見出し画像

『非往復書簡』#1、届く(寝袋男の日誌)


3月8日(火) くもり 寝袋男

届いた文書は後半がビショビショに滲んで端は破れており、書き手の名前が分からなかった。局もそろそろ文書配達に山羊を起用することを考え直していただきたい。彼らがいつも物欲しそうな顔でポストの前に立ち、名残惜しそうに私宛の紙類を手放す様は、どうにも見ていられない。
しかしながらこんな田舎町の一市民としてどんよりと燻っている寝袋男が、たまにしか届かない手紙の為に局を相手どって何かしようとするわけもなく、沸々としながら滲んだ手紙を解読する立場に甘んじるほかないのだ。

まずは滲んだ部分を修復して、全貌を明らかにしてから通読しよう。
なにやら「生命の交換」「生命の価値」などと読める。これは随分と頭脳明晰な人が寝袋男の真価に気付き、是非語らおうと送ってきたものに違いない。わくわくしてきた。

続いて「水炊き」なるワード、それに準ずる鍋の具材が名を連ねだす。
なるほど「食べる」という行為を通して「生命への感謝」を訴える文書なのだ。私の日頃の暴食ツイートを見て、業を煮やした(鍋だけに)おせっかいさんか、はたまた私の食生活を婉曲表現で正そうとする一派の活動の一環かもしれない。

さて、修復が済み前半部分と繋げて読んでみると、やはり鍋の話で、肉食獣、草食獣も出て来た辺り「生命への感謝」もしくはジビエなんかにも触れるのではなどと構えていると、思いの外エロティックでフェティッシュな文章が流れ出した。というかその大半が自然界と現代社会の中に観測されるSとMについての話であり、私は狐につままれたような興奮に包まれた。

差出人の予想がついたので、私は手紙を書き、山羊の食欲を恐れて苦手な鳩にその手紙を託した。鳥はやっぱり好きになれない。

今夜は水炊きにしよう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?