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めがねとタルティーヌ

ほんのちょっとした仕草でうっかり好きになっちゃうくせに、ほんの一瞬見せた仕草で急激に冷めてしまう。
私にはそういうところがあった。

右手でハンドルを持ちながら左手にシフトノブを握り、左足を勢いよく踏み込んで切ったクラッチを、今度はそろ〜っと足の力を緩めながら2速、そして3速へとつないでゆく。
どうせ免許を取るならとマニュアル車に挑戦してみたものの、右手と左手で違う動きをすることが全くできずに幼稚園の時にピアノ教室で早々に挫折をした私にそれはかなり難易度が高かった。
友達の友達として二十歳の時に出会った涼太は私の苦手なそれを軽々と操作した。
発進の後、逆手気味にシフトノブを2速へ下ろし、手のひらでスッと押し出すように3速へと入れてアクセルを踏むと素早く引き寄せるように4速へとシフトノブを迎え入れた。
細すぎず太すぎず、シフトノブを操作するスッと伸びた指先に私はうっかり恋をした。
ある日、一緒に入ったファミレスで料理を待っている時に涼太が爪を噛んだ。
その仕草に私の恋心は一気に冷えた。

「ねぇ瑞希、そろそろ2回目の結婚とかどうよ」
元夫と別れて5年、1人でいることにもすっかり慣れた。
「2回目かぁ。別に無理にしようとは思わないけれど、この先ずっといられそうだなと思える人がいたらね」
「私たち、平均寿命でいったらまだこの先40年以上あるよ。1人で過ごすには長くない?」
「40年か…確かに長いけれど…」
「いい人がいるんだけど、会ってみない?」
あまり積極的な気持ちではなかったけれど実香子に背中をつんつんと押されるようにして安永さんという男性と会うことになった。

安永さんはおしゃれではないけれど、きちんとアイロンがかかった白いシャツを着て小綺麗な印象だった。
ざっくりと大雑把に生きてきた私と違い、安永さんはするべき時にやるべきことをきちんとしてきたような真面目そうな人だった。

「どうだった?安永さん。真面目でいい人でしょ?」
「そうだね。でもきっと私みたいなのは安永さんはタイプじゃないと思うよ」
「それがそうでもないぽいよ。安永さん、瑞希にまた会いたいって」
「えー、ホントに?」

安永さんは本当に真面目な人だった。
知らないことやできないことがあると必ずできるようになるまでコツコツと勉強や練習をする。

「よし、できた!」
「なにそれ?」
「あんぽ柿とブルーチーズのタルティーヌだよ」
「タルティーヌ?」
「そう、ほら食べてみて」
「うん。…わぁ、おいしい!とろとろで甘いあんぽ柿にブルーチーズが合うね」
私の言葉に喜びをおさえるようににやりと微笑んで、安永さんは眼鏡の真ん中に左手の中指を当てて軽く上げた。
出会った時には苦手だったその仕草がなんだかちょっと愛おしく思えて私も笑った。


【あんぽ柿とブルーチーズのタルティーヌ】
=材料=
バゲット
あんぽ柿
ブルーチーズ
オリーブオイル
ブラックペッパー

=作り方=
1、スライスしたバゲットにオリーブオイルを塗り、一口大に切ったあんぽ柿とブルーチーズをのせてトーストし、ブラックペッパーをふります。


ジャムのようにとろりと甘いあんぽ柿とブルーチーズがよく合います。
生の柿でもおいしくできます。
その際にははちみつを少しかけて甘味をたしてもまたおいしいです。

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