見出し画像

はじめましてのご挨拶、長すぎるプロフ(13)

肉屋のお店


 倉庫で働きながらも求人情報を収集していました。当初は次の会社(某肉屋の名前を冠した飲食店が有名)の食品加工工場に応募をしたのですが、担当者の策略により実店舗の配属となりました。というのも、元飲食業で工場勤務に応募してくる人がそれなりの数があるらしく、担当曰く「1つの募集でどっちも集められて効率的」だそうだ。そりゃそーだ。

少年の夢

 新しい職場はカウンター8席ほどで、カレーのような麻婆丼のような、でも違う、スパイシーな挽肉餡掛けご飯をメインとした小さなお店です。
 詳しいことは忘れましたが、社長がやりたかった業態だったらしく、直属の独立部隊みたいな位置付けだったかと。
 親会社が広報にかなり力を入れていて、各店舗にはしっかりとしたストーリーやうんちくを外に向かって発信をしており、このお店も子供の頃からハンバーグなどの挽肉料理が大好きだった料理長(本当は社長)がその欲望を満たすために考えた料理であり、店であるという設定だったのです。
 そういえば元芸能関係の方々を引き抜いて、広報を担当させてましたね。そのためTV取材もやたらと多かった。中々上手い方法だと感心感心。

ワンオペ


 営業は初めて経験する基本ワンオペで、休憩時間とお昼のピークタイムだけは、近くにある工場から若い子が1人来てくれて、それ以外は孤独な独り作業。気楽な時間が多かったですが閉店間際に混んだりしてしまうと帰るのが遅くなって嫌だったなぁ。
 このくらいの時期から飲食業界がホワイト企業を目指す動きが活発になるのですが、まだ、ギリギリでブラックな会社でした。休みは週1だし、残業代はみなし残業(これは今でも大体の飲食業もそう)で初めから織り込み済みだしね。例えば休みが木曜日固定だとして、これがこの先、正月も盆も年末も、ずーーーっと続くと思うとげんなりするものです。

白金

 お店は白金にあったので、値段設定も高めで、いらっしゃるお客さんはお金持ちの方が多かったですね。特に奥様方が料理を気に入ってくれて、来るたびに違うお友達を連れて来てくれたり、持ち帰りもやっていたので新しいものに敏感な方々で結構繁盛していました。
 本来は町工場の多い土地だったので、その当時はまだ大きなマンションなどに混じって昔ながらの工場(こうば)が少しは点在しする面白い町でした。

 結局ここには10ヶ月ほどお世話になります。

 次は私のキャリアでも1番上手くいったと思う、アキバ編です。

(14)につづく。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?