見出し画像

幼き日の思い出

私は子どものころの記憶がほとんどない。きっと、新しいことが大好きで、常に前のめりな私だから、あまり昔のことを覚えられなかったのだろうと思っている。
そんな私の一番古い記憶は、川崎の聖マリアンナ医科大学病院に入院していたこと。
当時、3歳くらいだったと思う。寂しくないようにと買ってもらったおままごとセットで、私は色んな野菜を切っていた。マジックテープでくっついているお野菜を、プラスチック製の無骨な包丁で切っていく。そしたら、勢いでキャベツが半分コロコロおちた。

あっ…

キャベツが落ちたことが分かっても、私は動けない。

どうしよう…

戸惑っている間にお掃除のおじさんが来て、無言でキャベツを掃いていった。
「それは私のキャベツです。拾い上げて、返してください」
喉元まで言葉が出ていたのに、声を出せないまま塵と一緒に掃かれていくキャベツを見つめていた。

退院しても、おままごとセットでは長く遊んだと記憶している。そのたびに、掃かれていったキャベツを思い出す。
私の一番古い記憶は、そんな悲しい思い出。

3歳の私が何の病気で入院したのか覚えていないのだから、0歳で入院した我が子はきっと大きくなってもこれから起こることを覚えていないだろう。
それでも願わずにはいられない。

どうか、寂しい思いをしませんように。悲しくて泣いたら、看護師さんが抱きしめてくれますように。
どうか、痛い思いをしませんように。ちゃんとお薬が効いて、苦しみが少なくて済みますように。
どうか、辛くて悲しい記憶は残りませんように。これから起こるであろう、楽しい思い出で塗り替えられますように。

どんなに胸が締め付けられても、何もしてあげられない。私はできるだけ毎日顔を見に行って、笑いかけ、抱きしめてあげることしかできない。
せめてもの救いは、地道に治療したら治る可能性が高いこと。今の私からすると恐ろしく時間がかかるけれども、その希望の光があるから持ちこたえられる。

泣いても笑っても明日はくる。
今日は少し涙ぐんでしまったから、明日はちゃんと笑いかけてあげよう。
少しでも辛く、悲しい思いが和らぐように。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?