ゲーセンとカップルと私

某日、私は少し遠出をして普段よりちょっぴり都会な街にあるゲーセンへ来ていた。
狙いは当然、ウルトラストリートファイター4。私の短い格ゲーマー人生で最も触っているタイトルである。
そのゲーセンは相当にでかく、六階建てだった。

キャイキャイ姦しいいかにもライトゲーマー風のカップルの間から案内板を見ると格ゲーのある階は六階、エレベーターもあったが、私は運動も兼ねて階段を使うことにした。
二階、三階、四階と階段を昇るにつれ、あることに私は気付いた。
先程のカップルが私のぴったり後ろ、階段にして三段分ほど離れた所を付いてきていることに。
五階にはプリクラがある。おそらくそれだろうと思い、背後から注意を外し私は歩を進める。
なにも憂うことはない。私は何も考えず六階に行けば良いのだ。ウル4の筐体の前にひとたび座ってしまえばなにもかも忘れて格ゲーに勤しめる。
必死に自らにそう言い聞かせ、五階から六階への階段へ足を踏み出したその時───
かちゃり。カップルの男の方が付けていたチェーンアクセの音が、ひどく耳障りに聞こえた。
適当に太鼓の達人とクレーンキャッチャーに4クレぐらい吐いてゲーセンを出るものとばかり思っていたこのあんちゃんは格ゲーをやるのか?
思考がまとまらず、汗がじわりと出てきた。
落ち着け、まだ慌てるような時間では無い。
確かに、稀に格ゲーを好む陽キャやヤンキー、カップル連れなどはいるが、彼らの主な活動範囲は有名作か最新作、十中八九ストII、多少コアだったとしてもストVあたりだろうと踏んでいた。
汗ばむ手で二つ折りにされた千円札を両替機に突っ込む。
出てきた百円玉を手に、私はやたらとスポンジの露出した筐体前の椅子に座った。
そうだ、トレモで目押しコンボの練習でもしよう。コアコパから昇龍を安定させる作業を延々としていれば、この悪い夢も覚めるだろう。
ぺちぺち、ぺちぺち、ゲーセンには私がコアコパライジングジャガーに挑むも、キャンセルライジングが出ない音が空虚に数分響いていた。
CPUでもしようかな…と思った数瞬の後──

幾度も見た、しかし今日に限っては違う意味を持つ、乱入演出。ぎゅ、と手を握り、筐体の向こうを覗き見る。そこには件のカップルのあんちゃんが座っていた。
「相手なんか子供だよ?」
耳に入ってから数秒間、それは若干キャピ系の女性から私へと向けられた言葉だと言うことが理解出来なかった。
絶対に勝つ。私の目に深淵を思わせるドス黒い光が宿った。
キャラはもちろん、私のウル4を捧げてきた相棒であるアドン。対する相手はシャープでアーバンな雰囲気には似合わぬブランカだ。

都会の一角、人々からの意識からは抜け落ちた薄暗い部屋の一角で、それは静かに幕を開けた────

十数分後、私はゲーセン一階、クレーンコーナーで少々虚弱体質気味のアームを操り、で二束三文のチョコ菓子の前でだらだらとアームを伸ばしていた。
ガタリとチョコ菓子を取り落とす音を聞き、大きなため息を一つ深く長く吐くと、私はタバコ臭いゲーセンを後にする。
ゲーセンの外は敗者を迎えるには余りに眩しく、未だ昼前だと言うことを否応なしに押し付けていた。

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