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『非往復書簡』#2(晦→寝袋男)


親愛なる寝袋男さま

  先日は、見事な鳩をありがとうございました。
  新鮮なうちにと思い、早速その晩に捌かせて頂きました。鳩を捌くのは初めてですが、昔働いていた場所に中国人の研修生が沢山おり、鳩を捕まえては振舞ってくれていたので、その行程を思い出しながら捌きました。羽を毟り、産毛を焼き、心臓、肝臓、砂肝を抜き。勿論、砂肝からは砂袋を取り出しましたよ。我ながら、上手くいったように思います。
  平和の象徴だとされる鳩を捌くのは、禁忌を犯している気持ちになり、なかなかに高揚致しました。

禁忌を犯す
禁忌を侵す

  ふと、どちらの表記が良いのか?と思います。簡単に正解が得られる昨今、すぐに調べたら良いものの、それはそれで安直過ぎるので自由に考えてみました。焦らされると良い、という感覚は、人が生きる上でスパイスになる事しばしばです。

  字面だけを見ると、

  禁忌を犯す=性的嗜好における一般的な行為から逸脱する事

  禁忌を侵す=宗教的な理を無視する、聖域とされる場所に侵入する

  という印象があります。
  ここから、前者は特に色恋沙汰の表現で使用し、後者は特に契約不履行の表現で使用すると、前提条件の戒めがより強調されるのでは、と感じました。
  文章を綴るにおいて、こういう使い分けでコントラストをつけるのも一興ですよね。

  とても新鮮な鳩だったので、ササミ部分はお刺身で頂きました。この時も、禁忌を"犯して"いる感が否めません。
  性的事柄と食が密接に関わるからでしょうか。
  それとも、生命を奪う行為に関わるからでしょうか。
  それとも、己の死に繋がるかもしれないから?
  新鮮とはいえ、寄生虫や菌の事を考えたら火を通す事が最善策。それでも、肉の生食というのはどうにも抗い難い魅力があります。だからやっぱり、この場合の禁忌を"おかす"の表記は、“侵す"よりも“犯す"が相応しいのだと思いました。
  その行為自体が恐怖を伴うのに、ヒトは時々踏み込みます。快楽と恐怖を司る脳の部位が密接に重なるからこそ生じる、愚挙なのかもしれませんね。

  そうそう、ひとつ謝らなければならない事があります。
  自ら生命を奪ったのですから、余す事なく食すのが礼儀です。爬虫類との進化の枝分かれを示すような足先もきちんと頂くべく、他の臓物や骨と一緒に煮込んだのですが。
  その際、添えられたお手紙に気づかず一緒に平らげてしまったようです。悲しいかな、お手紙ごと食す事で、その内容を脳に伝達するような能力は持ち合わせておりませんで。本当にごめんなさい。
  寝袋男さんの先のお手紙には、何が書かれていたんでしょう。

  それでは、この辺で。

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