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いくぞ新作⁈(6)

アナログ作家の創作・読書ノート  おおくぼ系

*長編連載小説の6回目です。〈 ミンダナオの情念・ダバオからの風 〉といったところでしょうか。ハードボイルド・サスペンを意識しております。引かないで読んでくだっせ~

            〈あらすじ〉
中城紫織(なかじょう・しおり)は、一級建築士で中城設計工房を主催している。ある日、事務所に中年の制服警官が訪ねてきた。〈ダバオに行った長男タツヤが過激派に拉致された〉とのこと。シオリは暗雲につつまれて、ダバオの天羽(あまばね)へ連絡を取る。
アイ・コーポレション、フィリピン・ダバオ支店長の天羽隆一(あまばね・りゅういち)はシオリからの国際電話にでた。拉致について総領事へ問い合わせると、人質事件で情報が混乱しているが、日本人の拉致は聞いてないという。天羽はアンガスとジープを走らせる。彼は、まだ活動家の残り火がくすぶっていた。アポ山裏の小屋にたどり着くが、タツヤは非番でいなかった。伝言を残して引き返す。また、今おこなわれているダバオの市長選も現グスマンと前ドウタテイの戦いで、ねじれていた。
帰り道、天羽は、ダバオにたどり着いた数奇な運命にひたった。ここで、日本人の村長さんでもあった総領事安東博史と出会い意気投合した。そして、安東は天羽の紹介により衆議院議員の政策秘書となった。天羽と安東は共通項がある。それは、彼がジャーナリストとして、〈ダバオの日本人たち〉というノンフィクションで新人賞をとっていたこと。対して私、安東も一昨年、チエコスロバキアでの外交経験を書き綴った〈雪解けのプラハ〉という小説を上梓して、互いに文士仲間であるというものだった。
ダバオの市長選は、ドウタテイの返り咲きとなった。天羽は、以前に仕事で会ったことがあったが、再び犯罪者や麻薬密売人の粛清がおこなわれるのではと危惧する。


 ダバオの歴史は、マギンダナ王国というイスラム国があり、スペインのあとを継いだアメリカと果敢に戦い、今なお南部にはイスラム解放戦線が潜んでおり、しばらく前には、革命税として略奪する、新人民軍もダバオの三分の二を支配していた。軍や取り締まりの警官も腐敗がはなはだしかった。まだ混乱にあるなかで、ドウタテイが再び帰ってくるとどんなことになるのか……想像もつかない。
 一昨日の昼前に、アンガスがタツヤを伴って事務所に現れた。
 家で昼食をとりながら話を聞こうと、三人で自宅へ向かった。ジープで高層ビルがときどき突き出た街中を走ると、ジプニーやバイクがラッパ音を響かせて騒音に巻き込まれるが、しばらくして木々にかこまれた静かな住宅街にはいっていく。天羽宅のある、この辺りは高級住宅街で白い壁にかこまれた邸宅が連なっている。その一画にある鉄格子の門前で、アンガスが車を止めクラクションを二度ほど鳴らす。すると内側から門が左右に開かれ、ジープは青い屋根の平屋に向かっておもむろに入っていく。
 車を駐車場に停め、鮮やかな赤や紫のブーゲンビリアのアーチをぬけて、アプローチの階段をあがりステンドグラスの玄関をすすみ、奥のダイニングルームへと進む。
 ダイニングの木製の扉をあけると、十人ほど掛けられる大きな長方形のテーブルに布クロスがかけられて、中心に赤や黄色の花がアレンジされている。花を取り囲むように、春巻き状の揚げ物、魚のフライ、ステイックサラダにスープ、ライスなどが並べられていた。天羽の妻が用意していてくれたものだった。
 ついたよ、とキッチンに声をかけると、妻のシンシアが顔を出した。お手伝いさんが、水のはいったピッチやグラスを運んできた。
 天羽は、テーブルの正面にすわると、体面に腰かけたタツヤとアンガスに向かって、さあ、自由に食べてくれとうながした。シンシアは、遠慮して何かあったら呼んでと、キッチンに引っ込んだ。三人で内輪の食事は緊張がゆるむのか、ミネラル・ウオーターの入ったグラスが出てくると、そのまえに一杯ひっかけたくなってきた。軽いアル中になっているかもしれないなと自嘲した。後ろのマホガニーでできた洋酒だなを開き、ブランディーを取り出すと、「どうだね、軽くやらないかね」と、声をかけた。
 アンガスは、では一杯いただきますか、と言い、タツヤは首をふった。二つのブランディーグラスに、琥珀の液を三分の一ほどつぐと、アンガスにわたして、グラスを合わせた。
「ところで、少しは、なれたかな? 何か変わったことや、困ったことはないかい」
 タツヤに声をかけた。 
「まだ言葉がわからないけど、かたことの英語でなんとか通じてる。みな親切だし、ハポン(日本人)は金持ちだっていわれて大事にされてるよ」
 タツヤを改めて見ると、顔も黒くなり筋肉質の長身は、バネのような弾力を感じさせる。魚フライやサラダなどを交互に口に運び、無心で押し込んでいる。ひとしきり食べて、水を飲むと、顔をあげて天羽を見つめた。
「オジサン、お金を貸してくれない。買いたいものがあるんだ」
「おや、そうかい。買いたいものは何だ、それにいくらほど貸してほしい」
「それは、・・・・・・拳銃を買いたいんだ。やはり、ここでは自分の身は自分で守らなければと思う」
「確かに、そういう気持ちはわからないでもないが、やはり銃は狂気だ。持つと撃ちたくなるもんだ。それに日本人は外国人なので、ショップで気楽には買えないぞ」
 揚げ物をつまみに、ブランディーを飲み干した。喉の中に琥珀の液体がしみわたっていく。かすかな酔いを感じだして、頭がすっきりした感がしてきた。
タツヤのとなりにいるアンガスの方に顔を向けた。アンガスがちょっと反応して、こちらを見つめた。
「アンガス、護身用の銃を持ってるか?」
イエッサー、彼は低い声を出すと、シャツの左下に隠してあるホルダーからおもむろに、ジュラルミン色のオートマチックをとりだした。
「銃については、取り扱いが大事だ。そのベレッタ・ミニタリーのメカを教えてやってくれ」
 ラジャーと短く叫んで、銀色にひかる拳銃を横のタツヤに示した。
「まずは、弾が装てんされているのに注意する。ボタンを押して弾倉を抜くんだ。次に安全装置を解除して、フレームをスライドさせる」
 フレームを引いて後退させると、ロックがかかり薬室がのぞける。ここに残弾が残ってないかを確認するのだ、と述べる。
「あとは、反対側のボタンを押しながらこのタブを九十度下にさげると、フレームを前に抜けるのだ」
 分解されたベレッタは、おのれの構造をシンプルにさらけ出してみせた。
「ただ、弾倉が抜いてないと、フレームの引き抜きはできないようになっている。とにかく残弾での暴発事故がおこりやすいので、実弾の管理が最優先される」
「タツヤ、アンガスは、もとモロ民族解放戦線にいた実戦の経験のある勇士だ。いまこそ戦線をはなれてこの仕事についているが、また、いつ帰っていくかもしれないがな」
 フフッ、とアンガスが含み笑いをした。私は、しばらく考えて口を開いた。
「拳銃を使っても五メートルも離れれば、なかなか命中しないぞ。それに標的が動いていればなおさらだ。やはり、銃をもつには訓練がいる。安全に気をつけなければいつ暴発するかもしれない。そこで考えたのだが、先ずは、銃の取り扱いを正式に学ぶべきだ。手に入れたり所持するのはそれからだろう」
 タツヤが、食べる手を休めて、ン、とばかりこちらを見る。
「月に一、二回、アンガスについて行き、軍隊の射撃場で実射訓練を約一年ほど受けるというのはどうだろうか」
「えっ、そんなことが出来るんですか?」
「それは問題ないが、体力も鍛えねばミニタリーモデルを使いこなすのは、大変だろうし、仮に護身用の銃を持つとすれば、コピー商品ではなくて、純正品のワルサーPPKで、軽めの方が使いやすいかもしれない。そんなことも次第にわかってくるだろう」
 タツヤが、ウンウンと二回ほど頷いた。
「それに、今度ドウタティが市長に帰ってくると、また、ダバオ・デス・スクワットも復活して力をもつだろう。彼らは、自警団と称して犯罪者や麻薬密売人の合法殺人をはじめるだろうから、巻き込まれたら大変なことになる」
「本当に、日本では考えられないですね」
「ふつうに生活している分には問題ないだろうが、まえに、ウチにも、新人民軍が革命税を徴収に来たからな」
「オジサンは、その時、どうしたんですか?」
「財布に入ってた札をすべて出して、金はこれだけしかないと言って、なんとか穏便に引き取ってもらったよ。持ってたのは二万ペソほどで、約五万円ちょっとぐらいだった。これでもふたつき分の給料ぐらいはあった。やつらの目的は金だから」
 タツヤは、ステイックのニンジンなどにチーズをつけながらポリポリとやり、興味深げに聞いている。
「ところでヤシ炭は、もう少し頑張ってみてくれないか。大手の繊維メーカーが中国に活性炭の大工場を建てる計画だ、そうなると弱小生産者としては太刀打ちできない。事業を継続するかどうか、次の事業も考えているところだ」
 アンガスは、何も言わずにブランディーをちびちびとなめ、魚フライをかじっている。
「タツヤ、私の思いは、ダバオで生きる力というか、生きぬく力をつけてほしいのだ、ここは、正義、善に悪、貧困に民族問題、いろんなものがいりくんだ最高の場所だ。この環境でのいろんな人との出会いが、おまえに影響を与えてくれる。人とのつながりも、運に尽きると思う。生き抜くためには運が絶対的に必要だ。これは、分かりにくいかもしれないが、いつかわかるときが、来るかもしれないし、こないかもしれない……」
 しかし、どこまでやれるのだろうか? 理想は見えても現実は厳しすぎた。天羽は、自身に聴かせているかのように、ひとりごとをつぶやき、もう少し酔っていたいと思った。
 前に新聞で読んだ、ドウタテイのニュースが浮かんでくる。
・・・・・・かれは、前の市長時代に麻薬密売組織撲滅を全面に掲げて、少年などにも麻薬中毒が蔓延していたダバオ、このようにしたの密売組織との戦闘を始めた。〈ドウタテイは、警察とともに自ら密売組織工場の捜索・逮捕におもむき、抵抗する密売組織と激しい銃撃戦となったが、自身も銃を発砲して戦った〉と報道され、市民からの喝采をうけたのだった。この麻薬取締の方針で、千人単位の犯罪者が、超法規的に殺害されたのだった。

*     *    *

外務省に入ったときに上司から「議員の先生方はインテリヤクザだからな」と聞かされたが、政治家のみならず省内でも〈知の闘争〉に勝たないと生き残っていけなかった。起案における細かいチエックからはじまって、毎回、他省庁と省益をかけた政策論争など、いわゆるケンカが始まり、負けまいと激昂し感情が暴発して、そして結末にむかって急速に閉じていく。
「また、インドネシアの円借款で経産省と触発し、あわやとなりました」
「気にするな、仕事のケンカだろう、奴らバラまけばいいと思っているからな。相手国と日本との親密度をはかってバランスを考慮せねば外交は成り立たない。インドネシアは以前から中国さん寄りだ」
上司は平然として、負けるなと言った。
「ただ、行政と政治は似て非なるものだから、政治問題がからんできたら議員の先生方には十分すぎるほどの注意をはらえ。あそこは、戦後賠償問題から現代まで複雑に先生方がからんでいる」
 なるほどと思った。各省庁とのケンカは論理の撃ち合いであり、一定のルールの下に行われているので、最終的には不本意ながらもお互いの大臣折衝でなんとか収まるのだが、政治のからんだ事案は省庁のリングを超えて場外乱闘にもちこまれる。外野席であるはずのマスコミや観客をも巻き込んで、ガセネタでもなんでもありの総力戦となり死闘となる。時には味方と信じていたものからも、後ろから突然、弾が飛んでくる。現実政治の奈落に落ち込んで、今まで何人の同僚が消えていっただろう。
 ガラス窓から官邸のポールに国旗が翻っているのが見える。白地にシンプルな赤丸、これが在外公館で仕事をするときの誇りであった。心に日の丸の鉢巻きを締めて国のために戦う外交戦士。外国において、赤丸のシンボルはいくどとなく自身のアイデンティティを奮い立たせる支えになった。一身をかけても恋人を護る、そのような想いだった。だが、国内に居を構えしばらくすると日の丸があせてしまっていた。祝祭日に国旗をかかげる風潮も完全に消滅しているのだ……今まで何を護ってきたのだろう。
今の位置がファイナルステージに思えるのだが、良いニュースも飛びこんできた。
江夏和史の執筆にかんする仕事は、出版エージェントを窓口にしているのだが、フィリピンを舞台にした次作の出版が決まりそうだったし、小説〈雪解けのプラハ〉を原作として宝塚で舞台化したいとのオファーがあった。さらに、講演の依頼も舞いこんできた。

          (つづく)

*まだまだ続きます。なにとぞ応援ヨロピク! 




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