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「マティス展」の感想

会期が今月末までに迫ったマティス展に行ってきた。本展は約20年ぶりの開催。
国内他の都市での巡回がないイベントで、とても貴重な機会なのはまちがいない。

お盆休み初日とも言える山の日、朝9時台の上野駅はまだ人の姿は多くなく、まっすぐ都美術館を目指して歩けたぐらいだった。

しかし、中に入るとそこそこ行列ができていたし、出てきた時には次回入場待ちの列が長く伸びていた。いかに本展が盛況なのか分かる光景だった。

終了する間近に訪れるあわただしさに輪をかけたように、上野公園の日差しはとても暑かったけど行った甲斐がある美術展だった。気になっていればオススメしたい。

マティスっぽさとは

マティスといえば、点描画とか切り絵が有名だと思う。これがマティスの作品なんだよと言われたら、確かに教科書で見た気がすると思い出せるぐらいにはマティスの名前は見たことがある。

マティス展という名にふさわしく、マティスという芸術家の姿を惜し気もなく表している。それは「いかにもマティスっぽい作品」以外に、「これもマティスの作品?」と思える作品をたくさん見せてくれる。むしろそっちが見どころかもしれない。

美術をしらないながら誤解をおそれずにいうと、マティスはずっと作風が定まらず試行錯誤を繰り返していたように見える。

活動期間の大部分が混沌としていたかのよう。それぐらい一貫していない展示で、作品を並べてみたときにその変遷を見ることができる。その作風の定まらなさがマティスらしさなのかもしれないというのが今回の大きな感想だ

ピカソとマティス

マティスの作品はフォービズムと言われる。
フォービズムとは、目に映る写実的な色彩ではなく、心に映る色彩を表現した技法で、特に原色を多用する激しい色彩が多く使用される。「あたかも野獣(フォーヴ、fauves)の檻の中にいるようだ」と評されること由来する(Wikipediaより)。

ピカソのキュビズムは様々な角度から構図を捉えなおした理論的なものであり、一方、直感的な色彩感覚を大事にした雰囲気がフォービズムの特徴といわれている。

このように2つの美術技法の概念は対極にあるらしいけど、予習のために聴いていたポッドキャストの話によれば、ピカソが意識していたのがマティスだったと教えてくれた。

しかし、実際に並べられたマティスの作品を眺めてみると、マティスこそピカソを意識していたようにも見える。

アプローチの仕方はちがえど、絵を描くために彫刻を造っていたマティスは人一倍、構図のとらえ方に工夫を凝らしていたようにみえるし、「なんとなくピカソっぽい」絵、つまりキュビズムを取り入れたような構図の絵もあったし、ピカソを意識していないことはなかったと思う。

その他の感想

本展で意外だったのは、点描画らしい点描画がほとんどなかったことだ。もっと点描画の展示を期待してたし、それが目当てだったのでその意味では、少し残念な気持ちはある。

反対にたくさん展示があったのはデッサン。マティスはデッサンを大事にしていた。それはマティスは精神にふれるもので、マティス自身は本当に描きたいものが書ける感じと述べていて、自分の創作の気持ちを見る人にダイレクトに伝える方法かつ自分の気持ちと向き合う手法だったという。

不思議なことに、作品のほんの一部分をみると、その辺の一般人や子どもが描いたといわれたらそう見える作品が多い。きっと、街中に飾られていたとして歴史的巨匠が描いたとは気づかない自信がある。

グッズ売り場も大人気

ところで先述のポッドキャスト情報ではあるが、本展は公式グッズに特に力を入れている。普段なかなか許可を降りないのに、版権を管理する財団に交渉を持ちかけ、快諾を得たエピソードが紹介されていた。実際、グッズ売り場は盛況で、じぶんも初めてTシャツを買ってしまった。

グッズ売り場からが本番
(公式ホームページより引用)

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