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AロAセ、自由に生きてます 第二回

性別には正直であるべき

恋愛において、自認する性別や性的指向に正直であるメリットのほうが大きい。というか、隠しているデメリットが大きすぎる。
何故ならば恋愛は、自分ひとりで行うものではないから。複数人に関係する事象であればあるほど、影響は大きくなるだろう。
最近も、セクシュアルマイノリティを告白したタレントさんが「自分の生きたい性別」のためにパートナーを切り捨てたことで賛否両論あったばかり。
恋愛という面で語ってしまうと、自分を隠すことがどれだけ大きいことか、もうお分かりでしょう。

とはいえ難しいですよね

ようやくマイノリティが認識され始めた時代。受け入れてくれ~と言うのはあまりにもおこがましいし、それを期待していると傷つくのはこちら側。
何故ならマジョリティの皆様は、隣にいる信頼できる友人がマイノリティである可能性について考えずに私たちを否定する発言をしちゃったりなんかして、それでこっちは愛想笑いなんかしちゃったりして。そうやって隠すことに慣れてきてしまっているし、カミングアウトは死を意味するとさえ思ってしまう。
マジョリティの皆さん。受け入れてくれなくてもいいんです、仕方ないんです。でも、私たちが生きているということを、認めてくれませんか?

もしもあなたの好きな人がマイノリティだったら

どうしたらいいんだろうね。
一番いいのは、理解者になることなんだと思う。その人のありのままを受け入れること。好きなんだったらできますよね?と。そのくらいの度量があってほしい。もちろん、自分も相手を受け入れたいし。そこに齟齬が生まれるんであれば、恋愛関係を続ける必要があるのか不安になるし……。
とはいえ、そんなことを言えるのはお口で関係性を結んだときだけで、書類上で一つになってしまったら、また書類を書かなきゃいけないじゃないか!だからこそ、性別に素直にならないことは相手を傷つけてしまうのだ、とマイノリティ側も理解していくべきである。
そして、自分に素直になることは、この世の全てを破壊するわけでもない、ということも。

性別とかを越えて一緒にいられる関係性って、それって、めちゃくちゃ良くないですか?

わたしに聞いてみたいことなど

第二回、おしまい