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四季ハズレ

第一章

「最初の冬のユースオリンピックはオーストリアのインスブルックで開催されます。フィギュアスケーティングやゴールキーパーなど、競技種目の数が六十種目以上にものぼっています。今回我が国の各青年代表の活躍を期待し、ご健闘を祈ります」

 バスの車内の小型テレビのディスプレイの映像が変わっていて、流れている内容は外国から国内までいろいろと、今は体育に関連する記事の報道に止まっている。

 車客はほぼインターンシップに参加した学生で、彼らには千里万里遥かに隔たっている異国のユースオリンピックについてのことなら無実感すぎると思われても一般だ。だんだん番組を無視して何かの話題にわくわくして、ひそひそと話の声が車輪に轢かれた水音が鳴るように途切れ途切れで、車内も一層騒いでいく。

 朝っぱらから、天気がずっと崩れている。


 蘇州からシャンハイまでの中間に位置してとある都会へ、学校のほうに貸し切られたバスが高速道路を走っている。

 糠雨のため、車内から見たら、景色が普段より一層ぼんやり見える。

 今時もし高いところから見下したら、旅客を載せた長くて、ダークブルーのづいた港のコンテナーとあまり違いのところがなさそうなものがバスだというイメージが恐らく多少常識に外れたとされるかもしれない。


 車内には、学生は五人の男で、十人の女で、つまり十五人だ。卒業を控えて、最後の一年はインターンシップで、それを経験しなければ卒業できないことになっているそういう鉄則は16年間にも渡った教育を受けている学生たちにもよく知られている。彼らは学校のほうと連携している企業に入ることにした学生こそだ。一方で、自分でインターンシップのとこを決める学生にはいろいろな制限があるので、インターンシップの条件を満たすところに入るのはなかなか容易でないことだ。インターンシップの場所がどうしても見つからなかった学生には、やむを得ず学校側の決まりに従うことは仕方もない選択というより、賢いと考えられても悪くもないのも多くの学生に賛成されているらしい。


 車内に流れている話題が乱れているが、若い世代ならではのことばかりだ。

「蘇州って行ったことないの、まじ、学校から遠くないのに」

「うん、まあ、どうせインターンシップだし、いい加減にしてゆっくりやればいいんじゃないの、きついことがやりたくないなあ、」


「これ、見て、見て、ほら、前、言ったゲームなんだよ。英雄連盟(リーグオブレジェンド )。え?知らないの、今大人気になっているゲームだぜ」

「どう見ても、いや、なんか私には不向きなタイプみたい。やっぱだめなんだよ、それより今度はパソコンを持ってこないから。それはなによりきついなあ、」

「え、どうして、」

「まあ、親と喧嘩して、父と殴りあったまでだ。面倒くさかった、」


 それだけの人数が半分弱の席も埋まらなくて、ががらがらと見えたのに、人声がその空間に相応しくなく騒々しく聞こえる。


 雨足がますます激しくなっていて、車外の地面は既にじめじめ濡れている。エンジンやタイヤなどの音が話の声に混じって、もっとうるさく聞こえるようになった。


「みんな、静かにして、」

 学校のカウンセラーの鶴の一声で、車内の雑音も早く自然におさまってきた。


 一番先の乗客席には、学生たちとの装いに外れて、白いシャツに黒い背広と黒いズボンに、靴も言うまでもなく、ビジネスマンらしい出で立ちをした男の人、連携企業の責任者がずっと黙っていて、学生の資料を読んでいる。

 狭い通路に分けられた例の男の向こう側に座っている女の人は、襟元が擦れてしろくなって、緋色のオーバーを着装した学校ほうのカウンセラーだ。企業の責任者とは変わって、カウンセラーは自分を囲まっている女子学生と世間話を話している。


 バスが高速道路を離れた頃には、ちょうど黒雲もようやく晴れた。重なって積んだ重い雲の穴から差した一筋の光がシャワーに噴射されたお湯の雫のように飛び散って、都会の一部を照らした。


 ようやく、バスが一方通行の∪形の広い駐車場に止まってしまう。すると、格好がそれぞれだが、例外もなく厚い服を着いた人が続いて降りてから、バスの中腹に設けてある荷物収納のところへ各自のものを見つけに行った。その所は一度でただ二人だけ並べるくらいの広さなので、時間を潰すにはほかの人は空に惚けたりして、携帯の小説に夢中したりして、ポテトチップスを食べたりすることにするしかない。



「まさか日が出てきたなんて、」

「さっき風も強いし、雨も激しいし、バスのことが心配で、ずっと張り切ってどうしても眠れなかった。今、あっちこっち痛くてしょうがないよ、クソ!」

「何か読めばいいじゃん」

「いや、俺にはそんなのを読むより死ねばいい。っていうか、日本語能力試験レベル1に合格しているのに、どうしてまだ読んでいるの。そういえば、俺レベル2が合格できるように本当に骨折れるくらいの苦しみを食わされてしまった。ぎりぎりしたけど、幸いもう一度散歩する必要もうないんだ。あっ、痛い、痛い。穎毅然(インイレン) 、体、痛くないの」

「まあまあ、慣れているかもしれないけど、降りてからすぐに体を動かせば楽になれるぞ。打てば効くぞ、試してみようかな、袁章(ユァンザン)」

「俺には通用しねよ。あっ、まいた、荷物早く行かなきゃ、そんな狭いとこでぐずぐずして、後はまた降ればどうすればいいのよ」


 袁章の言葉を聞いて、穎毅然もぐるりと速歩でそのところに近づいていく。


「危ない、危ない。幸い、前でまだ二人が並んでいる.もし間に合わなかったら、アドバイザーに叱られたのはいいけど、荷物を持っていかれたら大変だ」


「こんなところで叱られたら、これからはどうすればいいの、バカなこと言うな」


「それもそうだね」
 後についた袁章が嘆いて、前の女子学生の代わりに、重そうな箱を引き出した。

「オット、ピンクの色だけど、大きさも普通そうに見えるけど、ずいぶん重いね」


「袁章、ありがとう」

 女の学生が笑いながら、礼を言った。


「いいえ、いいえ、大したことじゃないんだ。っていうか、箱ってよく入っているね。こんなに入れても、本当に大丈夫なの」


「安心しなさい、丈夫なんだって」


「じゃ、また何かあるの。なければ、自分のものを引き出すから」


「ありがとう、もういいよ」


 女の人が再び袁章に軽く礼をして、そして隣の女の人と喋りながら人の塊に向かっていく。



「はい、これはお前の」
 袁章がまず穎毅然のものを取り出した。


「自分でやればいいけど」


「ついでに引いてしまったよ。さあさあ、おとなしく受ければいいんじゃないの」

 穎毅然がいやいやながら箱を受け取った。


「おい、袁章。さっきずっとその人の姿を垣間見ているだろう。その子が好きなの、」


「まさか、ただつい彼女のことを思い出してしまった」


「じゃ、当ててみようか、スタイル、顔、目つき、それとも夕日の後ろ姿とか」


「箱の重さだったよ」


「へっ?どういう意味なの、」

「女の人には、いつも箱がぎゅぎゅっとしないとやめるわけがないだろう」

「なんか筋が通る。うちのふくろも同じなんだから。彼女ならまだ北京に住んでいだっけ」


「そうだよ」


「ずいぶん遠いね。ここはもう蘇州の辺りなんだぞ」


「仕方ないことだ。いつか別れるかもしれないけど、」


「連絡を保つ限り、それこそ一番だよ。そんなバカのこと、お前らしくない!」

「それくらいのことでも僕から教えてあげたことだろう、いい加減にしよう」

「はい、はい。恋の師匠様」


 後ろに振り向かいて、穎毅然は少々距離を置いた皺を寄せた顔をした袁章に大声で、

「早く行かないと遅れるよ。袁章!」


「おい、ちょっと待ってよ、」 


 話を言い終えたが早いか、穎毅然が走り出した。乱れた足音が混じった箱の輪がころころと速く回って、地面に当たっていてうるさい音に、遠ざかっていくのに呆れた袁章も箱を引きずってついていった。



 ちょうど今、遠くないところで、雨上がりの水たまりには男四人の姿が映えている。金色の日差しの反射光で輝いている。

「だから、支えなくてもいいって、瑜覃文(ユチンウエン)、手、触れるな。私は女が好きだ、」
 
「黙って、瑜覃文が手を離したらきっと倒れるよ。あっ、酒に弱いのに無闇に飲んでしまって。面倒くさいやつだな」

「鐘(ゾン)さんの言う通りだった。すまない、すまない、ご馳走になってもらって、逆に面倒をかけてしまった」

「文成羽(ウンツンユ)、身体って大丈夫?」

「ありがとう、私のことなら心配しなくてもいい。そう言えば、お酒は本当に強いね。控えておかないと周英超(ゾインチャオ)のように狂っただろう。でも、いくらとっておきのワインだとしても、強すぎじゃないの。いい酒だ。ところが、頭ががんがんして、今日の授業も恐らくできかねて、ごめん、ごめん」

「本を持ってこないでって言っといただろう。こんな日なら、授業をしてもらうものか。俺の言葉を聞いたらよかったのに。って、文成羽、周英超のことも瑜覃文をしっかり支えてくれて、タクシーを呼んできて、お願い!」

「ごめん、本を預けてもらってもいいの。手が空けてないから」

「俺のカバンに入ればokだぜ。って、一応俺の代わりにそいつを支えてくれて、ちょっとカバンを下ろす」

「これ、本」

「へっ、まだそんな本を読んでいるの。ぜんぜん役にたたないんじゃないの。へっ、その緑の本はどういう、」

「黙れ、黙れ、早く済ませて」

「わかった、わかった」
 


 視界から消えていった鐘明景の姿に注目していた視線を、ほかの三人に移してきた穎毅然はまるっきり前で訓話をしているカウンセラーの姿も声も心掛けていない。


 四人は狼狽えそうに揺れて、一列で歩いているが、顔からしてさっきカウンセラーに訓話された学生との年齢の差があまり見られない。


 間もなく、タクシーがその三人の近くに止まった。鐘明景が車を降りて、まず泥酔した人を送り込んでから、二人に何か話したようだ。すると、彼は車が遠くなっていくのを見送った。


 

「穎毅然、あっちをずっとじろじろ見て、何かいいことを見たの、みんなに教えたらどう、」


「すみません、ちょっと気が散ってしまった」


「さっき言ったことはもう二度と言わないよ」


「わかったよ、先生、知らないことがあったら袁章に聞けばいい。みんなに迷惑をかけないから」


「そう言ったら知らないわ。では皆さん、私とホテルの担当さんにちゃんとついて、あっちこっちを見ないで、迷子になったら大変だよ」


「はい」


 カウンセラーが穎毅然を睨みつけて、首も捻じらずに側の係と話しながら歩きだした。
 


「さっきから何をじろじろ見ていたの。アドバイザーに変な目つきで見つけられたとき肘で何度も突いたのに、ぜんぜん構ってこなかったけど」袁章が文句を言う。


「本だよ」


「ちょっとね、」


「なに、」


 一番右に立った穎毅然がわざと後ろに近付いてきた人を避けて、箱を取り上げながら列を出て、列のしっぽに続いた。それを見た袁章も黙り込んで見習って後ろについた。
 


「って、なんの本、もしかしてエッチなの、」

 簡潔な答えにまだまだ不満足で好奇心で意気のあがった袁章は小さい声で興味深そうに聞く。


「そんなの、あるわけねよ」


「じゃ、なんの、」


「何冊あるみたいけど、二つしかはっきり見えなかった。たぶん《新标准日语》《高考文言文必背常识》だったろう」


「へっ、嘘だろう。見間違えただろう。いくら冗談をしても程度があるんだろう。じゃ、彼らも日本語科の学生なの」


「さあ、知らない。何年使っていたものだから覚えがある。見間違えたわけがない。二つ本のデザインはとても似ていて、特にタイトルの周りに金色の縁取りがあるんだ。それは新標準日本語でなくてなんであろう」


「そう言ったら、反論できない。っていうか、大学進学のテスト、国語何点取ったっけ、」


「ちょうど90点だった。」


「へっ、ちょうどぎりぎり合格したんじゃないの。何ヶ月もかかって、文語文に浸かってその場に落魄れたの、残念」


「前、付け焼き刃で、それに国語の先生に買わされたものだから、言ったはずがあるだろう、その件、」


「まあ、まあ、しかしそんなもの同時に持っていた人ったら、ヘン」


「まあ、どうだろう」


「文語文、今どれぐらい覚えているの」


「ほとんど忘れちゃった。見ると頭痛いもんだから」


「ハハハ、お互い様、お互い様」


 間もなく、並んでいる旅館の路地を過ぎると、周りの景色が急に変わってきた。市井の雰囲気に包まれた四本の大通りに繋がった、何十台ものトラックが泊まっても平気な広さを備えた広場を行き交っている雑踏の足音に、バーゲンセールを行われていた店の店員が精一杯と店の前を通り過ぎている人への熱意に、屋台を出した若者が客と手作りの小細工のオーナメントの値引きの喧しい声に。月のない雲も見られない空の闇を照らしたのは街灯の黄昏の色だけではなく、目だけで測りにくいほどの高層ビルにかけてある巨大なディスプレイから放っている光でも。天辺を飛んでいる夜間の飛行機に警告を発する用に立った設えてある色とりどりのトモリの曖昧の阿に、確かにこの辺りに初めて訪れてきた者であれば目の前の景色に呆れるのも怪しくない。


 世界文明の歯車を加速させて、人類文明史に関わっていると言っても過言でもない沿海中心の一つとされているシャンハイの経済力の余波に波及されたことによって、ここの人も沿海のあたりの人々と同じように山々に囲まれた人よりたやすくいろんなメッセージがもらえて、たやすく一時の消息に驚いて変わりがちになって、それぞれの人生のターニングポイントに直面して、富になっていくか、窮乏になっていくか、瞬きの考えにかかるにすぎない経済高速発展の時期に。強いて言えば普通の賭博と違ったのはそれが物語性に富んだことだ。世ではなんでもやってもそれなりの代価を払わなければならないが、『賭博』だから、必ず入場料などを上納しないといけないことになっている。それは‘時’こそだ。



 商店街は学生たちの列が過ぎっている大通りの向う側の向こう側にあるので、見えるのは絢爛たる光だけだ。彼らの視線が様々なものに遮断されている。

 列が進んでいるとともに、景色も一層広がる一方だ。

 今は屋台をやっている人のほかに、老人らしい舞い踊りをやっている人も見えてきた。

 広場のようなところに辿り着いた。

 一番中のところにある噴水が高く噴射して、複雑な図形を描くたびに近くの子供たちもその辺りを回って飛び上がっている。地中埋め込みされたトモリの光で、高く昇っている水柱が絢爛たる艶が混ざっていて、光柱となる。まるで夜の虹と変わるような奇観がただ五分もおきにも現れている。


「すごい!あれ、あれ、ワー」


「それもそうだね、みてみて、写真を撮らないと、」


「こっち、こっちに寄って!」


「まあ、早く、早くわ、先生につかないときっと道に迷うわ、」


「わかってる、最後、最後の一枚、ちょっとだけ、」


 女でも男でも時々歩みを止めて、遠く眺めたりして、目の前の景色撮ったりした。そのため、行列は進行の速さが徐々に遅くなった。ずっと穏やかなままに歩いていたカウンセラーとインターンシップの案内を始めとした二人に遅れて、スピードの崩れた人も多くなった。



「おいおい、シャシン、撮らないの、」

 袁章が少しスピードを落として、高く昇っている水柱を狙って、何枚の写真を撮ってから良いかどうかのも確認せずに足を小刻みに踏んで穎毅然のところに寄っていく。

「穎毅然、待って、待って、こんなに速くなくてもいいじゃないの」

 不満な気持ちに満ちた言葉を漏らしたのにふさわしい顔に浮かんだ気まずい笑みだ。

「別にスピードを上げなかったのに、袁章が歩みを止めたんじゃないの」

 穎毅然は並行に歩いている袁章を見ずに無表情で淡々と話しながら、歩いている。

「だからスピードを落としてって言ったんじゃないの、ほら、カウンセラーも同じじゃん」

 袁章に言われた通りに、一番先に歩いている二人もいつの間にかスピードを落として、遅れている学生を待っている。

「あ、惜しいなあ、手ぶれしちゃった。まあ、これっていいね」


「この辺りの風景はどう、実はずっと前から我が社はもともと貴校と連携していたけど、少し事情が出て、四、五年の間でインターンシップという目的として学生を入れられないことになっているから、本当にごめん」


「それはそれは言い過ぎた、ホテルの前の管理者がクラスメートだったから、事情も少し知っている」


 カウンセラーが並んいる案内と話し合っているのを不意に見て、すぐに首を捻じってから、袁章は口を開いた。


「ここは本当に綺麗だぞ、そう思わないの」


「袁章にはこっちみたいな景色ってもう見飽きたはずなんだろう」


「なんでそう思っているの」


「北京とか、もう何度も行ったの」


「へっ、そう思っているの、じゃ、穎さんなら、北京に行ったことがあるの」


「ないけど、」


「まあ、どこでもそれならではの美しさがあるから、あっ、忘れちゃった、旅に不向きやつって、ごめん、言わなかったことにして、」


「偉そうに言うな、お前、」穎毅然が舌打ちをして別のほうにそっぽを向いた。



「いい匂いわ、」
「なんでさっきしなかったの、」
「風のうせいかも、」
「そうなの、かもなあ、」
「ちょっと、なんか生臭くて、気持ち悪っ、」
「あ、それは、タシカっ、」


 歩いては止まっているのを繰り返す行列がようやく向う側についたばかりに、一人の女が振り向かいて、春蘭、パンジー、梨花が盛んに咲いているのを見ると、目を揉みながら、声を上げた。他の人も自然に彼女の視線を追っていく。

「梨花、リカだよ。リカの香りだよ、本当に綺麗に咲いているわ、」
「さっきいい匂いって言ったっけ、」
「どうしたの、」
「実は生臭いのだって思っているのに、まあ、いいわ、いいわ、」
   

「みんな、今はもう遅いから、ちゃんと後ろにつくこと、」

 カウンセラーの一声で多くの学生が正気に返って、急いでスピードを上げていく。



 


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