モザイクの空(800字)

僕は河原にひとりで座っていた。周りには同じようにシートを敷いて場所取りをしている人達が、まばらに座ったり寝転んだりしている。
何年か振りに着た浴衣が気恥ずかしい。
この前着たのは小学校低学年の頃だ。僕が花火大会で初デートすると聞いた母の、張り切り顔が頭に浮かんだ。

母が買い物から帰ってきた。嬉しそうな笑顔で紙袋からなにか取り出した。
「ほら、これ。今日の花火大会に着ていき」
僕はソファで寝転んだままスマホから目を外した。片目だけ母の手元を見る。青い柄の浴衣だった。悪くない。今日の花火大会には彼女も浴衣で来ると言っていたし。
口からは勝手に悪態が出た。
「嫌や。浴衣なんかそんなんカッコ悪い」
母は諦めなかった。浴衣を広げ僕に見せつけた。
「今日、初デートやろ?そんなん言わんと着ていき。お母さん着せたげるから」
押し切られた格好で浴衣を着せられたのだった。

空が少しずつ色を失っていた。落ちていく太陽の辺りがバラ色に変わっている。
それにしても暑い。彼女に会うまで、あまり汗はかきたくない。僕は右手に力を込め、うちわで顔を扇ぎ続けた。
アナウンスが流れた。花火大会が始まる。周りを見渡すと人が増えていた。早く来ておいて良かった。もう新たに座る場所はなさそうだ。
彼女はまだ来ていない。スマホで時間を確認する。大丈夫、終了は2時間後だ。クライマックスには充分時間がある。
彼女にメッセージを送る。「まだ?もう始まるよ」自分の顔が自然ににやけているのが分かる。返事はなかった。きっと急いでこっちへ向かっているのだろう。
空は暗いがほんの少し明るさを残していた。白い花火が上がる。花火大会がスタートした。

空は漆黒に変わっていた。アナウンスが花火大会のクライマックスを告げた。周りは景色が見えないほどの人だが、僕の隣は空いたままだった。僕は歯を食いしばり、目に力を入れて空をにらんだ。滲んだ色とりどりの花火は、モザイクのように見えた。

(キャプロア出版刊第6回100人共著「色」編収録作品)
#小説
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