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シグマの名前の由来、モデルとなった文豪について(お題箱から)

※この記事は文豪ストレイドッグスの考察です。
※Twitterのお題箱に頂いたお題への返信です。

頂いたお題はこちら:
はじめまして!シグマ=三島説、しっくりきました…!最近、和辻哲郎の『風土』を読んだのですが、自分個人の「うち」と「そと」の区別について、日本は「家」、ヨーロッパは「個人の部屋」が最小の「うち」の隔てになるそうです。シグマのは「家」という言葉に惹かれていたので、日本の人なのかなあと思いました。
感想はさておき、シグマについてふと気になったことがありまして、名前についてなのですが、∑(シグマ)の他にもギリシャ文字は名前っぽいシータθやカイχなど色々あるのになんでシグマなのかなあ、と…


お題頂きありがとうございました!!
「家」と「個人の部屋」の話、すごく興味深いです!確かに言われてみると、欧米の異能者たちは「アンの部屋」だったり、「自室で考え事をするときだけ発動する」だったり、部屋をベースにした異能が多いですね。「家」にこだわるから日本人っていうの納得です!

シグマ=三島説の考察も読んで頂きありがとうございました。
三島説は実は自分の中ではあまり信憑性ないかなと思っているのですが、気に入って頂けたなら嬉しいです。
三島を思いついたきっかけは「天人五衰」っていうワードが宙に浮いてるよな…っていう点だけだったので、正直なところシグマ本人と三島の繋がりはあまり見つけられていないんです…
シグマが雲隠れに利用されているのは割とありそうだなと考えているんですけどね。
三島以外の別の日本人文豪をモデルにしてるという前提で、シグマの名前を切り口に考察を書いてみたいと思います!

■「シグマ」という名前から考えられる可能性

シグマはΣですよね。Σの文字、顔を左に倒して読むとMに見えませんか?
やばいぐらい単純な理由ですが、シグマのモデルは名前がMから始まる文豪だったりして。
もう一つの可能性として、Σという文字はギリシャ語の発音で「シー」という音になるそうなので、シもしくはCから始まる名前の文豪というのもあり得えそうです。こんな感じでΣは暗号のようなものなんじゃないかなと疑ってます。

数学的な観点からだと、大文字のΣがsumを意味することから総和=すべてを司る者とか、小文字のσが線形代数において置換の意味を持つことから無から生まれたのではなく、誰かと置き換わっている、とか。そういった意味合いが加味されている可能性もあるのかもしれません。

■「家」への執着の背景にあるもの

シグマの持つ「家」への執着って「家という概念」への執着ですよね。だけど普通人間って「概念」にそこまで執着心を抱かないと思うんです。
家を持つことで得られるメリットや、手に入れたあとの具体的なイメージが想像できてないとそこまで執念を燃やせないはず。
さらには「みんな家を持っているから自分もほしい」的なニュアンスのことも言っていましたよね。
小学生が駄々をこねるための動機としては真っ当だけど、大人がすべてをかけて戦う動機としては、あまりにも弱すぎる。
だからこそ、実は家を破壊された過去を持っていて、家を求めるのはシグマの魂の叫びだとか、モデルとなった文豪本人の方に家や家族へのこだわりがあるとか、そういう確固とした、明かされていない理由が別にあるんじゃないかなと考えていました。

そこで最初に思いついたのが、ユダヤ人説。迫害や虐殺と聞いて誰もが想像つくもの。以前、別の考察(シグマの誕生と白紙の文学書)で書いたとおり、シグマの家族は故郷もろとも破壊されたのではないか、という説です。その時の悲痛な記憶が、本の制約を突き破って飛び出し、シグマの魂の叫びとなって家を求める衝動を突き動かしているのではないかなと。ユダヤ人文豪のトーマス・マンは名前にMが入っています。

しかしお題をくれた方の言うように、家にこだわるのは日本人ならではなんじゃないか、という観点もありますので、次は日本人文豪に絞って考えてみたいと思います!

■モデルとなった日本人文豪

①島崎藤村
藤村の代表作は『破戒』ですよね。被差別部落の話なので、ユダヤ人と同じように差別や迫害がテーマです。
シグマに人種差別というテーマ性を求めてしまうのは、彼の魂が家を求める(=家や故郷を破壊された可能性が高い)からというのもありますが、もう一つの理由として、見た目が異端だから、というのがあります。
ツートンヘアーが地毛なこと、ある?
「見た目の違い」が差別の最大の要因だと思うので、見た目がゴリゴリに風変わりなシグマにもそういう可能性を当てはめて考えてしまいます。
それ故に、差別を描いた島崎藤村を候補の一人として選びました。
藤村の著作に『家』という小説がありますし、名前もシで始まります。
異能力名は「破戒」。秘密を打ち明ける力、でしょうか。

②室生犀星
もう一人の日本人候補には犀星を選びました。
選んだ第一の理由は、シグマのジャケットの裏地が星のような模様になってるからです。時としてこういうシンプルな理由が一番真実に近かったりする。

第二の理由は、犀星さんご本人とその著作がとてもとてもシグマらしいからです。
犀星の詩の中で一番有名だと言われているものがこちら。

ふるさとは遠きにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて異土の乞食かたゐとなるとても
帰るところにあるまじや
ひとり都のゆふぐれに
ふるさとおもひ涙ぐむ
そのこころもて
遠きみやこにかへらばや
遠きみやこにかへらばや
小景異情その二 室生犀星

詩の中に「悲しみ」「異土(異邦人)」「ひとり(孤独)」の3拍子が揃っています。ふるさとへの想いはシグマがこだわる「家」への想いにも通じるような気がしてます。
もう決して帰ることのない自分のふるさとを想う気持ちはシグマとも重なります。犀星の詩には孤独や悲しみ、寂しさといった心情を歌っているものが多いようです。
シグマの抱える哀情にとてもふさわしいなぁと…逆か…犀星にとてもふさわしいキャラクターだなぁとしみじみ感じ入っています。

犀星を選んだもう一つの理由に、ドストエフスキーとの繋がりが深いという点があります。
犀星は『愛の詩集』の冒頭でドストエフスキーを引用しています。

熱い日光を浴びている一匹の蝿。この蝿ですら宇宙の宴に参与る一人で、自分のいるべきところをちゃんと心得ている。(フョードル・ドストエフスキー)
愛の詩集 室生犀星

この一文、翻してみると「蝿でさえも心得ているこの宇宙での居場所を、異物であるシグマは心得ていない」という意味にもなります。
ドスが言った「この宇宙の異物」という表現の原型がここにあるような気がしています。

犀星はほとんど信仰といってもいい程にドストエフスキーを敬愛していたようです。
ドストエフスキーの肖像を部屋に飾り、時にはその前で懺悔し、時にはその前で誓いを立てました。犀星の苦難と孤独のそばに寄り添っていたのは、ドストエフスキーでした。
暗黒時代と言われるような人生の中の長い苦難の時期。救いのない暗闇が広がる世界。そんな苦しみの状態の中から絞り出されるようにして生まれる人類愛。ドストエフスキーが描いたものは、苦難から生まれる無償の愛であり、犀星も同じように苦難を抱えながら愛を模索したと言われています。

犀星を長く続く苦悩の闇から救い出したドストエフスキー。文ストでもシグマに手を差し伸べるその姿に、史実が映し出されているのかもなぁと想像しています。

もしシグマが室生犀星なのだとしたら、異能力名は「万人の孤独」もしくは「万人の愛」とかかな…
凡ての人の孤独に寄り添う者。
人と人は触れあうことで、愛を交換し、孤独を癒す。
そんな妄想をしています。

三島説、ユダヤ人説、藤村説、犀星説、色々とっ散らかしましたが、一人だけベットするなら…犀星を選びます。
シグマ=犀星説は琴線に触れるものがありますし、犀星のもつ儚い美しさや孤独や哀情をシグマからはひしひしと感じ取れるような気がしています。

最後に、犀星の生涯の親友であった萩原朔太郎が、犀星の詩集のあとがきのために綴った文章を載せておきたいと思います。

私の友人、室生犀星の芸術とその人物に就いて、悉しく私の記録を認めるならば、ここに私は一冊の書物を編みあげねばならない。それほど私は彼に就いて多くを知りすぎて居る。それほど私と彼とは密接な兄弟的友情をもって居る。
室生の芸術の貴重さは、彼が人間としての人格の貴重さから出発する。
 凡そ私の知っている男性の中で、室生ほど純一無垢な高貴な感情をもった人間はない。彼ほど馬鹿正直で、彼ほど子供らしい純潔と卒直さをもった人間はない。

人生は、彼にとっては決して「考える」ものではない。そして、もちろんまた冥想するものではない。
 人生は、彼にとっては一つの美しい現実であり、同時にまた理想である。
こうした彼の哲学は、ある意味に於て、あの偉大なる古代ギリシヤ人のそれと全く共通する。

要するに室生は「生れたる新人」である。そして同時にまた「生れたる叙情詩人」である。恐らく、彼はその生涯を通じて、叙情詩以外の何物をも書かないであろう。しかもそうした純潔の詩人の生涯こそ、かの音楽家のそれと等しく、人生の最も神聖なる住宅、即ち道徳及びその他の感情生活の世界を支配する最高至美の権威でなければならない。

私共の求めていたものは、もっと鮮新で、もっと自由で、そしてもっとしんみりとした情熱をもった、純日本言葉の美しい音楽であった。
 こうした私共の要求を満足させて、最初に日本現代語の「音楽らしい音楽」を聴かせてくれたものは、実に私の友人室生犀星その人であつた。
愛の詩集の終りに 萩原朔太郎

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