マイホーム

裁判官が槌で机を2度叩いた。
「被告を、流刑に処す」
法廷がざわめいた。被告、すなわち私の目が見開いているのが自分でも分かった。頭を『まさか』の文字が回っている。声が出ない。流刑が制度化され、大金を掛けて設備を整えたことは知っていた。まだ実際に刑を執行されたものは居ない。まさか自分がそうなるとは。
私はひざから崩れた。両脇を抱えられるようにして法廷から出た。

私がやったのは政府に極秘に頼まれた新型爆弾の開発だった。生態系に影響を与えずに人間だけを取り除く爆弾なのだ。この爆弾を、政府は外交の切り札として考えていた。国内に資源が少なく、そのほとんどを輸入に頼っている我が国の最大の武器になる予定だった。
極秘で開発していたはずのそれは、雑誌にスッパ抜かれた。私はトカゲの尻尾のように簡単に切り捨てられることになった。世間で私は、世界を揺るがすテロリストだった。
流刑地は遠いところだ。そこに行けばもう2度と帰ってくることはできない。
流刑地は、夜空に浮かぶあの月だった。

大気圏を離れたロケットが月への着陸のため向きを変えた。月までの距離を示す計器がゼロに近づいていた。鈍い音に続いて激しい振動が訪れた。
私が乗ったひとり乗りのロケットはその振動で簡単に分解した。私は宇宙服のまま、豆粒ほどに見えるドームに向かって歩き始めた。

地球の人口が増え過ぎた。それに比例して、何年も前から刑務所は詰め込まれた犯罪者で溢れていた。
犯罪者にも人権はある。その人権は罪のない人間よりも軽いようだ。人口爆発のしわ寄せは、まず犯罪者の居場所を地球上から月へと変えることになった。そして、まさかその第1号が私になるとは。

月のドームでの生活は退屈さを除けば快適だった。ドームは直径100mはあるだろうか。空調の効いた透明なドームの中で、健康に配慮された長期保存食を食べる。今から来る予定の流刑者の分まで、食料は倉庫に山積みしてある。まあ、たいして美味くはないが、仕方ない。照明や飲み水の濾過、空気の製造まで、全ての動力に使用するエネルギー源は太陽光だ。当面、枯渇する心配はない。
ドームには外から見えないように個室もあった。今は私ひとりだ。心置きなくドーム全体を私の部屋として使っている。頭の真上にある地球を眺めるのに飽きたら、娯楽だって少しはある。ひとつは持ち込みした本。もうひとつは1日1時間、衛星放送をテレビで見ることができるのだ。
地球の暮らしを忘れてしまえれば、きっともっと楽なのだろう。月は常に表側を地球に向けている。わたしが見上げれば必ず目に入る。そこには残してきた妻や息子がいるはずだった。テロリストの家族はどんな仕打ちを受けるのだろう。悪い想像が膨らんでいく。それはわたしにとって残酷な罰だ。

ドーム内に警告音が鳴り響いた。
私は簡易ベッドから飛び起きた。周りを見回す。ドームに異常はないようだ。なんの警告だろうか。
空を見上げた。視線の先の地球には、光の点が見えた。その点が広がっていく。そのスピードはオセロの上級者の切り札のように、あっという間に地球表面を塗り替えていった。慌ててベッドのそばのテレビをつけた。画面は何も映し出さなかった。チャンネルを切り替えていく。どのチャンネルも同じだった。
「バカなことを」
自然に口から出た。体に力が入り、両手にこぶしを握った。開発していた私には、それが例の爆弾の成果であることが分かった。
どんな理由でかはわからない。分かるのは、地球上の人類は全滅してしまっただろうということだけだ。
握りすぎたこぶしが痛い。妻は、私の息子はどうなったのだろう。知るすべはない。
私は右こぶしをテレビ画面に叩きつけた。

それからいったい何年経ったのだろう。時間の感覚は私には無意味だった。もう地球とは2度と連絡がつかなかった。私はいつものように空を見上げた。
「ああ、帰りたい」
ドームの中で私の声がうつろに響く。
青さを取り戻した地球が、呆れたようにこちらを見ていた。

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