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いくぞ新作⁈ (14)

アナログ作家の創作・読書ノート     おおくぼ系

 連載小説    はるかなるミンダナオ・ダバオの風     第14回

        〈いままでのあらすじ〉
中城紫織(なかじょう・しおり)は、中城設計工房を主催している。ある日、中年の制服警官が訪ねてきた。〈ダバオに行った長男タツヤが過激派に拉致された〉とのこと。彼女はダバオの天羽(あまばね)へ連絡を取る。
フィリピン・ダバオ支店長の天羽隆一(あまばね・りゅういち)はシオリからの電話にでた。拉致について総領事へ問い合わせると、人質事件で混乱しているが、拉致は聞いてないという。天羽はアンガスとジープを走らせ、アポ山裏の小屋にたどり着くが、タツヤは非番でいなかった。今おこなわれているダバオの市長選も現グスマンと前ドウタテイの戦いで、ねじれていた。
帰り道、天羽はダバオにたどり着いた運命にひたった。ここで、日本人の村長さんともいうべき総領事安東博史と出会い意気投合した。天羽は安東を衆議院議員上國料の政策秘書として紹介した。二人は共通項があり、天羽が、〈ダバオの日本人たち〉というノンフィクションで新人賞をとっていたこと。安東も、チエコスロバキアでの外交経験を書き綴った〈雪解けのプラハ〉という小説を上梓して互いに文士であった。ダバオの市長選は、ドウタテイの返り咲きとなった。天羽は施策が転換され、再び犯罪者や麻薬密売人の粛清がおこなわれると危惧する。タツヤが、天羽を訪ねてきて拳銃を買いたいという。天羽は、まずは銃の取り扱いになれる必要があると、部下のアンガスに訓練を託す。安東も国会議員事務所で半生を振り返っていた。午後に、チエコ大使館を訪問してチエコ時代のデモビラなどを書記官にあずける。シオリは警察庁から、またもや〈息子が、窃盗事件を起こしたので賠償してくれ〉というメールを受け取り、偽メールに対し締まりのない時代へなったと嘆く。アンガスは、タツヤに射撃訓練を行う。天羽は、ドウタテイ新市長を訪問してパトカーの寄付が欲しいと請われ、安東やシオリに相談をする。シオリはパトカーの相談を天羽から受けるも、それは、国の安東の仕事だという。天羽は、ダバオに国際大学を創設する事業計画の手助けもせねばならなかった。タツヤは銃扱いの訓練を続け、一方、安東は、よくぞ〈雪解けのプラハ〉を書いたと感慨深かった。シオリは、サツマ環境センターの事業参入でノリノリであったが、天羽は、事業の資金繰りに窮していた。こういう状況に、突然アメリカで同時多発テロが起こり、ミンダナオのアル・カイダもイアスラム過激派の仲間だという。天羽は、事業の縮小をきめる。アンガスがその旨をタツヤに告げると、彼は、〈自由ダバオの風〉を立ち上げるという。


「タツヤ、俺が仲間の、そのグループの面倒を見てやろうか」
「えっ、それはどういうこと?」タツヤがこちらを振り向いた。
「タツヤ、おまえは、自分は運がいいと思うか?」さらに質問を重ねた。
「バゴボ族の言い伝えを知っているか? バゴボ族の長には、蛮勇であればなれるとは限らない。勇気も必要だが、選ばれるのは一番運がいい者と決まっている。わかるかい、みながあいつは運がいいと言われる奴が一族のリーダーであるトップになるということだ。そういう運のある奴が、一族をいい運へ引っ張っていけるということだ」
「初めて聞いた、もっとも、具体的にはどういうこと?」
「戦闘のとき、一族は一丸となって戦う。運のいい奴と言うのは、最前線にいて勇敢であるが、傷を負わずに生き残ってくる奴だ。その者を中心にまとまれば、一族が生き残ることができると信じられている」
 さらに俺は話し続けた。ハポンは、運がいいと言われているので、タツヤもリーダーに担ぎあげられるだろう。自分は運がいいと思い、自分を信じられるなら引き受けざるを得なくなる。
「自分たちで、自分たちの集まりを創り出し、発展させていくことだ。自由ダバオの風という、みなでともに生きる街を創り出す。結構なやりがいがあるぞ」
 ジープには冷房装置はついてなく、窓を少し開けてある。全開すると何が飛び込んでくるかわからない。雨季の終わりで、直射日光はないが、どんよりとして蒸し暑い。水筒を取り出した。キャップに注いでタツヤに渡した。サンクス、彼は受け取ると一気に飲み干した。空になったキャップに半分ほど水を注いで、グイとのどへ流し込んだ。
ノドが潤ったところで、ねっていた考えを述べた
ーー密林を開墾して自分たちの土地を創り出すことだ。開墾は大変な作業だろうが、作物を植え収穫があるようになると、集団が潤う。さらに、作業をすることで体を鍛えることにもなり、集団作業をすることで団結力も高まる。そこの調整をしていくのが頭の存在となる。確かに自衛のためには武器も必要となるが、それは、次善の策だ。武器を持つと強くなり、それを使って他からかすめ取るようになる。それよりも、自分たちで食物を生産することだ。そうすると、確実に自分たちの王国ができあがっていくーー
俺にしては、熱のこもったセリフだと可笑しかったが。
「そんなに、うまくいくかな~」
「フィリピーノは、一か八かの賭けこそが生き方だとかんがえるが、天羽ボスの着実に粘る生き方はハポン特有だ。タツヤもハポンだろう、ボスには、タツヤは開墾を新しい事業として始めると言っておくから。やりたいことをやってみな。さしあたって、ヤシを切るチエンソーや、荷物を運ぶ軽トラなどは、炭小屋のものを借りればいい。ヤシ炭造りも、自分たちでボチボチとやっていくようだ」
「話が、飛んで分かりにくい。開墾する土地は、どうやって見つけつるんだ」
「ラルクは、バゴボ族出身だろう、まわりは密林だらけで、誰の土地かわからない。開墾して自分たちの農地にするんだ。バゴボ族なら文句は出ないさ」
 胸ポケットから、円の札を取り出した。
「とりあえず、前もらった円を二万円渡す。両替してなかったのだ。これで、カラシニコフを手にいれればいいが、タツヤが持つんじゃなくて、ラルクが持つんだ。何度もいうが、銃を持つと使いたくなる。ダバオ・デス・スクワットも正義をかざしているが、後は、どうなるかわかったもんじゃない。超法規的な殺人集団でしかない。リーダーが先頭に立って人を殺めると、その集団は人殺しの仲間になる。そうではなくて、農地を創り出す仲間にすべきだ。武力争いはエンドレスになる。フフ、これは、天羽ボスの影響かな」
 自身しゃべりすぎた気がした。が、言葉が止まらなかった。かれこれ三十分以上ぼそぼそと話している。水筒をとりあげて水で喉をうるおした。そして、深く息を吸ってはきだした。
「今までのはなしを、よく考えると、すごいし、身震いを感じる」
 タツヤが、やや興奮気味につぶやいた。
「今度のテロ事件で、イスラム過激派のアブ・サヤフとの大規模な戦闘がはじまるだろう。最終決戦にしてせん滅するつもりなので、フィリッピン国軍だけではなくて、アメリカ軍ものりこんでくる。タツヤは、そこには十分気を付けて、戦闘終了後の先を見つめてやっていかねばならない。アブ・サヤフはわれわれの時代の問題だ。闘鶏などの博奕もダメだぞ。当初はパイナップル、マンゴー、ドリアンなどのフルーツ栽培がいいだろう。最終的には耕作地を拡大して穀物を植える……天羽ボスの夢がうつったようだ、ハハハ」
「壮大な計画だね。達成まで何年もかかる……」
「あたりまえだ、タツヤは、われわれの半分以上若い。時間は有り余っているから当然だろ、銃で脅して金品をかすめ取るのは、手っ取り早いが、破綻もすぐ来る。オトコは百年の計を持つぐらいが、ちょうどいい」
「おおまかには、わかったけど、アブ・サヤフが攻めてくることを考えると、こわくてしようがないよ。平然と開墾できるかな」
「だからと言って、武装するな。カラシニコフもラルクが持っていて、コブラとか害獣が出てきたときに使うんだ。決して、ヒトにむけてはいけない。若い時はわからないが、流血の経験をすると、その世界の生き方しかできなくなる」
「少しはわかる気がするが、でも、本当に大丈夫かな~」
「だから、生き残るかどうかは、運だといっただろう、開墾が上手くいくかどうかも運しだいだ」 タツヤを見て俺は念を押すように言った。
「運しだいだなんて、結局バクチみたいなもんじゃない。失敗したらどうするの」
「ハハハ、それはその時だ。運がなかったって言うだけさ。だが、自分は強運の持ち主だと思って、懸命に努力する。生き抜くとは、それだけのことだ」
「それって、いい加減で、無責任ってことじゃない?」
タツヤは、言ってみてドキドキした。
「そうともいえる。だが、ミンダナオ、ダバオが、このまま武装勢力や反社会勢力との闘争で、血で塗られた歴史を継続していけるのか、それとも、その先にあらたなステージが築けるのか。タツヤ、お前は新しいステージで生きていかなければならない。ダバオ市長のドウタテイは、みずから選ばれた人間だと思ってるだろうけど、麻薬戦争、犯罪撲滅を永遠にやるわけにはいかないだろう」
「なんとなくわかってきたけど、先立つものをどうすればいいの?」
「そこが難問だ。来週、炭焼きの給料二か月分を支給するということだから、しばらくはなんとかなるが……やはり、ボスに相談してみる。俺自身も米ドルだが、幾ばくかは応援できると思う。さしあたり今持ってる三百ドルを渡しておこう。ところで、これから事務所へ帰るが、タツヤもいっしょにいくか?」
「うん、行きたいけど、今の話をラルクにすることが先だ。そこで決まったら、天羽さんに正式に話に行こうと思う」
 かれこれ、一時間ちかく話し込んでいた。
「そうだな、それがいい。では、なんか困ったことがあったら言ってくれ。資金のことを最優先で考えてみる。自由ダバオの風、いい響きだ」
 タツヤが、ドアを開けてジープを降りると、じゃまたと、ターンして帰路へ走り出した。
 ヤシの連なる林を抜けて、雑木の入り組んだあぜ道を進む。
 この密林の中に、フルーツに囲まれた広大な農地が出現するかもしれないのだ。ハポンは、やり遂げる可能性が強い。

 天羽は、懸案に埋もれている。
 テロの影響で、予定が次々と変更になり、あちこちから連絡が来つつあった。来月には、サツマ―ダバオ交流会議から、三十名のサツマ訪問団がダバオを訪れるはずだったが、見直したいとの連絡があった。最悪の場合、中止となりそうだ。ダバオで新規に事業を起こしたいという食品企業もあり、力を入れていただけに気が抜けた。
 また、日本フィリピン協会が、来春、記念セレモニーを、ダバオで開催する計画であったが、急遽中止するとのメールが入った。いずれも渡航困難地域であるとの外務省の勧告による影響だった。
 さらに、こんなおりに、ダバオの日本人会長とのあいだに軋轢(あつれき)が生じつつあった。ダバオ日本人会は、ダバオ在住の日本人の親睦会であったのだが、天羽がサツマとダバオを結び付け、事業を展開し話題をさらったことに原因があるようであった。過日の野々村総領事夫妻の招待による晩さん会で、日本人会長から、今の若いものは礼儀も知らないとなじられたことがあった。会長にすれば、自身がダバオ日本人のトップに立っているという誇りがあり、新参者が勝手にやりたいことをやってかき回しては困るということだろう。ことにダバオ国際大学の設立には、当然、会長自身に何か打診があり、出番があるだろうと、思っていたふしがあったが、日本フィリッピン協会を中心にして、天羽との協調ですすみつつあった。もともと、この事業は、ダバオ在住の日本人を対象にしたものではなく、虐げられてきた日系人、二世、三世などの無国籍者を自立させることが主眼であった。このようなときに、日本人会において、突然、何か不正がある様なうわさが流れだし、日本人会が分裂するような事態になっていた。五十四人いた日本人会の中心メンバーから、まず三十数名が脱会した。次に、十数人でダバオ桜花会という別組織が、立ち上がった。
 こうなると、旧日本人会は、役員だけが残り壊滅してしまった。
 こんななか、天羽は経済支援を中心に考えていることから、前会長の助言を得て、ダバオ日本人商工会を立ち上げる方向へとカジを切りつつあった。
 また、ダバオ国際大学へのプログラム参加として、サツマの天心館が手を挙げたのである。天心館は、少林寺拳法の流れをくみ、沖縄を発祥とする空手の流派であるが、総本山をサツマに定め海外への普及に意欲的であった。護身術や身体の鍛錬として、さらに日本流の武道を教示するという提案は、けっこうな賛同得た。ドウタテイもぜひ市警の警察官も逮捕術の一環として習わせたいとの意向であるとの感触を得た。
 しかし、今回のテロ事件をうけて、このまますんなりといくかは予断を許さない。天心館館長があいさつのためダバオを訪問することは規定のことなっていたが、不渡航勧告が出されることで、キャンセルになるやもしれぬ。ヤキモキがいろいろと募っていく。胃の痛みは、増していくが、グアンバらねばならなかった。
 気を入れ直さねばと、伸びたヒゲをなでながら、顔を上げたときに アンガスが事務所に入ってきた。
「ボス、伝えてきました」
「みんな元気かい、それでどうだった」
「致し方ないかと、スカンは納得はしましたけど、条件をつけられました」
 それはそうだろう、ここでは、物事がすんなりいくことが珍しいし、すべてが交渉で話し合った結果で決まっていく。
「スカンが、ヤシ窯を閉鎖するのは忍びないので、自分たちで継続させてほしいとのことでさあ、もう一つ、給料の先渡し分を三か月分に割り増ししてもらえないかって」
 なるほど、やはり最後は金の問題かと思った。事業とは、常に資金のやりくりに追われることだと身に染みた。
「そうだな、なんとかやりくりするしかないだろうな……」
 最後は、言葉を飲み込んだ。また、胃が痛くなるような話だった。交渉事は、両者の間を取って二か月半で妥協するのが、常であったのだが、なんとなくおっくうであった。
「了解、それで、三か月で話をつけてくれ」静かにつぶやいた。
「それと、タツヤのことですが、〈自由ダバオの風〉ってのを立ち上げたいそうです」
 アンガスが、執務机の前まできて突っ立った。
「なんだそりゃ、自警団か?」
「最初はそんなとこかとおもいましたが、自警団ではなくて、よく聞くと開拓団だということで、バゴボ族のラルクと仲間を集めて開墾を始めるということです。特に反対する理由もないので、アブ・サヤフなどに十分気を付けてやってくれと、いいましたぜ」
 そうか、アンガスがすでに結論をのべたのなら、それでいいだろうと思えた。
「時勢が、時勢だけに、うまくいくといいのだが」
「それで、いろいろと資金がいるのでボスになんとかお願いできないかとのことでさ~」
「………」
 またも金か、ハポンは金の生る木でも持ってると言うのか、こうなれば、手っ取りはやく誘拐でも何でもして金をかすめ取ってしまえと思えなくもない、と自嘲した。
 なんら言うこともなく、胃の鎮痛剤を口に放り込んだ。

            ( つづく )

*フィリピンペソ・円の交換レート(1ペソ=2.62円)の計算違いをしてました。御容赦を! まだ連載が続きます。ヨロピク!


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