第十一章(中)


コン、コン、コン、

「はい、」
 一秒もせずに、ドアは開けられた。

「あれ?なんで李尋玲が、サービス係が?さっきの二人を呼び寄せてくれればよかったのに、どうやら料理の運びの担当に忙しそうに見えるけど、まさかブースまでも誰もいないほど忙しいなんて、やっぱ誰かを、」

「いいえ、いいえ、結構だ。あの、瑜覃文は、」李尋玲が慌てて文成羽のアドバイスを拒絶した。

「服についた匂いを払いに行った、タバコの、」

「分かった、」
 二人越しに必死と誰かの姿を探そうとした、二人の後ろを眺めている李尋玲が失望の色をしていて、ブースのもう一つのシングルソファーに向かっていく。

「じゃ、一応周英超と自己紹介を遣ってくる。」

「えっ、私のことを気にしないで、」

「井上先生、はじめまして、文成羽(ウェンツェンユ)ともうします。ブンは文化、セイは成功、ユは羽根です。よろしくお願いします。」

はじめは文成羽だ。

「井上先生、はじめまして、周英超(ゾインチャオ)です。シュウは周り、インは英気、チャオは超えるです。よろしくお願いします。」

二人は続いて日本語で自己紹介をすらすら終わらせた。

「お二人ども、わざわざ雨の日に、どうもありがとうございます。井上麻美(イウエマミ)です。貴校のご連絡員担当の何越沢(ヘゆぇぜ)先生にさそわれて貴校にきたのです。」
「あの、ちょっときいてもいいですか、お名前のこと、」井上が自己紹介をしてから周英超を向いて、困った顔をする。

「ヘ?私のことですか、」
 突如に問われて、周英超が眉をしかめてしまう。

「すみませんが、エイチって、英国のエイですか、念の為によくきくほうがいいっておもいますけど、」

「はい、英国のエイですけど、先生はどうおもいますか」

「どうおもってって、えっと、」

「あの、すみませんが、井上先生、ちょっと口を挟ませていただけてもいいですか、」文成羽がなんの兆しもなく二人の会話を邪魔した。

「もちろん、文さん、どうぞ、」

「周英超がききたいのはたぶん英知という単語について、先生がどう思いますかかということなかもしれないです。」

「そうですか、そういわれたら私の記憶限りでは英知ってふつう日常的な会話にでていないわ、もちろん人によって話し方もちがいますし、十人十色ですから。」

「へ?先生もそうかんえていますか、十人十色って、」
 周英超が井上の評判に驚いたほどに声までも漏らした。

「熊本先生も同じ考えですから、」
 周英超が驚いたはずの理由を挙げるようにそっちが口を切る前にすでに話してきた。

「そうですか、熊本先生というと、熊本丈也(クマモトタケユキ)さんでしょう。」

「はい、そうです。熊本さんも‘十人十色っていったから、’今でもはっきりおぼえています。」

周英超と井上との会話に第三者の文成羽が入ってきただけなのに、話題の中心点はいつの間にか熊本丈也という非常勤身分の事に移り始まってきた。それらに関心を持っているようで、ずっと目を張っている李尋玲二人の時と変わってずっと黙り込んでいる。

「そうなのですか、熊本先生もそういいましたか」
 井上はまた文成羽の言葉を何度も復唱したあとに、噤むようになる。

「英知っていう言葉がふつう日常的な会話にでていないっていわれていたっけですけど、今回、ちょうど先生の考えをきかせていただけませんか」

「えっと、私、しっている限りでは、周りの友達とか同士とか、あんまりつかわれていないようですね。たしかに。まあ、いくつの単語はあまり会話にでていないとしても、話題や環境にかかっているということですね。たとえば、紡績業にかかわれば、服やズボンなどの日常用品はもちろん、もっとふみこんでいくとともに、科学染料、綿、工業廃水の処理方法、いろいろ、それはそれはいろんな分野がふれられるようになるからです。あの、お二人大丈夫ですか、ちょっとおしゃべりすぎましたかもしれないですけど、ついていけますか。」

文成羽の疑問に対して、その答えがかねてから準備できておいていたかのように、まさに暗記した内容を原文のままに二人に復唱していた彼女の早口に話の半分もなく渋面をするようになった周英超の苦しさも十分にも現れてきたほどの言葉遣いの渋さは、

「あの、先生は言葉の意味が、えっと、まあまあですけど、むしろ文成羽が会話に入ってから、もう、私には会話にならないよ。」

「先生の言葉が大体、わかっています。物事各自の、関連性がー多岐にわたっているということなのでしょうか。」

周英超の答えにならなかった答えの一方では、文成羽が辿々しいながら、似たりあったりした答えを出した。

「ええ、だいたいそうい意味です。よろしければ中国語で周英超にせつめいしてもらってもいいですか、」

「はい、がんばってみます。」

「あーなるほど、なるほど、そういう事なのか。まあ、確かに怪しいなあって考えていたけど、あの時、そのため瑜覃文に説教されたっけ、あー、くそ、井上がそう言ったとしてもやっぱ納得いかない、どうしても、やっぱ、井上に聞いてもらっていいの、どうしてもそのことに諦めがつけないよ、」

「って、いいの、そんなことを晒したら、馬鹿にされる恐れがあるよ、」

「冗談だろう、どうにかしてくれないの、どうしても経験のあるみたいな人に聞きたい、でないと無意味じゃないの、」

「お前、その勢いって本気つもりなの、」

「当然だよ。」

 二人が中国語で話し合っているところを、李尋玲が割り込んできた。

「なにを話しているの、お二人、特に周英超、傍若無人な振る舞い、言ってるうちにこっちも聞こえるようになるよ、」

「あっ、初級日本語の始めの日ってことだった。まだ覚えているの、周英超の自己紹介ってこと、」
 文成羽が情況を説明する。

「って、そのことなら、まさかあのことは?阿呆なの、もしかしてさっきまでずっとこの話を遣っていたの、どんなに退屈がしても限度があるでしょう、お二人、」

「いいえ、いいえ、遣っていなかったよ、李尋玲が聞いていなかったの、さっきのこと、」

「聞いているうちに、まあ、気がづいた時もう終わってしまった。井上先生と話していた間は本当に手柔らかにやってくれたわ。もしかして、すべて聞き取れたの、文成羽、」

「熊本さんがあまり変わっていないことを言った覚えがあるにすぎない。似たりよったりした気がした。」

「授業なの、」

「いいえ、つまらない茶話だった。学校まで遣っていなかったことだから、知らなかくてもおかしくないよ。」

「じゃ、私がやるよ、やっぱ一応李尋玲に尋ねておくほうがいいって思って、本当によかった。いざおかしいイメージを与えたら最後だ。そして、シューさん」
 文成羽がわざと‘周’の発音を長く引き延ばした。

「何よ、ふりをしないんだよ、」

「いざ何があったら知らないよ、またグーグルでまでも私のことをちゃんと説明してほしい、まあ、だめでももともとって思っていたから。とにかくお願いします!」

「文成羽が本当にやってくれてあげるつもりなの、」

 周英超は目を大きく張っていて、二人の争い事に全然興味を持たないように見えて、ただソファーのすぐそばに付けてあるラックから手に入れた雑誌を読んでいる井上麻美をちらっと見ている。

「まあ、」むすっとした顔になった文成羽李尋玲を見たり、周英超を見たりして、項垂れる。

「好きにして、これからは私も知らないわ、」

 李尋玲が言ってから、振り返らずにシングルソファーに戻ってくる。

 李尋玲がたださっきの内容を気軽に探って、‘熊本さん’という言葉を聞くと不快な色が顔に浮かんで、瞬いて消えた。

 文成羽が苦笑ったりして、井上を向いた。

「あの、井上先生、失礼ながら、ちょっとききたいことがありますが、えっと、それは周さん、周英超さんが何年もかかえている惑いですし、もし先生の気にさわったら何卒ご理解をいただけば幸いですが、周さんは日本語がいまいちですし、通訳のことは私にはやらせていただきます。」

「なんだか堅苦しい話になりそうだけど、いいよ、こたえられることならできる限りです、」

 述べていた内容に相応しくもない愁いも少しも、姿勢も少しも、井上が依然として落ち付いている。

「それは初めての授業のことでした。自己紹介の時にでてしまったことでした。えっと、応用日本語科の先生が私たちに自己紹介をさせて、それに‘もし日本語ができたら、日本語でしてもいいです’っていった。二十五人のクラスの中にただ四人が日本語で自己紹介をしました。周英超もはいっていました。って、周英超は全クラスでは最後ではなかったですが、ちょうど四人の最後の番でした。さっきとの同じ自己紹介をしました、そして先生にもきかれました。‘英知’の‘エイ’ってどのエイですかってそれに日本語のままで、‘先生なのに、エイチという単語を知っていないの’って先生につっかかった。入学する前には独学したことがあるらしい、そのおかげで周英超のいったことがわかりました。もちろんそのときの私には英知という単語の意味もわかっていませんでした。聞くのさえもなかったです。いろいろはなしてすみませんでしたが、いくつの単語がわから、いや、わすれていたという言い方のほうが適切だと思います。それをもとにするだけでは、その先生は日本語がだめって結論つけたらちょっと無理ではないでしょうか」

 文成羽が言い終わった同時に、周英超が井上麻美に視線を留める。

「そうか、それは、それは評判し難いことだっておもっ、」

ドン、ドン、ドン

 李尋玲が立つか早いか、ドアは開けられた。来た者は文旦の匂いが染みている瑜覃文こそだ。

「遅れてしまいました、すみません。」
「井上先生、おくれてしまいました、大変申し訳ございません。服はちょっと変な匂いがついて、フロントにスプレーをかりようとおもってあいにくきれてしまってちょっと時間かかりました。」

 周英超を除いて三人がじろじろ瑜覃文を見つめる。

「えっと、やっぱ使いすぎたの、なんだか、」
 作り笑いをした瑜覃文がブースの異様が感じられたらしい。

「いいところに来たね、」
 周英超が微笑んで、手を振ったりして、大声で叫んだりする。

「はじめまして、瑜覃文(ユチンウェン)ともうします。ユは三国志呉国の周瑜の‘ユ’、チンは茅覃(コウタケ)という植物名のタケの部分で、ここでは中国語では勤勉のキンと同じ読み方をしていますから、文は文化の文で、つまり文に努めてほしい名付けられてきた家族の願いということです。以上です。」

 瑜覃文の笑顔を見てから、驚嘆をした。
「あの、ユチンウェンって、ユチン、ユチンウェン?あれ?」
 自分の反応にぼんやりした瑜覃文に井上が目を細める。

「失礼ですが、お爺さんのお名前は、」

「爺さん、えっと、瑜誠国(ユツンゴ)です。先生が爺さんのことをご存知ですか」

「ユツンゴって、あの、よろしければ詳しくいってもらっていい?」

「えっと、ツンはまことにの誠、国はくにですが、そう、爺さんが一橋大学社会学の修士っ、」

「ちょっと、あの、大阪大学社会学部でしたっけ、」

「はい!もしかして同窓なのでしょう」

 うきうきして話している瑜覃文に井上が直に返事をしないで、何かを考えて視線が揺れている。

「お爺さんがこっちの人ではないでしょうか」

「こっち?あっ、あの、お爺さんは吉林の出身ですけど、いろいろあって、台湾へいった。詳しいことはあまりしっていないですし、先生がしっていますか、お爺さんのこと、」

「えっと、前は大阪大学でいろいろお世話になっていました。無口な人でしたけど、よくおぼえています。同世代にくらべればけっこうわらっていましたっけ。あの、お爺さんは体がどうですか」

「体なら、まあまあですって、父のほうの一方的な決まりのせりふです。今、大連の知らない大学で日本語非常勤としてやっているそうです。実は私も何年もあっていないですし、」

「そうですか、」
 井上が瑜覃文の怪しく聞こえるような言葉遣いになにもいわないが、目をひたすらにぱちぱち瞬かせる。


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