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いくぞ新作⁈ (18)

アナログ作家の創作・読書ノート  おおくぼ系

連載小説  はるかなるミンダナオ・ダバオの風   第18回

        〈いままでのあらすじ〉
中城紫織(なかじょう・しおり)は、中城設計工房を主催している。ある日、中年の制服警官が訪ねてきた。〈ダバオに行った長男タツヤが過激派に拉致された〉とのこと。彼女はダバオの天羽(あまばね)へ連絡を取る。
フィリピン・ダバオ支店長の天羽隆一(あまばね・りゅういち)はシオリからの電話にでた。拉致について総領事へ問い合わせると、人質事件で混乱しているが、拉致は聞いてないという。天羽はアンガスとジープを走らせ、アポ山裏の小屋にたどり着くが、タツヤは非番でいなかった。今おこなわれているダバオの市長選も現グスマンと前ドウタテイの戦いで、ねじれていた。
帰り道、天羽はダバオの運命にひたった。ここで、日本人の村長さんともいうべき総領事安東博史と出会い意気投合した。天羽は安東を衆議院議員上國料の政策秘書として紹介した。二人は共通項があり、天羽が、〈ダバオの日本国〉というノンフィクションで新人賞をとっていたこと。安東も、チエコスロバキアでの外交経験を書き綴った〈雪解けのプラハ〉という小説を上梓していた。ダバオの市長選はドウタテイの返り咲きとなった。天羽は施策が転換され、再び犯罪者や麻薬密売人の粛清がおこなわれると危惧する。タツヤが、天羽を訪ねてきて拳銃を買いたいという。天羽は、まずは銃の取り扱いを学べと、アンガスに訓練を託す。安東も国会議員事務所で半生を振り返り、チエコ大使館を訪問してチエコ時代のデモビラなどをあずける。シオリは警察庁から、またもや〈息子が、窃盗事件を起こしたので賠償してくれ〉というメールを受け取り、とり締まりのない時代へなったと嘆く。アンガスはタツヤに射撃訓練を行う。天羽は、ドウタテイ新市長を訪問してパトカーの寄付が欲しいと請われ、安東やシオリに相談をする。シオリは相談を受けるも、それは、国の安東秘書の仕事だという。天羽は、ダバオに国際大学を創設する計画の手助けもせねばならなかった。タツヤは銃扱いの訓練を続け、一方、安東は、よくぞ小説〈雪解けのプラハ〉を書いたと感慨深かった。シオリは、サツマ環境センターの事業参入でノリノリであったが、天羽は事業の資金繰りに窮していた。こういう状況に、突然アメリカで同時多発テロが起こり、ミンダナオのアル・カイダもイアスラム過激派の仲間だという。天羽は、事業の縮小をきめ、アンガスがその旨をタツヤに告げると、彼は、〈自由ダバオの風〉を立ち上げるという。アンガスは相談に乗り、タツヤの援助を約した。安東は、パトカーの寄贈について交渉を重ねていた。
シオリは目論み通りに、環境センターのコンペを勝ち取った。ダバオは、渡航困難区域となり、天羽は交流を模索していた。そんな中、タツヤとラルクが、タスクフォースに連行される。アンガスが、二人を救出せんと留置場へ急行する。


 アンガスは、ネストア警部と対峙していた。
四十過ぎのがっしりしたガタイ、さすがタスクフォース(機動隊)の班長と思われる。
「タツヤは日本人だし、ラルクも、二人ともアイ・コーポレーションの社員だ。過激派とは絶対に違う」
「ハポン、ハポンと言うが、それがなんぼのものだ。ハポンのならず者や浮浪者で、こちらもますます仕事が増えているんだ。テロも起こっている非常事態宣言中だ。事件が起こる前に芽をつもうと思うのは当然で、住民を守るためである。わかり切ったことを言わすな」
 タツヤとラルクは六人一緒に留置されていた。気落ちをして、消沈しているが、アンガスが面会に来ると、生気がもどった。まだまだ元気である。看守に一万ペソを渡し、面会できてミネラルウォーターとパンを差し入れるように頼んだ。心配するなといって、留置所の外の通路の角で、担当である警部と向かいあっている。迷彩服をきたネストアは、百七十半ばはあり、精悍に見える。壁に背をもたせて、足を組んでリラックスしたポーズをとっているが、胸に組んだ両腕が太く、鍛えてあるのが威圧感を与える。俺より、ひとまわりは大きいかなとねぶみしながら、圧力に負けないように静かな闘志をもちつづける。
「身元がしっかりしているので、釈放することに問題はないだろう。ライフル所持は始末書を書いてもいいし、銃を没収されてもいたしかたないだろう」
「言葉だけなら、何とでも言える。もっと、確実な保証はないのか」
 眼を細くして警部が静かにつぶやくと、ときに日に焼けた顔から歯が白くのぞく。
「……考えたが、保釈金を積むというのはどうだ。領収書いらずの保釈金を」
「ンン……領収書なしの保釈金か」
「十五万ペソ、過激派からハポンを保護してくれたネストア警部への個人的謝礼と言うのはどうだ」
「なるほど、そういう考えもあるのか。しかし謝礼金の額が、最低でも倍の三十万ペソはほしいな」
「いま、ドウタテイは犯罪撲滅をめざしているが、市警についてもサイドビジネスが起こらないように、給料を倍に上げようとしている。市警の副業は今までと違って、厳格に厳しく取り締まられるだろう。そこでだ、謝礼十五万ペソに一万ペソを付け加えて、さらにハポン保護に功績のあった警部にたいする敬意として、ダバオの総領事から保護にたいする感謝の意を表して、班長を隊長への昇進に値すると、推しをするというのはどうだろう」
「フフフ、そうか、了解した、ダンだ」警部がうなずいた。
「では、彼らを連れて帰るが、よいか」
「わかった。かってにしろ」
「一週間後になるが、警部の個人口座に邦人保護の謝礼金が、十六万ペソ振りこまれることになる。後で口座を教えてくれ」
「ひとつだけ聞く、その保証はどこがするのだ」
「俺、アンガス個人とハポン、どうしてもと言えば、CIAだ」
わかった、小声でつぶやくとネストアは、手のひらをヒラヒラとふった。

十日ほどたった。天羽のところに援助資金の振り込みの通知が次々と届いた。
期待以上の結果が出て、よくいわれるように、金はまわりものだ、を実感しつつあった。
安東氏から百万円、これは貸付金とのこと。野々村総領事がポケットマネーから三十万円を、これらをはじめとして、来春、ダバオを訪問する予定の天心館、さらに食料品会社から前払諸費用として二十万円ずつで、計百七十万円に達した。三百万円を見込んでいたのであったが、これで充分であった。保釈金分の十六万ペソは、概算で四十二万円ほどである。差し引くと百二十八万円の余剰が出た。しかも、安東氏と野村氏からの資金は領収書なしで、あったとき払いと、かってに決め込んでいる。いわゆる機密費扱いだ。
アンガスに四十五万円を渡して、十六万ペソを振りこむように依頼した。残った百二十五万の資金は、今後のいろいろな出費に備えることができる。
ミンダナオの世界で生きてきたアンガスは、多くの人脈を持ち、経験もふまえ交渉事に長けていた。保釈金についても格安に抑えてきていた。
彼に留置場に様子見に行ってもらった夕刻、落ち着かずに事務所でポツンと一人待っていたところへ、夜半になって、アンガスが、タツヤとラルクを無事連れ戻してきた。
「ボス、釈放条件は、ネストア警部へ十六万ペソを振り込むことと、彼を隊長に押し上げることの二つでさー」
「よく、やってくれた。いつもながら感謝する。で、タツヤもラルクも無事でよかったな。ハラはへってないか」
 タツヤもラルクもホッとした様子で、さぞ心細かっただろうと思えた。
 タツヤは、よれよれの黄色のカッターシャツにくすんだジーパン。久しぶりに会うと憔悴していて髪もひげも伸びて急に年を取ったみたいだ。ラルクは、タツヤよりは小柄だが、精悍で白のデザインTシャツに迷彩の入った半パンで、サンダルをはいている。事務所のソファーに四人が掛けると、強烈な汗の匂いが漂った。
「まる一日留まったのか、しかし早く出られて幸いだった。どんな感じだった」
「六人が、ひとつの留置場に入れられていて、年齢はまちまちで、みんな無口でげんなりしていた。ベッドはなくて、壁にもたれてうつらうつらして、寝られるもんではなかった。食事は、朝昼晩に乾パンとココナッツ・ミルクが出たけど食欲はなくて、どうにかして流し込んだ。取り調べについての説明もなく、みな狭いオリのなかで放置されていた。さらに、留置されるとき監視員に身体検査をされて、持ち物をとりあげられたが、釈放されたとき、時計と財布に入っていたお金はかえってこなかった」
「なるほどな。しかし、抗議をしても、没収は当然だと、相手にもされないだろう。まあ、無事に帰れただけでもありがたいと思うべきだ。ダバオでは、何が起こっても不思議じゃないからな」
 天羽自身に言い聞かすように話すと、一息ついてアンガスをみつめた。
「よく、保釈金の後払いで納得したもんだな。何か考えがあったのか?」
 アンガスは、むっつりしていたがかすかな笑みを浮かべた。
「いや、いままでの経験ですかね。交渉では、こちらが強力であることを示すまで、でさー、こいつを敵に回すと、得になるか損になるかって、それだけですぜ」
「じゃ、今日は二人とも家にとまってくれ、シャワーを浴びて食事して、二階のベッドでゆっくりと休んでくれ、アンガス家まで送ってくれるか」
 タツヤの収監は、シオリには伏せていた。だが、ひとつの大きな気苦労の荷がおりて安堵感に満たされた。あなたの息子はたくましく育っている、また、人生を生きのこれる運にめぐまれているとも思えた。タツヤもオレも、まだまだ、この地でやっていける。
 四人は無言のまま事務所を出て、深夜の暗闇のなか、アンガスが運転するジープにのりこんだ。星はいつものように輝いている。
 家へ向かう車の中で、言い忘れていたことを思い出した。
ーータツヤ、今回のことは、お母さんには内緒だぞ。何もなかったことにしてくれーー
 小声でつぶやいた。

        *     *     *

 天羽から一件落着の電話を受けた安東は、国際問題に発展しなくてよかったと安堵した。
「送金した百万は、一時の、上國料事務所からの立替金だから、そのつもりで。まあ、来月には政経懇談会を開催して、なんとか穴埋めをするつもりだが。少しずつでも返して欲しい。しかし、無事救出できてなによりだ、めでたし、めでたしだな。ああ、ところで、重要な連絡があった。バン贈呈を支援する件だが、年度予算の執行残で対応するとのことだ、国際経済課長が経済局長まで申請書を持ちまわって、サツマーダバオ交流会議の実績を熱弁し、なんとかして欲しいと直に談判をしてくれたそうだ。外務省としても、フィリピン政府とモロ民族解放戦線との和平を仲介するという重要案件を暗に抱えているから、気を使ってくれたみたいだ。さらに野々村総領事や上國料先生からも口添えをお願いして、功を奏したようだ。領事はダバオの現場にいて、あふれるストリートチルドレンたちをみると、この子たちのために何かをしてやりたいと思って、孤児施設の設立に力を注いでいる。おせっかいすぎると言えるかもしれないが、領事の職にいたものは誰でもダバオや子供たちの貧困問題に直面するだろう。ただ、今回の補助支援については、マスコミなどへは情報提供をしないでほしいとのことだ。世間に目立つことなくしゅくしゅくと進めてくれということだ」
「了解。その辺は、十分注意して事業の推進にあたりたい。ところで、タツヤとラルク救出について、その後の余談なのだが、アンガスがによると、つい先日、ネストア警部が殉職したとの情報がはいったとのことだ。麻薬取引の通報を受けて班員六名でスラム街に侵入して、逮捕におもむいたのだが、警察とわかると猛反撃を受けて激しい銃撃戦となり、警部と他一名が銃弾にあたって、絶命したとのことだ。敵は十人を超えていて、一部は取り逃がしたらしい。だが不思議なことに、うわさとしては、ネストア警部は、ガセネタをつかまされ罠にはまったのではないかといわれている。ダバオスクワット(自警団)が、悪徳警官のひとりとして、極秘にネストアを狙っていて処分したのだとか。ここまでいわれると、何が真相か皆目わからないが……今回の事件の流れから思うと、いろんな疑惑もわいてくる。うがった見方をすると、今回の拉致事件も、ネストア警部は誰かに踊らされていたのではと、思えてしようがない。仮に、アンガスがカラシニコフの不法所持をネタにして、ネストアに通報し、タツヤたちを勾留すれば小遣いが稼げる、ともちかけたとする。そう考えると釈放にいたった保釈金が割と少額だったし、支払い前に解放されたことも納得がいく。さらに、後払いとしたのだが、実際に送金したかどうかも怪しい……領収書の残らない世界のことだから……何が事実かはわからない。まさにミステリーそのままだ。そして、謎は永遠に解けず、噂だけが広まっていく。疑い出すときりがない。人を信じるきることがいかに大変か、今実感している」
 安東は一呼吸おいた。自身にも苦い経験がある。はじめてプラハに赴任したとき、民主化を求める友人で同志と思っていた若者が、その実は体制側に通じていた。
「われわれ昭和世代は、滅私奉公時代の日本人だからな。ハハハ、大古の遺物だからいろんな人や考えについて行けない。一本気の面もあるのだろう、いわゆる単純バカだ。今もって国のためとか、社会に貢献するとか、正義のためとか、いちずであり意気に感じる、そういう自分に酔う、まったく困りもんだ」
 自身、今になって、やっと、人種や民族の間のには、分かりえない絶対的なコア部分があると理解し出した。ミナ―シャとも若い男という人種と、女という人種との根本的な違いが根底にあり、さらに国籍も。一時的に燃え上がる情熱だけでは長くはもたなかった。
「日本は、お互いを信頼し疑わないのが当然という世界だが、平和、平等という社会的安定のうえに成り立っているからだと感じる。ダバオは大部分が混沌の中にある。皆独自の生き方で自由に生きている。だから、面白いんじゃないか、未来がある。ダバオにはいろんな人種もいて、それぞれで並行世界を形成しているから、価値観が違う世界に入りこむと疑心暗鬼になり、誰が味方で誰が悪人か、わからなくて混乱するだろう。
ただ、今まで聞いた話から、部下のアンガスも優秀すぎる気がするが、典型的な悪人で、どうしようもない、ということでなければ、許容するべきであると、そう考えるが、かすかな匂いも感じる。もとモロ民族解放戦線のソルジャーの経験があり、人脈もあり極秘の情報にもくわしい……彼は、エージェントじゃないのか」
「エージェント? どこの」
「エージェントであるとすると、思うに、おそらくアメさんじゃないか」
しばらく、お互いに沈黙の時がながれた。
「なるほど、そういわれると、思われるふしがあるが」
「ただ、彼が仕事に害をなしてるわけではないし、天羽さんをしっかりと支えてくれているのだから、考えすぎないことにすればどうだ」
 また、しばしの間が空いた。
「忠言感謝、いろいろと勉強になる。今回の拉致や、不可解、不審なことが多すぎて、けっこう消耗した。精神的に疲れたのだろう。胃の調子がいまひとつだ。だが、バンの援助は久しぶりにいい話だ。さっそく実施にとりかかろう」
ーーじゃあ、健闘を祈る、くどいが最後にもう一言いわせてくれーー
「政策秘書も外からはよく見えるかもしれないが、これでなかなかで、体力も精神も酷使する仕事だ、おたがい様さ。健康にはくれぐれも気をつけてくれ。安全にも。こちらも今度、ガン検診を受けるつもりだ。まあ、お互いに社会のほんの一部分の仕事を担っているのは確かだろうな」
 
 シオリは、天羽から補助事業の総額二千万円の予算がついたから、バン十台を送ってほしい旨の連絡を受けた。左ハンドルのバンで程度の良いものをというが、そうすんなりにはいかないだろうと思った。
それでも何とか外車のディーラーに連絡をつけてみようとして、はたと思い当たった。海外協力援助だから外国車のバンでなくて、日本車でなければ、国益にかなわない。そこで、やはり外務省の国際協力事業であるとして、日本自動車工業会へ事情を話し、利益がほとんど見込めないのだが、なんとか協力をお願いしたいと要請した。こうなるとやはり、安東氏の力添えに頼らざるをえない。強力に推しをお願いした。
自動車工業会と十日ほど、強引ともいえる事情説明と協力をお願いしたところ、何とかやりましょうと、しぶしぶ了承を得た。
これにて、ひととおりの落着となったが、ふと、ダバオのタツヤは元気にしているか、気にかかった。天羽によると、たくましくなって、立派な野人に育ちつつあるという。

          ( つづく )  

*けっこう長くなり、作者も困惑してますが、何とか結末がみえだしました。読書士の応援ヨロピク!    
 




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