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第1回「カンボジア移動理科実験教室」参加記

2019.12.23~28

西村さんとの出会い

 2019年3月。「〈カンボジアで理科実験教室をやろうと考えている〉という元福岡の高校の先生の西村さんという方が,科学館に勤めている知り合いを訪ねてくると伺いました。

 私はこれまでかなり海外旅行をしてきて,またそこで授業をしたこともあった「国際派」(笑)ですので,カンボジアと聞いて「私もそのミーティングに参加したい」と申し出ました。​

 西村さんは60歳を少し過ぎたお歳の方で,穏やかな語り口の中に芯の強さと頭の良さが感じ取れました。私は直観的に『この人はおもしろい人だ!』と思いました。

 実際にお話を伺い,私は

・西村さん自身が,この目的を達成するため予想を元に投資を行い,実績を上げていること。

・この事業も継続可能な,お金がきちんと回る計画であること。

・閉塞感の強い日本に比べ熱気のあるカンボジアの地で,理想的な教育を実らせることができるかもしれないこと。

に信頼と希望を感じ,うれしくなりました。

行ってみることにした

 2019年4月1日。300万円のクラウドファンディングが始まりました。READY FORという有名な団体を利用したものです。私はサークルやメーリングリストで呼びかけてみました。興味はもってもらえるもののなかなか資金拠出には至らないようでした。

 結局,期限の3か月がたっても目標には及ばず,このクラウドファンディングは不成立(返金)となりました。

 それはそれとして,私はもうカンボジアに行きたくなっていましたので,まず夏休みに行くことを検討しました。しかしカンボジアは雨季ということで,乾季である冬休みに行くことにしました。

 旅行は早めに計画したほうが安いし,楽しみな期間も長くなります。12月に行くのに,8月にはもう準備に取りかかりました。まずは航空券の手配です。

 カンボジアは両隣にあるタイ,ベトナムに比べ,経済的な発展が遅れています。日本からの航空機も,直行便は成田からANAの1便があるのみです。

 また,私は東南アジアではシンガポールぐらいしか行ったことがなかったため,カンボジアのあとに隣国のベトナムに陸路で国境を越え行ってみることにしました。

 次に,現地で行う実験の準備です。西村さんからは「とても簡単な実験でも子どもたちは目を輝かせて喜ぶ」とは聞いていたのですが,私は仮説実験授業という科学教育を全く新しくイノベートする授業の研究を長年やってきましたので,自分が行くからにはやっぱりある程度は科学の法則がわかることをしたいと考えました。短時間ででき,現象面でも楽しめ,そこに科学の法則が存在することを感じられるものとして,具体的には,仮説実験授業の授業プラン〈長い吹き矢・短い吹き矢〉と,楽知ん研究所の大道仮説実験「しゅぽ↑しゅぽ↓」を選びました。

 現地で通訳がついてくれるとは聞いていましたが,どんな人なのかわからなかったので,クメール語版フリップも準備しておきました。

 そうしていると知人から「12月26日は日食がありますよ。カンボジアは6割日食です。良ければ簡易太陽メガネ作りますよ!」とうれしいメールをいただきました。120個もの太陽メガネと美しい写真入りのフリップデータが送られてきました。

(私は相当に力を入れて準備しましたが,通常は,現地に行って,西村さんの持っている道具を借りて実験するだけで十分です。私が持って行ったものはすべて置いて帰っています)

到着早々ハプニング!

 プノンペンには6時間ほどで到着です。カンボジアはビザが必要ですが,ネットで入手できるほか,現地に着いてからも取得することができます。(3500円ほど)

 空港の外に出て,さっそくSIMカードを購入します。私はお守りだと思って,いつもまず現地SIMカードを購入することにしています。

 そして,タクシーやトゥクトゥクを呼ぶアプリ「Grab」に電話番号とクレジットカードを登録しました。カンボジアでもベトナムでもタクシー料金は交渉が必要で,でないとボッタクリにあうのですが,Grabは行き先を入力すると事前に料金がわかり,近くにいるタクシーが自分のところまで来てくれ,料金もクレジットカードからの引き落としで超便利です。(南部のカンポットではPassAppというアプリのほうが使えます)

 予約したゲストハウスに着き,宿泊費$6.5(700円)を払おうとして顔が青ざめました。小分けにして懐に入れていたクレジットカードと$20ほどの現金がなくなっていたのです!現金はともかく,クレジットカードは止めてもらわなければなりません。日本との時差は2時間で,クレジットカード会社の通常受付は終了しており,20回かけても30回かけても繋がりません。Grabアプリにクレジットカードを登録したときに落としたのでしょう。

 暗い気分の中,ふとスマホの画面にメッセンジャーアプリの通知があることに気がつきました。英語で「クレジットカードあなたのですか?」と書いてあります!拾ってくれた人がメッセージをくれたのです!

 しかし,どうやって私のことがわかったのでしょう?連絡先がわかるものなどありません。

 返信すると,拾ってくれたのは空港で働くカンボジア人の若い女の子でした。その子は仕事が終わったらわざわざゲストハウスまで届けてくれるというのです。

 実は,その子はクレジットカードを拾って,そこに書かれている名前をfacebookで検索して私を発見し,Messengerで連絡をしてくれたのです。そして,位置情報を共有にして,なんなく私の居場所にもたどり着くことができたというわけです。

 10年前には,いやカンボジアなら数年前でも考えられない方法でした。実際,人々はどこでもスマホ画面を見ており,私の乗ったトゥクトゥクでも運転しながらドラマを観ていました(^^;)。

カンポットへ

 翌日は早朝からトンレサップ川〜メコン川沿いに軽くランニングしながら観光。そして,ポル・ポトの負の遺産である「トゥールセレン虐殺博物館」を見学して,そこで西村さんと落ち合いました。

 西村さんの車には田中さんという方が同乗しておられました。これから向かう南部のカンポットのさらに先,ケップというところで特産のコショウなどの農園を経営しておられるそうです。実は,田中さんの農園はこの「理科実験ツアー」の観光の候補地ということで,私も最終日に訪れることになります。

 車の運転は現地スタッフのDARAという青年がしています。現地スタッフの採用にあたり,西村さんは,DARAの気立てが良いこと,自宅で英語塾をやっていて貧しい家の子の授業料を無料にしていることなどが気に入ったといいます。

 DARAは頭もいいようで,西村さんの勧めに従い弁護士の資格も取ったということです。法律がよく変わるカンボジアで事業をやるには弁護士の資格はとても役に立つということです。

 プノンペンの渋滞から解放されてしばらくは順調に南下していきましたが,道路の両側が貧しい町並みになって来る頃から道路も荒れてきました。道路のセンターも関係なく悪路を避けながら進みます。

3〜4時間ほどかかって,カンポットのDARAの家に到着しました。幹線を外れると赤土の道で,砂埃が舞っています。

DARAの家

門を入ると,子どもたちの元気な声が聞こえてきました。大きめの小屋を覗いてみると,20人ほどの子どもたちが机に向かって英語の勉強をしていました。アルファベットなどを学んでいます。子どもたちはとても元気で楽しそうでした。

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 少し向こうには小さな学校風の新しい建物があります。これは,もともと西村さんが学校にしたいと建てたそうですが,理科実験教室のゲストハウスにすることにし,現在,内部の造作が行われています。

 しばらくすると,スクーターに乗って広田さんが来られました。広田さんはカンボジア南部で宣教師をされていたそうですが,今は通訳や翻訳業をしておられます。今回の2日間の実験教室で通訳をしてくださいます。「軌道に乗ったら,行政の方から通訳を依頼してもらえる予定」と西村さんはおっしゃいます。

 西村さん,田中さん,広田さん,DARA,そして私で,翌日に行う「しゅぽ↑しゅぽ↓」の打ち合わせをしました。みなさん,こういう授業は初めてのようで大喜び。特に田中さんは大興奮していました。

 いい感じで打ち合わせ会が終わった後,DARAの奥さんの手料理をいただくことになりました。カンボジアの家庭料理です。プノンペンの屋台でもそうでしたが,こちらではいろんなものを串焼きにすることが多いようで,レバーを串刺しにしたものが出てきました。他には,魚を焼いたものと鶏肉と空芯菜の炒めもの。白ごはん。

 肉といえば,国道の脇の店では,鳥や豚が皮を剥がれた状態で丸ままぶらさげられていました。こちらでは日本のように「もも肉」「手羽先」のような部位の区別はなく,大きな包丁でぶった切りにします。ですので,鶏肉はだいたい骨についた身をしゃぶる感じです。(笑)切り分けると傷みやすく,冷蔵庫のない家庭も多いので,丸のまま売られているのでしょう。

 カンボジアの料理というと,他には米麺やスープ,鍋のようなもの,生春巻などがあり,味付けはマイルドで食べやすいものが多いです。ココナッツと粒胡椒も特徴的です。

 日本では胡椒を粒のまま食べることはまずないですが,(一粒が正露丸ぐらいの大きさ),世界一おいしいと言われているカンポットの胡椒(カンポットペッパー)は海ブドウの房みたいな感じで料理に添えられる高級品です。胡椒園やマンゴー園は西村さんの現地での事業の一部になっています。

 さて,食事のとき手を洗いたくなって台所に行きましたが,そこには水栓がありませんでした。その隣に風呂トイレ室があり,そちらへ入ってみると,大きな深い(子どもの背丈より深い)風呂にいっぱいに水が入っていました。かなり濁っています。

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 この水は,家の横にある池の水を汲み上げたもので,飲み水以外はそれを使うのだそうです。家の近くに池があるだけマシで,水汲みに行くのが子どもたちの仕事という家庭も多いそうです。

 なお,DARAの家に建設中のゲストハウスでは,井戸を掘り,ボイラーも入れる予定だそうですので安心してください。

 食事の後,カンポット市内のゲストハウスに連れて行っていただき,本日は終了となりました。

初日の授業はじまる

 DARAがピックアップしてくれて,車で10分ほどの学校へ向かいました。広い敷地の向こうのほうに平屋の校舎が並んでいます。手前にはたくさんの自転車とスクーターが並んでいます。ここは小中学校にあたる学年の子どもたちが通っているそうですが,カンボジアでは125cc以下のバイクは免許不要ということで,小学校高学年ぐらいの子がきょうだいを二人ぐらい後ろに載せて運転していたりしました。

 校庭は広いですが,いわゆるグランドはありません。そして,カンボジアで驚いたのは,校内外に露店がたくさん出ていて,そこで子どもたちが飲み食いしていることです。

 どこからか長い机椅子が運ばれてきて子どもたちも集まってきました。いよいよ開始です。

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 まず,明日の日食についてフリップを使って説明し,太陽メガネを実際に使ってもらい,プレゼントしました。「友達にも貸してあげてみんなで見てね」,広田さんがクメール語に翻訳してくださいます。英語で言えば,DARAも大きな声で子どもたちに伝えてくれます。

 続いては「しゅぽ↑しゅぽ↓」。簡易真空実験「しゅぽ↑しゅぽ↓」は私のお気に入りでこれまでも海外でもやってきたのですが,実は内容的にはかなり難しいです。特に空気が粒であるという部分が抽象的なので,ある程度の年齢以上にならないとなんのことだかわからない可能性があります。

 今回参加してくれた子どもたちは小6〜中2,しかも,希望者のみの参加です。日本のそれぐらいの子どもたちなら,まず理解できるでしょうが,カンボジアの子どもたちはそうではないように見受けられました。

 それは,実験というものをしたことがないので,何のためにそれを行うのかということ自体の把握ができないこと。それから,生活体験の不足。私たちは学校で習う以外に,見るもの聞くものすべてから学んでいます。大人やきょうだいの会話,テレビからも学びます。いわゆる「環境」というもののもたらす概念形成への影響はとても大きいのではないかと予想しました。

 そんな思いを挟みながらも,「しゅぽ↑しゅぽ↓」は楽しく終了しました。カンボジア特有の問題?として,マシュマロは溶けてくっついていたこと(苦笑),子どもたちは見たことがなく,食べてもらってもあまりおいしそうに見えなかったことがあります。

 続いて西村さんは,「しゅぽ↑しゅぽ↓」と同じく真空の力を利用したハンド吸引バキュームリフターを使って,子どもたちに空気の力を体感させていました。

 1日目の実験教室は大成功でした。

リゾート地としてのカンポット

 夜になり,西村さんオススメのフィッシュ・マーケットというレストランに行きました。大きな河には電飾の施された客船が行きかい,涼しい風が心地よく顔をなで,まさにリゾート。お客さんは西洋人ばかりです。

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 食事をしながら,西村さんとたくさんの話をしました。西村さんはアイデアいっぱいで,「教員出身で,こんなことまで考えられる人がいるんだな」とひたすら感心して聞き入りました。

2日目の授業は日食本番も!

 きのうの授業で流れがわかったのか,広田さんもDARAも余裕があります。今日はもう少し校舎の近くで行うことにしました。

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 子どもたちが揃い,まずは日食の説明です。最大食は12時半で,その2時間前を授業スタートにしているため,ちょうど日食が始まったところです。この時点での太陽観察をしてもらい,続いては〈長い吹き矢・短い吹き矢〉をスタート。ストローに綿棒を入れて飛ばす実験をやっていきます。綿棒を入れる位置によって飛び方が違うこと,ストロー1本と2本でどうなるか,など,できるだけ体験を重視する流れで進めていきます。DARAはもううれしくてたまらないようで,子どもたちに笑いかけながら何事かしゃべっています。子どもたちも本当に楽しそうで,それを眺めているだけで幸せな気分になります。

 この吹き矢の実験も,「加速」を扱うなかなかに高度な内容です。正直なところ,どのくらいわかってくれたのかわかりません。感想を書いてもらう余裕もなかったのですが,次回には感想を聞いてみたいものです。

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 西村さんは砂鉄の実験をバージョンアップして,磁力線が見えるような工夫や,砂鉄が回収しやすい工夫をして,子どもたちにたくさん磁石遊びをしてもらいました。

 最後にもう一度,日食を観察。 “Cambodia”という文字の形にパンチ穴を開けた紙を通して,カンボジアの強い日差しが1つ1つの太陽を日食の形にくっきりと写し出してくれました。また,木漏れ日も三日月のような形を地面に写し出していました。

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 今回は日食の最中ということで,引き続いて午後の部も始め,日食の観察,そして吹き矢の実験,砂鉄と磁石の実験を行いました。

 子どもたちの後ろでは校長先生が興味深そうに見守ってくれ,最後は笑顔で私たちに挨拶をしてくださいました。

 これで,第1回のカンボジア移動理科実験教室が終了しました。とてもとてもいい気分でした。

3日目は観光ツアー!

 今日は観光の日です。カンボジアの子どもたちに実験教室をするのは,普通の観光旅行では得られない貴重で深い体験を与えてくれますが,しかしまたせっかくカンボジアにまで行ってそれだけで帰るのもちょっともったいない。

 西村さんはそのこともちゃんと考えていて,旅行全体として高い満足度の得られるものにしようとしていました。

 まずは,マングローブ探検に出発です!

 ボートに乗って海の上を進み,しばらくしてマングローブの林の中に上陸。マングローブの新芽が落下して泥に突き刺さって増えていくことなど,元生物教師の西村さんが詳しく教えてくれます。海の上に渡された板の上を歩いて戻ってきたら,またボートに乗って気持ちよく海を滑り,白い鳥たちが飛び立ち,飛び去っていくさまを見ながら,この光景がこれからもずっと残り続けてくれることを願います。

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 続いて海辺の観光地ケップの海辺の市場へ。獲れたての海産物をさばき,焼いて味わう。西村さんのオススメは,ここにしかないというココナッツのお餅みたいなものをココナッツの葉で挟んで香ばしく焼いたお菓子。いつもおみやげに大量に買って帰るそう。

 さらに土埃のあがる道をしばらく走り,車を停めます。いくつかの真新しい建物に,丸い大きな温泉用の湯船が2つ。見晴台に上がって,4ヘクタールの敷地を眺めます。ここは,西村さんがリゾート型医療施設にしようと開発を進めている夢の場所なのでした。

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 日本など海外からも,カンボジア国内からも,遊びに来てもらえるようなキャンプ場から始め,10年後を目指して先端医療施設にする。今はまだ草ぼうぼうで水もない荒れ地だけど,西村さんはここで夢を叶えるために戦略的にお金を稼ぎ,一つずつ実現しています。

 さらに荒れた道,田中さんが「車が何度も故障した」と笑うデコボコ道をしばらく行くと,山の中ほどに真新しいカフェが見えてきました。これが田中さんの農場!こんな車一台がやっと通れるくらいの細いデコボコ道の先に突然現れた,手入れされた農場の美しい景色に唖然としました。

 爽やかな風。大きなブーゲンビリア。アヒルに,マンゴーやスターフルーツなどいろんな果樹に,4mほどの高さの整然と並ぶ胡椒の木。現地の6〜7人の農場ワーカーの人たちが笑顔で手を振り,田中さんは嬉々として農場を案内してくれます。「この池は…,この木は…,この水路は…,この生き物は……」。何もかもに田中さんが心をこめて手入れして,数々の失敗もして9年間を費やしてきた農場に,いま,カンボジア人の奥さんと子どもたちと共に住んでいます。

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 ケップのカニに舌鼓をうちながら,『なんでここで会う人たちはこんなにも気持ちがいいんだろう』と,ふと思いました。

 「しゅぽ↑しゅぽ↓」の最後に,「真空というのは,〈ない〉ものが〈ある〉ということです」という言葉があります。それは,ここにも当てはまるんじゃないか。ここは真空なんじゃないだろうか。そんなことが頭に浮かびました。

​旅の終わりに

「カンボジア移動理科実験教室」は,不自由な旅です。悪路にタイヤを取られたり,食べ物に虫が飛んできたり,トイレがなかったり。

 それでも,この旅は特別な旅で,心を空っぽにして何か温かいもので満たしてくれるような,そんな旅です。

 そこで,屈託ない子どもたちと笑顔を分ち合う。ここに未来の種を見つけ,植え,育てる。

 どんな木になるのだろう,どんな実がなるのだろう。そんな楽しみがこの旅にはあります。

 まだまだこれから作り上げていく旅です。でも,だからおもしろい。

 あなたは,そんな生き方をする人ではないですか?

 そんな旅でもいい方は,そんな旅だからいいという方は,ぜひ西村さんに連絡を取ってみてください。(連絡先メールアドレス:cambodia.science@gmail.com)

※私が参加したあとすぐ,コロナウィルスにより中断を余儀なくされています。西村さんは着々と準備を進めておられます。

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