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いくぞ新作⁈ (16)

アナログ作家の創作・読書ノート   おおくぼ系

連載小説  はるかなるミンダナオ・ダバオの風   第16回

        〈いままでのあらすじ〉
中城紫織(なかじょう・しおり)は、中城設計工房を主催している。ある日、中年の制服警官が訪ねてきた。〈ダバオに行った長男タツヤが過激派に拉致された〉とのこと。彼女はダバオの天羽(あまばね)へ連絡を取る。
フィリピン・ダバオ支店長の天羽隆一(あまばね・りゅういち)はシオリからの電話にでた。拉致について総領事へ問い合わせると、人質事件で混乱しているが、拉致は聞いてないという。天羽はアンガスとジープを走らせ、アポ山裏の小屋にたどり着くが、タツヤは非番でいなかった。今おこなわれているダバオの市長選も現グスマンと前ドウタテイの戦いで、ねじれていた。
帰り道、天羽はダバオの運命にひたった。ここで、日本人の村長さんともいうべき総領事安東博史と出会い意気投合した。天羽は安東を衆議院議員上國料の政策秘書として紹介した。二人は共通項があり、天羽が、〈ダバオの日本国〉というノンフィクションで新人賞をとっていたこと。安東も、チエコスロバキアでの外交経験を書き綴った〈雪解けのプラハ〉という小説を上梓していた。ダバオの市長選はドウタテイの返り咲きとなった。天羽は施策が転換され、再び犯罪者や麻薬密売人の粛清がおこなわれると危惧する。タツヤが、天羽を訪ねてきて拳銃を買いたいという。天羽は、まずは銃の取り扱いを学べと、アンガスに訓練を託す。安東も国会議員事務所で半生を振り返り、チエコ大使館を訪問してチエコ時代のデモビラなどをあずける。シオリは警察庁から、またもや〈息子が、窃盗事件を起こしたので賠償してくれ〉というメールを受け取り、とり締まりのない時代へなったと嘆く。アンガスはタツヤに射撃訓練を行う。天羽は、ドウタテイ新市長を訪問してパトカーの寄付が欲しいと請われ、安東やシオリに相談をする。シオリは相談を受けるも、それは、国の安東秘書の仕事だという。天羽は、ダバオに国際大学を創設する計画の手助けもせねばならなかった。タツヤは銃扱いの訓練を続け、一方、安東は、よくぞ小説〈雪解けのプラハ〉を書いたと感慨深かった。シオリは、サツマ環境センターの事業参入でノリノリであったが、天羽は事業の資金繰りに窮していた。こういう状況に、突然アメリカで同時多発テロが起こり、ミンダナオのアル・カイダもイアスラム過激派の仲間だという。天羽は、事業の縮小をきめ、アンガスがその旨をタツヤに告げると、彼は、〈自由ダバオの風〉を立ち上げるという。アンガスは相談に乗り、タツヤの援助を約した。安東は、パトカーの寄贈について交渉を重ねていた。
シオリは目論み通りに、環境センターのコンペを勝ち取った。ダバオでは、渡航困難区域となり、そんななか天羽は、精力的に粘っていた。


 

 そのアンガスに運転をたのんで、メジャーロードを南方面へ走った。ジョーンズ交差点をさらに走り、ボンファシオ記念像を目指す、スペインから独立を勝ち取ったフィリピンの英雄は左手に旗を持ち、右手に剣を高々と上げている。像をみあげながら右折すると、白亜の市庁舎にたどり着く。天羽は、さっそくボンゴヤンに面会を求めた。

 二階の会議室で大きな机に向かいあってかけている。ボンゴヤンは、シテイ・カウンセル(市議会)の議長であったが、ドウタテイ市長に請われて、いまは副市長として政権を支えている。以前から交流があったので気軽に会えるのである。

 さっそく、地域パトロール事業の計画を立てて、市から援助申請をしてほしい旨を述べた。

「アブ・サヤフが、ジ・ハードを掲げて一斉に攻勢に出てくるかもしれないので、市内のパトロールを増やすというのは、当然の緊急対策でしょう。基本的には環境保護も含むわけだが、パトロール中に住民の安全に係る事案を発見したら、関係ないとは言っておられないでしょう。それで、覆面パトカーとしてのバンを考えたところです」

 褐色の肌が輝く太り気味の中年、背丈は百七十センチほど、ベージュの開襟シャツのボンゴヤンは、ゆったりと話す。

「ドウタテイは夜型人間で、午後になってから庁舎へ出てきて、夜半になるとさえわたる。その計画は、私の方で作るから彼には、バンの寄贈があるらしいので、事務処理が必要だと説明するよ。彼は、パトカーはどうなっているのかと言うだろうが」

「そのことについては、とくに時間が必要だということで、残念ながら、すぐに対応できかねる。自動車製造会社に海外向けのパトロールカーを開発して欲しいとの依頼をしても、簡単に承諾してはもらえないでしょう。日本用と違ってハンドルの仕様から違うし、激務に耐えられるボデイの強度は、どうあるべきか、銃撃戦が起こる様な環境では、普通車の装甲では用を足さないだろうし、だから、パトロールカーを贈呈するには、開発が必要であり最低でも五年はかかる。できるだけ期待にそうようには、持っていきたいが」

「ハポン側の考えはわかった。ドウタティにも伝えよう」

「さらに言えば、中古バンの何台かはバイクに変えてもいいと考えているのだが、この点もぜひ市長へ伝えてほしい」

 ボンゴヤンは、なるほど、と目を輝かせた。

「バイクはいい話かもしれないな。できるだけ早く回答する」

 これで、何とか滑り出すだろうと思えた。案件がもうひとつあった。

「渡航の困難ななか、来年のダバオ国際大学の開校にさいして、サツマの天心館を主宰する空手マスターが、道場を開きたいと希望している。さらに、食品加工会社の若きリーダーが、ぜひとも訪問したいと言っており、来春の派遣団の三十数名は中止となったが、五、六名でのダバオ訪問を予定している。当然に市の表敬訪問も行おうとおもっているが、対応方をよろしくお願いしたい」

「それは、とてもありがたい。突然、渡航困難な地域になって、ホテルのキャンセルが相ついだし、予約も取り消され皆無となった。そうだな……懸案となっている、ゴミ収集車の寄贈についてもそれに合わせて、善処したいと思っている」

「それは、こちらもありがたい。情勢が困難ななか、われわれのダバオとの絆は、固く保ちたい。これからもお互いに密に連絡を取りあいたい」

けっこうな収穫をえた。

一段落したので立ち上がって、サンキューとどちらからともなく手を出し握手をすると、会議室をでた。ドアの外では、アンガスが待っていた。

「まあまあ、うまくいった。ところでこれから、タツヤのところへ回ってみようか」

「オーケー、ボス」アンガスが短く言った。

 駐車場のジープに乗り込んで、アポ山の裏側を目指した。雲はあるが空は澄んでいる。

ダバオ川のバンケロハン・ブリッジを渡り、西南の方向へと続く道をたどって行く。だんだんと緑がふかくなる。

「アンガス、バンじゃなくてバイクも援助するというアイデアは良かったようだ」

「ドウタテイは、若いころから、バイク好き気で、いまも夜更けに青シャツにジーパンでパトロールをするそうです、犯罪行為を見つけると、警察に連絡を取り、自身も摘発にのりこむそうでさ」

「排気量も一〇〇〇CC前後がいいだろうな。日本は、白バイを専門にいい製品を作っているから、話がまとまりやすいかもしれない……だが、日本が超法規的な殺人の手助けをしている、または、見て見ぬふりをしている、というイメージになると良くないな」

 へへへ、ボス、出ましたね、日本人が! アンガスが笑い出した。

「ハポンは周りのことに気を使いすぎる、負わなくていい責任までも気にかける。日本ではそれでいいですが、ここはダバオですぜ。治安維持に協力するために白バイをサンプルとして贈った。それで拍手喝采になる、分かりやすくていいんじゃないですか」

「なるほど、まだ、俺は日本人だってことか」

ヤシやバナナ、雑木に囲まれた密林ゾーンの細い道を突き進んでいく。窓からの風はホットではあるが、日に照らされてカラッとしている。

「米軍が演習を行うということから、アブ・サヤフのほうも参加兵を募集しているようですぜ。月額三万~五万ペソといいますから、まあまあ初任給では高収入だ」

「オトコとして、血が騒ぐ若い奴も多いだろうから、やっかいだな」

「アブ・サヤフは論外ですが、ミンダナオのバンサモロ地区は人口も三百万をゆうに超し、一万人ものモロ民族解放戦線の戦士が根付いている。島々をつたってインドネシアにも通じている。ここは、やはりイスラム文化圏として認めざるを得ないと考えますよ」

「そうだな、アンガスの考え方が、妥当だと思うようになったよ」

 この地は、常に政治的混乱のなかでもがいている。そして、そのなかで皆けっこうのんびりとして見える。生きることを、まるで悟っているかのようだ。

現場学、地政学とはこんなもんかと、助手席で、まったりとしながら漠然と思う。

 アポ山のふもとのほうは、一面アカバ畑であったのだが、今は畑や雑草の地となっている。中腹を見上げると、まだ、深い樹海がたたずんでいて、アスワンという伝説の魔女のすみかだいわれる。

「昔は、高床式の住居があったのですが、今はほとんどみなくなった」

「高床式か、それも南の諸島特有の文化か?」

 アマミには、高床式の倉庫などが、今だに残っているという。ネズミや蛇などの害獣から守るためだと聞いた。湿気も溜まらない。

「アメさんは、〈リメンバー、貿易センタービル〉で、よっぽどテロを警戒してるんでしょうや。アブ・サヤフの撲滅は、フィリピン国軍はあてにならないと、自らの監視のもとで、殲滅(せんめつ)をはかるつもりでしょうや。年が明けたら、即、攻撃開始でしょう。見たいもんです」

「気がむいたら、安全地帯から高みの見物を決め込めばいいのじゃないか。ただ、巻き込まれないようにしないと、命がいくつあっても足りない」

 そうこうしているうちに、ヤシと灌木の林の先に開けた土地が見えてきた。

 四、五人ほどの青少年たちが、たむろしている。手前にヤシぶきの小屋があったので、その横にジープを停めた。

 むこうに居た若者が手を上げて近寄ってきた。タツヤだった。

「おー、久しぶりだったな」

 アバカで編んだハットをかぶったタツヤは、腕も顔も黒く焼けていて、歯が白く光る。

「元気そうで、なによりだ。少しは進んでいるようだな」

「ここは、昔はアバカ栽培の畑だったが、放置されて荒れ地となっていたので、ラルクに頼んで借りてもらった」

「農作業も大変だろう。で、何を植えるつもりだ?」

 一部に、枯れたアカバの根元がのこっている耕作地を見渡し、タツヤが、そうですねと、考え出した。

 オレは、もう少し近寄ってくれないかと、小声でタツヤに言った。

ーー来年になると、サツマから食料品の加工会社を立ち上げたいと、視察がある。ダバオ特有のフルーツを冷凍加工したいと考えていて、工場をたちあげたいと。将来は、マンゴーをはじめ、ドリアンなどの果樹園もひとつの考えだろう。さらに、ソバの打診も来ている。ソバは気候がいいから年三回収穫できるだろうとのことだ。ただ、これらのことは、まだ他言しないでくれ。ラルクにもだ。今は、耕作できる畑をつくりだして、さらに、フルーツ栽培などの情報・ノウハウを調べてほしいーー

いいな、と念押ししてポケットから封筒を取り出した。

「当面の費用として、五万ペソある。とくに金の取り扱いにも気を付けてくれ。いつ、革命税だとか、口利き料だとか難癖をつけてかすめ取られるかもしれないからな」

 タツヤは、わかったと静かにうなづいた。

 小屋の中から、アンガスと少年が青いココナツヤシの実をもってでてきた。

 少年が、俺に持ってきた一つの実を差し出した。緑色のヤシの実は、一部がカットされており、なかには、ヤシ・ウオーターが見えた。サンキューとお礼を言って受け取り、すぐ口をつけた。天然のジュースの味は、甘くてさっぱりとしている。のども渇いていたので、ほう、とため息が出るほどうるおった。かわきが満たされて自然の恵みと一瞬、一体化した。ヤシの木々のあいだに、かたむきかけた太陽がみえる。火照る様な光を浴びながら、この大地の確かさを感じた。この温暖の地では、果実や食料に恵まれている。

 ダバオに教えられることの方が、多いような気がする。俺自身は、賢くさかしすぎるのではないか、ハポンとして……。もう少し、天衣無縫に生きてもいいのではないか?

……肩の力をぬいて。
 が、しょせんは、なるようにしかならない。運は、天は、絶対に味方してくれるだろうと、つぶやいた。


       *    *    *


 安東へダバオ市からの援助申請書が、外務省へ届けられたという連絡があった。

 経済協力課長からの電話であったので、早急な対応をお願いしたいと念を押した。その際、ドウタテイがバイク好きだから白バイを別途何とかしたいと付け足すと、それは何ですかと面白そうにのってきた。霞が関の住人は、こういった逸話が好きだし、こういう情報に精通することが有能との評価がつく。支援を決定をするときに、こういった小話を公然の事実として、さらっと披露できるかどうかも重要な鍵となる。

「で、実際にはどうする予定ですか?」

「日本のバイク製造技術は進んでいるし、白バイも独自に生産している。製造メーカーかデイーラーに頼み込まねばならないでしょう。フィリピン売り込みのサンプルとしてどうかできないかと。こんなとこですよ」

「ん、それネタとして面白いですね。今後の経過を教えてくださいよ、参考になります」

 では、検討の方をよろしく吉報を待ってます、で受話器を置いた。

 だが、具体的に、どうするかだ、ダバオ市長ドウタテイから、親書のような形での要請として、白バイをサンプルとして一台、送ってもらいたい、と言うような内々の要請書を証拠として仕立てる必要があり、それをもとに日本政府がメーカーかデイーラーに頼み込む。これは正攻法であるのだが、いかにもマズイ。内々での伏線としての要請にしなければ、ダバオ、また日本へ禍根をのこす。

 先あたりとして、二輪車振興協会へ相談してみようと考えた。ただ、ダバオ市からの要望は口頭で伝えるだけにしたいのだが、相手さんは、確実な証左となる様なものを求めるだろう。だが、ダバオ市長の公文書などは残したくない。そうでないとすれば、在日フィリピン大使が口頭で説明し、そのことで保証するという信用に変えられないか? こんなところが無難かもしれない。まつりごとに関しては、大したことでないにもかかわらずに、両者が暗黙の了解のもとで秘密裏に行われることが、前提である。

 振興協会へ電話をかけて、ご尊顔の上に相談したいことがあると、明日のアポイントを取った。


 振興協会の事務長へ白バイのサンプルとして寄贈をもうしでたのだが、感触は割と良くて、月末になって、なんとか協力できるだろうとの申し出があった。一歩前に進んだが、窓口となっているサツマーダバオ交流会議からの状況説明書と今までの実績書を提出してほしいとのことである。それを基にして、正式な決定を図るという。

 事は急げで、天羽に電話をかけた。

だが、電話口の天羽は、何故か口が重たかった。

「それは吉報だ、ありがたい。こっちでは、悪い話が起こり困惑している。三日まえに警察から連絡があり、不法行為によりタツヤとラルクの二人が連行された。その対応で追われている。状況説明書と実績書は早急に送るが、タツヤのことは、まだ内密にお願いする」

       ( つづく )

*後半へ突入したが、どうなるかは登場人物しだいです。
 読書士の応援なにとぞヨロピク!


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