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いくぞ新作⁈ (9)

アナログ作家の創作・読書ノート    おおくぼ系

*長編連載小説の9回目です。〈 はるかなるミンダナオ・ダバオの風〉といったところでしょうか。ハードボイルド・サスペンを意識しております。引かないで読んでくだっせ~


            〈あらすじ〉
中城紫織(なかじょう・しおり)は、一級建築士で中城設計工房を主催している。ある日、事務所に中年の制服警官が訪ねてきた。〈ダバオに行った長男タツヤが過激派に拉致された〉とのこと。シオリは、ダバオの天羽(あまばね)へ連絡を取る。
アイ・コーポレション、フィリピン・ダバオ支店長の天羽隆一(あまばね・りゅういち)はシオリからの国際電話にでた。拉致について総領事へ問い合わせると、人質事件で情報が混乱しているが、日本人の拉致は聞いてないという。天羽はアンガスとジープを走らせ、アポ山裏の小屋にたどり着くが、タツヤは非番でいなかった。伝言を残して引き返す。今おこなわれているダバオの市長選も現グスマンと前ドウタテイの戦いで、ねじれていた。
帰り道、天羽はダバオにたどり着いた運命にひたった。ここで、日本人の村長さんともいうべき総領事安東博史と出会い意気投合した。天羽は安東を衆議院議員上国料の政策秘書として紹介した。天羽と安東は共通項があり、天羽が、〈ダバオの日本人たち〉というノンフィクションで新人賞をとっていたこと。安東も、チエコスロバキアでの外交経験を書き綴った〈雪解けのプラハ〉という小説を上梓して、互いに文士であるというものだった。ダバオの市長選は、ドウタテイの返り咲きとなった。天羽は施策が転換され、再び犯罪者や麻薬密売人の粛清がおこなわれるのではと危惧する。タツヤが、天羽を訪ねてきて話を聞くと拳銃を買いたいという。天羽は、まずは銃の取り扱いになれる必要があると、部下のアンガスに訓練してくれるように依頼する。安東も、国会議員事務所から半生を振り返っていた。その日は、チエコ大使館を訪問する予定であった。チエコ時代のデモビラなどを書記官にあずけ、事務所へ帰る。シオリは、警察庁からのメールを受け取る。またもや〈息子が、窃盗事件を起こしたので賠償してくれ〉という内容だった。
シオリは、偽メールに対し締まりのない時代へなったと嘆く。アンガスは、訓練場でタツヤに射撃訓練を行う。


 天羽は、業界誌を読んでいた。
 東南アジアの水道事業についての東都の水道関係者がレポートを書いていた。
――日本の環境整備にかかる国際協力の一例として、タイの地方水道公社職員の人材育成を図るプロジエクトが発足した。第一段階としてはバンコク、チエンマイなど四都市に技術訓練センターが無償で提供され、同時に研修生を日本へ受け入れるものであった。専門技術者が育った第二段階として水道設備が敷設され、いざ事業を本格的に開始しようとしたところ、タイの地方政府は事業を民営化するとして、結果、欧米の欧米の水道事業者が運営を請け負うことになった。そのため、それまでの日本の協力はかすんでしまい無きに等しいものとされた。水道経営に対する考えの違いというか、日本の技術はすばらしいものの、途上国はそこまでの完成度を求めていないように思える。いつでも使える水があるだけで満足するようだ。さらに、水の供給のような事業は基幹産業であり、公的なものと考えるのだが、欧米では企業が展開する事業として利益追求の一環と考えている。――
天羽は、読み終えて一息ついた。なるほどである。
フィリピンの首都、マニラ市においても日本の協力でできた水道施設と訓練された職員を受け継いで、フランスがフィリピンの企業と共同事業を起こした。しかし、いま、水の料金は当初設定の四倍まで高騰しており、住民の不満が爆発している。
 アイ・コーポレーションも水道設備を贈呈して感謝されはしたものの、それ以上の進展は何もなかった。おくれている水環境を整備してダバオ市に貢献しようという意図は、一千戸への供給を達成したものの、それ以上でもそれ以下でもなかった。ダバオは、無償での提供が当然だと思っていて、先進国が、それ以後も、さらにそれ以上の支援をすることも当然だと受け止めている。天羽は、この事業を収益化への糸口としなければならなかった。双方の考え方の違いを埋めることは、単純にはいかなかった。
 慈善事業をいつまでも継続していけるほど、会社に潤沢な資金があるわけではなく、合弁ながら支店を開設したからには、独立採算制を目指さねばならない。ダバオ市が、水を供給する事業を施策として展開してくれるように持っていきたかったのだが、のれんに腕押しの状況にあった。
 明日の午後から、日本人会会長と、市政に帰ってきたドウタテイを訪問することになっている。前任のグスマン市長の時とは違って、大きな施策の方向転換が当然に予期される。
 グスマン前市長は、ドウタテイ市長の副市長に就任し、その後、市長職を引き継いだが、前施策の犯罪撲滅にはふれずに、インフラ整備の推進、空港、ドーム、公共施設などへ外資導入を積極的に展開してきた。ゴミ問題にも取り組み、ゴムタイヤを再生したゴミバケツを地域に配布し、足りないゴミ収集車は、建設局のダンプを利用して収集に努めた。さらには、サツマの視察をふまえて、環境衛生局長などの視察団を派遣し、ゴミ分別、リサイクル、償却、埋め立て、民間委託などを学ばせた。ここにひとつのビジネスチャンスを生みだすきっかけができ、サツマからのゴミ収集車の寄贈はその手始めであったのだ。

 ダバオ市庁舎は、大きな三角屋根をもった白亜の建物であった.屋根の中心には丸いエンブレムが輝いている。二階と三階を七本の石柱が通しで貫いていて、一見するとスペイン風のホワイトハウスといったイメージがある。
 エントランスから二階へ上がる中央階段を、わたし天羽、ダバオ日本人会会長、アンガスと三人が昇っていくと、登りきったところに、ボンゴヤン議員が立っていた。ハーイと、わたしは手を軽くあげた。
 アマバネさん、こっちですよと、議員が案内してくれて右側にある市長執務室へ、入った。アンガスは「ここで待機してまさー」と、部屋の入口に残った。
 内壁は木肌のぬくもりに満ち、落ち着いた執務室の窓際に、マホガニーの大きな机があり、ドウタテイがこちらを向いて腰かけていた。どうぞそこへかけてくださいと促されて、我々は、彼の机を囲むように置いてあるソファーにそれぞれかけた。
「メイヤー、コングラチュレーション! カミングバック フォー ダバオ」
 当選のお祝いの言葉を述べ、以前、アイ・コーポレーションの水道設備の贈呈でお世話になったことを告げ、新ためて簡単に天羽ですと、自己紹介をした。その後、日本人会会長もそれにならった。
「ダバオは、私の一番愛するふるさとだ。ところで、きょうのご用件は?」
 ドウタテイは、水色格子柄のさわやかな半袖オープンシャツで、胸をはだけていて、執務机にかけたままストレートに聞いてきた。
「私どもは、以前からダバオの生活環境の改善に協力できればと願い、水道事業を提案しましたが、さらにゴミ処理を円滑にする必要があろうかと協議を行ってきましたが、改めて、今後の取り組みを確認いただければとのお願いでまいりました」
天羽は、敬意をこめて、ネクタイをしめ紺色の背広を羽織っていた。そして、
「近年、ダバオのゴミ状況は非常に良くないようですが、ゴミ収集車四十台のうち稼働しているものは十台でしかないし、予算も年度半ばで七十五パーセントを使ってしまうほど、余裕がないとのこと」と、切り出した。
「ゴミのことについては、前市長の責任だ。だが、そうも言っておれないので、収集車を購入する資金を銀行から借り入れるつもりだ」
「それで、私たちも以前から収集車を一台でもと、贈呈したいと申し出ているのですが……」
「ああ、そういうことか、それはありがたい。日本、サツマにはいつもお世話になっている。いつか早いうちに日本へ行きたいと考えている。天皇陛下にぜひ会いたいものだ。日本は欧米の列強からの侵略を阻み、島国ながら堂々と戦ったうえに復興をとげ、強国となった。これは学ばねばならないと思ってる」
 ドウタテイの語り口は明快でなごやかであった。
「だが、やらなければならないことがある。ダバオは近代都市へと脱皮しなければならないが、ミンダナオ島地域はいまだにゲリラがあり、部族間競争もはげしい原始的なありさまだ。第一に成し遂げなければならないのは、治安の回復である。目指すところは、麻薬犯罪の撲滅と凶悪犯罪者を一掃することである。これが、私の至上命題だ」
 麻薬と犯罪の撲滅に確信犯的な信念をもっていることをうかがわせた。ダバオ・デス・スクワット(DDS)という、犯罪者や麻薬シンジケートの関連者を公然と処刑する自警団が復活していると言われている。これについても詳しく聞きたいのだが、とても口にできる内容ではない。
「ゴミ収集車の申し出は喜んで受けるが、出来ればパトカーを市警へ寄贈してくれないか? 二十台ほど。安全で犯罪のない都市、これからのダバオ市の理念として、安心してすごせる、この最低条件を確立するのが最重要課題だ。パトカーは銀行借り入れをしてでも増やさなければならない」
 前市長グスマンとは、対極的な施策であり、強権路線を貫く自信が見てとれた。
「パトカーの件は、国会議員の上國料氏にあたってみますので、この場で確約はできかねます」
 天羽は、やっかいな事になったと思いつつも、その他、今後の交流スケジュールとしてミスダバオの訪サツマ、来年一月にサツマ・インポート・イベントを行いたいので協力をお願いしたいと申し出た。
「それらについては、了解する。市として喜んで協力したい」
 三十分の面談の時間が過ぎて、ドウダテイが、ではまた、と机から立ち上がって寄ってきた。それぞれと握手をすると、記念写真を撮りましょうという。開けられていたドアから、プレスの記者らしき者が現れて、私たちはドウダテイを中心に執務机の前に横並びをした。フラッシュが二回ほど光ると、私は、サンキュー シーユウ、の言葉を最後に部屋を出た。

 日本人会会長を送って、事務所に戻ると、アンガスに問いかけた。
「ドウタテイ市長の超法規的な犯罪者の粛清はどう考える」
「そうですなボス、俺にはよくわかりません。ここでは、力があるものが強いってことでさあ。力をもたねば生きていけない、それだけのこと」
 天羽は質問した方がバカだったと思った。単純、明解な考えでここは動いている。
 そしてドウタテイは、混乱しているダバオの統一を目論んでいる。力による、警察権力による支配ともいえる。戦前の日本を支配していた考えが、ここでまだ生きている。
パトカー二十台か、これをどうするかであろうが、ダバオの警察というものも、うさんくさくて社会正義を守るものとは言い難いのだ。
 軍にしてもどうなってるのか? パラワン島人質事件でバシラン島に逃げこんだアブ・サヤフの拠点を政府軍が包囲したが、総攻撃をかけたところ犯人はいなくて、もぬけの殻だった。軍は真面目に制圧し撲滅するつもりはなかったようだ。必然的に誰かと誰かがつながっていて情報がもれる。それが許容される論理の中で皆が生きている。

*     *    *

 安東は、天羽からの電話に対応していた。
「パトカー二十台を所望か、ドウタテイは簡単にいうけど、これはなかなか難問だ」
「確かにそうだけど、彼の人気はすてがたいし、ひとつのカリスマになっている」
「理想主義者ってのは、確信犯でなければなれないからな」
 ポストがものを言わせるのだと、考えるのだが、自身にしてもそうだという思いがある。安東の今いる政策秘書の立場がものを言わせ、今の仕事が自身をも飲みこんでいる。
「給水やゴミ処理事業は民生の基礎だし、事業が本格化すると日本の技術援助があったり、合弁会社を作るなど国益に貢献するのだが、パトカーじゃ、事業としての発展も難しいだろう。ドウタテイの犯罪者に対する超法規的粛清については、人権問題だとアムネステイなども騒いでいる。そこにあえて日本が絡んで非難を受けるわけにはいけない」
 安東は、ここで若干間をおいた。これをどうさばけばいいか。
「二十台については一応聞き置くから、もう少し具体的でつめたものを上げてもらえないだろうか。サツマをはなれて日本フィリピン協会からの支援を仰ぐとか、民間から一台でも寄付を仰ぐとか、最終的には国際協力基金からの資金援助を仰ぐとか、いろいろあたって、向こうさんの考えも整理してもらって、確実で、つめたものでなければ、対応しようもないし、上國料先生へ動いてもらうこともできない」
「なるほど、了解しました。こちらも再度、あたってみます。そして、またお願いすることになろうかと思いますので、よろしく」
 電話はきれたが、安東は、どこまでつめられるかな……と、呟いてしまった。
 領事時代の経験からすれば、フィリピン人は自分中心でノンビリしていて、約束時間に一時間以上遅れることは普通であり、時には忘れていたとスッポかしても平然としている。無線警ら車は、約三百万ほどだが、パトカーへの独自塗装、国外への送料などを加えると、プラス百万は必要であろう。二十台だとするとトータルでは八千万円、ペソにすると二億ペソを超すことになる。これはけっこう微妙な金額である。しばらくは、成り行きを見守る他はない。
 いずれにしても、簡単に名案は浮かばないし、人権無視のドウタテイを日本が援助したという最悪のシナリオはさけねばならない。
 しょせん、なるようにしかならないか……ダバオの現実のあれこれをなんとか書き残したかったので、〈はるかなるミンダナオ〉という小説を書きはじめた。ほとんど脱稿に近く、来年には、単行本として出版する予定である。
 なかなか執筆の時間は十分には取れないが、少し前に短編小説も書いてみた。小説で著わされることは、登場人物は自分の分身であり、ストーリは自分史かもしれないと考える。さらに、書くことは、ひとつの精神安定剤におもわれる。
短篇のきっかけは、サツマのダバオとの交流会議で来鹿した際に、ちょっとした講演を行ったことにある。二十七才でプラハへ赴任してから昨年までの外交官生活は、ふり返ってみるとよく生きたと思えた。企業戦士ならぬ外交戦士であったのだ。いろいろなことがありすぎて、結構、傷も負い、完治せずに時おり傷口から苦い鮮血がふき出してくることがある。
 羽田の空港の出発ロビーでのことである。
出発ゲートで保安検査場を通過するときであった。アタッシエ・ケースや携帯、財布などをプレートにのせてⅩ線検査機のベルトコンベアに置き、私は金属探知機のゲートをくぐった。何事もなく通過して、コンベアで運ばれてきた財布を取ろうとしたときである。監視していた若い女性スタッフが、「ペットボトルが入っていますね、出してください」と駆け寄ってきた。
ん、ドキッとして一瞬とまどった。何か起こったのか、突然のことで頭が混乱し理解できなかった。いわれたとおりにアタッシエ・ケースのキーを開けかけて、まてよと思い直した。
「なにかの間違いじゃないか」女性スタッフへ向き直った。
「この中にペットボトルが、入ってるわけが、ないじゃないか」
実際、ボトルなどは入っていない。なんかのいいがかりに感じられ、さらに彼女の気負い立った様子に不快感を覚えた。近寄ってくる女性スタッフをにらむように見つめた。するとその若い女性も言い逃れをするのかとばかり、強気にまゆをひそめたが、ふと横を向いて、X線検査の担当者へ「映っていたのでしょう」と確認を求めた。すると男は、ボトルが映ったような……と自信がなさそうな返答であった。そのあいまいさに、なんといいかげんなと、そこで切れてしまった。突然に思いがけない緊張におちいると、安東博史は、過剰に反応してパニックに陥るくせが、激動のプラハの経験から続いていた。
「ペットボトルなど入っていない! 何を根拠に断言するのだ」
 いままで外交官特権で、出入国管理や税関はフリーパスであった。いつも専用ゲートを出入りしていたから、引き留められることなどない日々を送っていただけに、思いもよらぬ女性の決めつけに動揺してしまい、その分、強烈な怒りに変わった。
「どうしても入っているというのなら、かってに開けろ!」
 怒声が出てしまい自分でも驚いたが、止めようもなく、感情がひとりでに暴れはじめる。
「ほんとうにボトルの形が映ったんだな、間違いないな」
 半歩進んで小柄な女性スタッフへ詰め寄った。彼女は目をそらしてX線検査員を振り向いて「映っていたんでしょう」とまた念をおすと、若い検査員は「オレンジの色が見えたみたいだった」と、わけの分からないことを言う。もともとペットボトルは入っていないのだから、私はますます強気になり感情の収まりがつかなくなった。憮然として、お互いが突っ立ったまま沈黙のにらみ合いが続いた。
「申し訳ありません、間違いだったかもしれません」
女性職員が小さな声であやまった。
だが何かすっきりしない、ふに落ちないものが突き上げてくる。
「あやまるのは判断を間違った、検査員だろ! あなたは、ただ彼の判断で動いたに過ぎない、間違ったなら正式に彼が頭を下げるべきだ!」
頭が高速で回転しだし、とどめようがなかった。
「すみませんですむか、こんなに不機嫌にさせて、上司を、責任者をよべ!」
 後から続いている客が、なにごとかと唖然としているのが見える。胸の鼓動が高まったのを感じた。しまった不整脈がでたか、これもプラハ勤務時代にはじまった、極限の緊張の連続から生まれた病気、業務上の後遺症だった。
長身の責任者が現れて、検査員とともに直立して、申し訳ありませんでしたと頭を下げた。いかにも形だけの感じだったが、極限に達していた怒気が一瞬ゆるんだ。するとどうでもよくなった。胸の動悸を静めることが最優先である……無言のまま、そそくさと場を離れた。その後、いつものように自己嫌悪のさざ波が続いていった。
 飛行機がサツマ空港について、ゲートをくぐりながら思った。日本だから強気でおせたけど、プラハやダバオであったらアタッシェ・ケースのなかにプラスチック爆弾や麻薬などを混入させて、罠にかけられることもありだな、そう考えると背筋がぞーっとした。
ダバオの亡霊は、いまだについてまわっている。

                           ( つづく )

*読むのも大変でしょうが、まだ、まだ続きます。ヨロピク!





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