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バラさんのこと(麻雀)

私がとある雀荘に通いはじめた頃。90年代も半ばを過ぎていた頃。
いわゆる、フリー雀荘。
「おひとり様でも安心して遊べます」って謳いの店。

始めに言ってしまうと、このお話は実体験を「かなり」もとにした
フィクションなんだけれど、
当時のフリー雀荘のほとんど全てがそうであったように、
その店でもゲームの成績によって金員が賭されていたが、
その多寡はとくに目立つほどでもなかった。

って、ややこしい書き方をしながらも、
まあ街中によくある体の遊び場だった。

その店に行くとよく同じ卓に入る、バラさんっていう人がいた。
その名前も、店のみんながバラさんって呼んでいたから、覚えたくらい。
まあ、たまに行く雀荘にいつもいる人との関係としてはそれで十分だし、
そのくらいしか情報もないし、本名の一部なのか、たんなるアダ名なのかも知らない。
同じ卓に入ったらアツくも和やかに打ち合うのだから
立派な顔見知り。
雀荘での対人ってそんなものじゃないかな。
マージャンを打っているとそれだけでも十分に気持ちのやりとりが
出来ているような気もしていた。

バラさんは冗談が好きな人で、8巡目くらいにション牌の東を切って
「リーチ」
一発めのツモ牌をぐりぐりと親指で撫でまわして
「やってしもうたナカヤマ~!」
とかいって、そのまま東をツモ捨てていたりした。
なにを言っているんだかよくわからない人もいると思うけど、
当時の私もさっぱりわからなくって、どうも東京と千葉の間には
「下総中山」という駅があり(中山競馬場に行く人は使うらしい)
まあ、ダジャレだった、っていうことは後から知った

いちいち説明すると面白くないね、バラさん、ごめん。

バラさんからは、つまらないシャミセンはあまり出てこない。
リーチに無筋もあまり出てこない。
さっきの「下総中山」も、しっかりチートイツのタンキ待ちだから
東の待ちをしくじった、ちょっとしたアピールになっていて、
そんなこというとタンキ待ちとかバレちゃうんじゃないの?
って思う人もいるかもしれないけれど、バラさんの河に書いてある
「チートイツ」っていうしるしは同じ卓についている人には
読み取れていた。そんな感じの卓が立つ店だった。

 いつもバラさんは夜の10時にはゲームを終えて帰って行ったのだが、
その理由が知れたのも、ある事件がきっかけだった。

 私がその店に寄るのは、当時の仕事先からの帰り道で、
ちょっとしたストレスの解消でもあったのだが、そんなある日。

 トイメンに座ったバラさんの顔に色がついていた。
 ペイント・レスラーのグレートムタみたいに赤とムラサキに彩られて
ところどころ膨れたバラさんの顔はそれはたいそうな迫力で、
だれかに殴られた痕にしか見えなかった。

「バラさん、どしたんですか、大丈夫?」
常連さんも心配して声をかけるが、バラさんは余裕の表情で
「ちょっとだけ、痛い」なんて笑っていた。
店の中では、その理由をはぐらかしていたバラさんを
よく打ちあっていた客同士で誘って
近所の居酒屋に飲みに行くことになった。
そういう時の団結は早いのだ。

10時のバラさんタイムにあわせて、午後9時を過ぎたら、
みんなで、「ラス半!」
たまには良いでしょう?

全員に生ビールがいきわたったところで、興味津々。
年長の常連さんが口火を切った。バラさんとは古い仲なんだそうな。

「で、いったいどうしたのよ、その顔?」
バラさんにみんなの注目が集まる。

「昨日の帰り道で『オヤジ狩り』にあっちゃってさ」

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