第10章(前)

カフェへの途中は方向音痴の穎毅然が何度も方向を違えたあげく、カフェに着いたときはカフェの責任者に予想された時間に外れた。
 穎毅然のようにここの服装に相応しくなくて、目が立った何人がすでにもともとカフェの係りの群れにまじこんだ。

「あの、すみません、ちょっと道に迷って遅れた。」穎毅然が何もせずにただ立っているカフェのリーダーっぽく見えた人に話をかけた。

「また一人なの、ちょっと困ったね。あいにくさっき一時の係りに一応任務を配ったし、今も衛生や飲料機のメインテナンスをやっているところだし、人手なら、今はね、そう、お名前は?」

「あの、穎毅然と申す」

「穎毅然か、え?穎毅然だって?!」リーダーっぽく見える男の人がため息をする。

「あの、どうしたの」

「えっと、主管さんが。まあ、穎毅然が一応テーブルのナプキンの整理を助けに行って、もし誰かに呼ばれたら直に断れば良い。私がずっとここに立っているから、ちなみに後ろのほうも行かないで、後は用事があるので、あっちが見えないさ。」

 穎毅然が軽く頷いて、リーダーっぽい男の人に見送られて奥に入った。


 カフェはホテルのうちに設けられたが、開放的なところだ。ドアというものもちろんないのだ。ここはロビーと回りの広い通路に繋がっているが、左上の方角にしている。外に眺めると名も知らない生い茂った植物が確かに広い自動車道フェンスの果てなさそうな荒れ果てた土地を隙間もなく埋めたのに対して、ホテルの中心に繋がっているのは西洋式の広い庭だ。そこもガーデンの一部分で、二つのブランコを除いてあまり人目を惹くものはないせいか、がらんと感じられやすい代わりに、晴れになれば、日差しは確かにちゃんと当たるのも金輪際悪いことではない。カフェからと言って、厨房や一時の倉庫も付いただけでは、お茶やカフェなどの飲み物を堪能しながら休憩しているようなところの役目を果たしているのみならず、飲食では種類豊富のバイキングで人気が出る。

 今の席はほとんど空いているが、窓辺にビジネスのスーツを着装した商人らしい商人はなんの契約がつくために頑張っているが、梃子でも動かない一人が相手に少しもの譲りも与えない態度は対面している人より一層筋張った口で、より渋い顔らしい赤面で商談のイニシアティブを蚕食しつつある。その二人以外は年を取った男の一人が呑気に珈琲を飲みながら、新聞を読んでいる。三人を除いて客はなく、ボックスシートはもっとも言うまでもない。
 一人ひとりが手元の仕事を片付けた時はまだ早いので、暇で時間を持て余して、こっそりと茶話を始めた。

「サボるな、もう終わったの。あーなるほど、臨時工がずいぶん来たね。しかし、このままぼんやりしっぱなしだったらみっともないんじゃない。一応、厨房に入ろう。十一時に入ると忙しくなるのは普通だ。今では言葉だけでは教えられないことが多いけど、みんな難しくないんだから、さあ、厨房に入ろう。食器についての基礎な知識を知らないといけないよ」
「おい!そこ、来て、こっちについて厨房に」
 訓話をしていた男の人が一つの塊の学生を戒めて遠いところでぼんやりしたり、話し合ったりしている学生を呼び寄せてくる。その中に穎毅然も入っている。

「えっと、さっきのことを復唱してあげよう。マナーはもちろん、サービス業に入った以上、お客様に礼儀正しく扱うべきだ。これから言うのは食卓を片付けるのに役が立つ道具の使い方だから、厨房で皆さんにやってみせておくほうがいいと思う。さあさあ、時間もう余裕がない。」

「あの、すみませんが、」

「どうしたの」

「あっちに立っている方があまり遠く行かないでって言い付けられた」

「そうなのか、待って、ちょっと聞いてくる」

「あ、そうか、穎毅然だろう。主管さんがもうすぐくるから、彼のそばに立てばいい」戻ってきた男の人が言い捨てて、学生たちを厨房の奥に連れて行く。

「来たか、主管さんが来ると『王主管』と挨拶すること、しっかり覚えて」

「分かった」

 雑踏の話し声がホテルの階段から少しずつはっきりと聞こえるようになるとともに、黒ずくめのスーツをした、話に花が咲いた二人の男が寄ってきた。

「あっちのほうはどうだ。こっちより賑やかなはずだ」

「はい、おっしゃるとおりだ。上海の方ではずいぶん忙しい」

「そういえば、なぜあっちの代表者で日本に行かないの、研修することはいいことじゃないか。日本に何年していたそうだってこと、ほんとうに?」

「えっと、八年間くらい」

「長い、長いね。ちょっと聞きたいけど、日本語能力試験ってね」

「六月n1の試験を受けたばかりなので、今は成績が来年のニ、三月くらい発表になる。合格できるかどうかはまだ知っていない」

「そうか、n1って、難しいだろう。私が受験したことがないけど、きっと難しいだろう」

「私の立場から言ったら、それほど難しくないけど、でも私達のような外国人にとっては、それがいちばん高いレベルなので、道理で難しい」

「そうか、すごいね、すごい」

「ありがとう、まだまだ、えっと、もう着くだろう、そこに立っているお二人はもしかして」
 
「あっ、そうだ。」

「王主管、おはようございます」「王主管、おはようございます」
 穎毅然も真似して挨拶をした。

「おはよう、ひとまず紹介しよう」

 カフェの主管のすぐそばに立っている人は顔の方だけから見れば穎毅然より七歳の差に置いているようだ。彼は上海のチェーンのホテルから転任されてきた人で、前もカフェのようなところで働いていたらしい。その男の人にの言葉にも主管が春秋に富むという愛でた気持ちは溢れそうだ。優しい目つきでも、愛想のいい口ぶりでも、まるで伯楽が麒麟を見つけたようだ。それに対して穎毅然の方は、「この人は穎毅然だ。」という短くて、簡単に無感情の言葉で終わった。
 袁章に言われたことのように、三人にロビーへ客を出迎えさせるて、穎毅然も二人の後ろについて見習いすればいいように伝えられた。

 ロビーの外はバカ広い駐車場だ。その広さの代わりに、ホテルに入ったり出たりしている自動車及び乗客の身分確認できておくために設けられた料金所に長い遮断棒によってコントロールされる車道の狭さだ。白い料金所と黄色い遮断棒を除いて、外界の景色は高さのちょうどいい定期的に庭師により手入れされている街路樹に隔てられるという風景は東西に連なる陰がかかっている緑の一色があまりにも単調すぎる。
 今の地面は濡れている。今の天空は曇っている。多くの灰色のちぎれた雲が互いに粘っているが、風が吹くといくつ明らかな穴が大きくなったり、小さくなったりして常ならずに変わりつつある。
 猛烈たる風に荒々しくホテルのロビーに押し込まていく雨水が悉く回転門の硝子にぶつかって一つずつの雫となって滑り落ちていく。ロビーの内装は洋式に偏って、色調は明るい橙色だ。厚い壁が隔てているが、雨は雨で、たとえコンクリートの壁が外面の水滴を一つ残らずに弾いても、無形の寒気もすでにロビーにみちている。
 外は灰色、内は橙色、混じ合っている二色が相まって、なお底冷えがするようになる。

 フロントで待機している係では、三人の女、一人の男だ。女の係は例外もなく二十五才くらいの容顔の持ち主だ。彼女たちがフロントの右側に立っている三人を流し目でこっそりと眺めている。

 眉にちょうど触れた長い前髪で、左目の下に豆のような痣が付いた顔で、また女の目で見ても地味なメイクをした容貌の美男子が彼女たちよりももっとスリムな体付きを持っている男の人は確かにカフェの主管と同行していた若い人こそだ。フロントの女たちだけではなく、好奇心であろうか、並んでいるとなりの男の人も睥睨している。

 三人が着いたばかりに、まもなく遠くからのクラクションが強くなるにともなって、自動車が溜まり水を轢いた音も大きく聞こえるようになる。少しずつ、エンジンの音も一段とするようになる。
 銀色のタクシーがホテルの門前に止まった。それを見ると、早々外で待っていた二人のドアボーイが進み出る。
 穎毅然などの三人がフロントの右側で待っているし、フロントはホテルの右に内側にあることに加えて、来客が自動門を通らないと互いに見られないのも当然だが、実はタクシーが遮断棒の前に止まっていた間に、カフェの主管に愛でられたような男の人が一度電話を取ったが、向こうもどうやら今こその乗客らしかった。

「あの、カフェを予約しておいた」

「わかった。こちらヘ、どうぞ」

 先頭に歩いているのは眼鏡を掛けた、マッシュルームカットをした、シャギーの付いた青色と白色と織り交ぜた市松模様をしている厚そうなシャツを着ったちょっと太そうに見えた学生らしい気質の男の人だ。彼が「おい、取れ」無造作にぎっしりしたバックをドアボーイに放り出した。
 後ろに付いている二人はみなは女で、一人は眼鏡をした男の人の年齢は大体同じように見えるが、もう一人はそうとう年をとったかわりに、皮膚は若い女の人にも負けない白皙だが、年をとったのはとったので痩せた体は小手の皮がぐにゃぐにゃして弾性を失って内の骨がいつまでも皮を刺し通すようだ。彼女は実に痩せるほど日常飲食から摂取不足なように思わせることに、血行がかえって結構良さそうだ。


「井上(いのうえ)先生、つきました。このホテルはいかがですか。」

「ほんとうにりっぱです。こんなこうきゅうなホテルにとまれるとは、きょうしゅくです。劉明早(りゅうめいそう)さんにお礼をいわないと」

「井上先生、すみませんが、ちょっときいてもよろしいでしょうか」

「きがねはいりませんわ、しってるかぎり」

「井上先生はうちの副学長と、お二人はなんかながねんのちじんのようですね。ともだちでしょう」

「あら、李さんがそうおもっていますか。それは何十年のむかしばなしでしたか。たしかだいがくじだいのことでした。クラスメートでした。」

「なるほどーうちの担当によって、井上先生が北海道大学のしゅっしんなのでしょうか」

「はい。李さんが北海道にいったことがありますか」

「はい、とてもとてもきれいなところです。ゆきにおおわれた銀色のせかいはほんとうにうつくしかったですよ。蘇州のことはいかがですか。そういえば、井上先生が蘇州にきたことがないですか」

「えっと、じつはむかし北京でね、北京のいくつの大学に非常勤としてかよっていました。上海へもなんどもたびにだしたが、そこにいくたびにあたらしいことをはっけんできていました。ほんとうにふしぎです。こわい、こわい」

「井上先生がそうおもっていますか。それはこきょうをほこりにおもいます。」

「えー!うまれは上海ですか」

「はい、上海のしゅっしんです。」

「そういえば、李さんは日本語がじょうずですね。はつおんもすごくきれいですよ。」

「ほんとうですか、ありがとうございます。まだまだです。じつはうちのがっこうには私の日本語よりずっとすごい人いっぱいいますよ。あら、井上先生知っていますか、うちのクラスのこと、」

「がくせいがっこう両方にも少し耳にしましたけど、もちろんインターネットでもしらべていましたけど、あの、」

「えっと、がくせいのことに井上先生がどのぐらい知っていますか」

「学生なら、李さん、李尋玲(リシュンリン)、文成羽、瑜覃文、えっと、えっと、すみません、ほかのがくせい、あっ、また周英超(ゾインチャオ)、ほかのいちおう、」困った顔をした井上麻美が謝ろうとするところを、

「井上先生もしっていますか、瑜覃文のことって」李尋玲は声が急に尖るようになって、顔も少し赤くなってきた。

「ややしっていますけど、はずかしながら先生の何越泽がおしえてくれたというところでした。というと、あの、」

「どうしましたか、井上先生、」

「あの、彼はだいじょうぶですか、もしかしてこころになにかさわりましたか、さっきからくよくよしてますけど、それともお日本語はあまり、えっと、」

「彼って、あ、ああ、周英超(ゾインチャオ)でしょう」李尋玲が井上の視線を辿って、丸めがねをかけたくよくよした面持ちの男の人を見た。

「ちがいます、ちがいますよ、井上先生。えっと、実は井上先生をでむかえるまえにちょっとじじょうがでてしまいました。えっと、なんというかな。ある人気の大一の学生と口喧嘩をしました。」

「へ!それはたいへんでした、人気というと、アイドルではないでしょう」

「はい、井上先生の言うとおりです。アイドルではありません。どこから話せばいいかな、その大一の学生もなかなかの人ですね。彼も日本語学部に入っていますが、大学に入る前にずっと何年も日本語をどくがくしていましたそうですよ」

「独学!?こわいです!」

「にゅうがくしたばかり、いままなんでいることはかんたんすぎて、担当や学校のほうにまで飛び級の申込書をていしゅつしたそうですって、ほんとうにびっくりしました。はじめてあったのですから、その人にきょうみをもつようになりました。でも、なんかむあいそうですね、その人は」

「そうですか、はじめてですか」

「そういえば、井上先生がそのような学生にあったことがありますか。」

「えっと、えっと、すみません、よくおぼえていないです。前北京のある大学で似たりよったりのこともちょっと耳にしたくらいです。もちろん、イメージしただけです。」

「そうですか、ありがとうございます。」

「いいえ、いいえ、とんでもないはなしです。ずいぶん昔のけんぶんでした。あの、このままほっておいてほんとうにいいですか、彼のこと」

「いいわすれました、井上先生がくわしく知っていないはずです、喧嘩のげんいんって。私たちのじゅぎょうは移動教室の制度ですので、つまり前のじゅぎょうがおわったら次の教室へむかうということですね。ご存知ですか、井上先生」

「はい、よくわかっています。つづいてください」

「お二人はずっと日本語の文法や言葉遣いなどにくいちがいがあります。こんどはちょうどじゅぎょうがおわったばかりにあってしまった。こんどのくいちがいは前よりずっとつよくて、あやうくなぐり合うところでした。ほんとうに危なかったです。」

「それはたいへんでした。」

「しかたがないでした。あいては大一なのに、もうN1の認定証をもっている人ですね、彼にはそれに頭を下げないといけないと思っていますが、」

「大一なのに、もうN1?それは、それは、」井上が両目を大きく張って、もう完全に驚倒されたようだ。

「それをいうとむかつきます。その人はいつもいつも認定証をたのんで、他人のかんてんを全面的に否認してばかりいます。それだけでなく、相手をやりこめると『あたまのわるいやつ、ほんとうにきついなあ』とかひにくしてばかりいます。いざまちがえてしまって、指摘されて羽目におちいっても、『あっ、今日の調子がわるくて』『もう正しいのに当たるんじゃないの、それは偏見だろう』屁理屈で事実をねじりまげていて、ぜんぜん男らしくない人です」早く話して鼻息荒くなった李尋玲が深呼吸をして咳き込む。

「それは、そうですか、ひょうばんはあまりよくないですね」井上が苦笑いをする


 


 


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