
「ゴキ..」「え?」
何かが軋む音、強く何かが潰れるような鈍い音。
「バキ..ゴキバキベキ..バキバキバキ...!」
「金ちゃん何してんだよ、なんか出たの...」
「……か..?」
振り向くと既に友人は砕けた肉塊となっていた
「あ、あ....!」
「……バキ」
砕く音は引きずる音になり、森の中へ消えていく
棲家の門は、開いていたのだ。
「健太、健太どこ〜?」
「ワン!」「健太!」
田んぼの先の畦道に、健太が小さく座っている。
「健太、も〜何処いってたのよ。すっごい心配したんだからね!?」
「ワン!」「もう、わかってないでしょ?」
強く身体を抱きしめて、存在を確認する。
「...ん、何この汚れ。また泥入ったの健太? 駄目だって言ったでしょ身体汚しちゃ!」
「クゥ〜ン..。」
「もう、まぁいいや。帰って身体洗お!」
「ワン!」
無事見つかった健太と仲良く家に帰る。休みの大半が、健太に振り回された一日だった。
「それにしても口元に泥なんて付ける? 泥にしては赤い気もするけど..気のせいか。」
「……ワン。」
〝あんなやつら、いなくなっちゃえばいいのに〟
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