見出し画像

最後の夢が続きますように

彗星の空


歳をとると涙脆くなる。
子供の頃から聞いてはいたけど若干疑っていた事象を、悲しきかな最近は実体験として痛感している。少し気になって理由を調べてみたら、大脳の機能低下が原因らしい。あまりに趣がないので、積み重ねてきた経験によって共感力が磨かれたのだということにしておこうと思う。



閑話休題、私が書き留めておきたいのはSixTONESの9枚目シングルABAREROに収録されている「彗星の空」について。


YouTubeで1サビが公開された時点で自分でも面白いくらいに泣いてしまったので、これは心して聞かねばなるまいと構えてはいたものの、結局フルを初めて聴いたタイミングでぼろぼろ泣いてしまった。歌詞でここまで泣かされたのは、嵐の5×20以来だと思う。


別の文章でも書いたことがあるけれど、私の青春はSixTONESと共にあった。中学で初めて部活というものに所属した時も(この時にはまだSixTONESという形はなかったけど)、大学受験に費やした高校時代も(この時もまだSixTONESはないけど)、バイトやサークルで忙しかった時も、就職活動で心身ともに疲れ切っていたあの頃も、私の胸を躍らせるのはいつだって彼らのことだった。

私にとってのSixTONESの1番の魅力は、物語性だ。
アイドルとしてのパフォーマンスは勿論だけど、彼らそれぞれの考え方、生き方そのものを尊敬しているし、そんな彼らがこれまで下してきた決断と、それによって生まれたこれまでの物語にこそ、SixTONESの魅力が詰まっていると信じている。

彗星の空の歌詞は、そんなこれまでの彼らの物語を詳らかにしていくようなものだったから、歌詞カードを読むだけで胸がいっぱいになってしまった。そしてそんな愛おしい言葉達が、エモーショナルでありながらも疾走感のあるメロディーにのせられると、さらにキラキラと輝いて聞こえた。

そんな素敵な曲を前にして黙っていられなかったので、ここから先は彗星の空を聴いて、私の脳内を過ったこれまでの記憶と私が見てきた彼らの物語について、書き連ねていこうと思う。(あくまで私が見てきた・・・・・・物語なので、悪しからず)


1A

空翔けていく放物線
何処に向かうんだろう
一瞬の中

見上げた夜 途方も無い程
夢を見てた
未だ見ぬ世界を

この歌詞から私に見えたのは、少年時代の彼ら一人ひとりが、星の浮かぶ夜空を眺めている情景と、その夜空に美しく尾を引く彗星。


ジャニーズJr、延いては芸能界という未知の世界に飛び込んだ少年たちには、未来はどんな風に見えていたのだろう。どんな風にキャリアを積んで、どんなアイドルになっていくのか、はたまたいつかはアイドルを諦める日が来るのか。いつまでこの世界にいられるのか、いつまでこの場所にいなければならないのか。確固とした正解のないこの業界では、まだ子供であった彼ら自身にはもちろん、経験を積んだ大人でさえ先のことなどわからない。この先どんな成長を遂げるかわからない少年たちの歩む道など、誰にも見えない。けれど、それはお先真っ暗ともまた違っていて。何かしら輝くものをもって選ばれた彼らは、いわば原石。今何者でもないからこそ、この先何にだってなれる無限の可能性を秘めた存在だ。


特に、SixTONESのメンバーは入所時から既に特別な存在だったと思う。
本人がどう思っていたかはさておき、偉大な父を持ち、入所のタイミングからマイクを持ってセンター近くで踊ることになった京本大我。
オーディションではなく友人からの紹介で入所し、早いうちからユニットにも所属するなどして干されることのなかったジェシー。
同業の兄を持ち、自身も主演映画にCD発売、レギュラー番組を持つなど幼少期から引っ張りだこだった森本慎太郎。
同じく同業の兄を持ち、そのおかげで兄のグループのライブで紹介されたり、ラップを任されたりと、一人でマイクを持つ機会に恵まれた田中樹。
入所してすぐに既に人気のあったユニットに入り、CD発売、紅白出場など、華々しい仕事をしていた松村北斗。
北斗と同じく入所後すぐに既存ユニットに加入して、CD、表紙、紅白出場など、異例のスピードで世に出ることになった高地優吾。
(※高地優吾の高は正しくははしごだかですが、この文章内では高で代用します)


晴れてジャニーズJrになっても日の目を見られず、後列で埋もれて気づけば退所している子もいる中で、6人は燻る間もなくあっという間にスポットライトを浴びる存在になり、傍から見ていてもきっとそのうちデビューするんだろうな、と思えるジュニアだった。




そんな入所当時の彼らを念頭に、今一度歌詞に戻ってみよう。


「空翔けていく放物線」というのは、言わずもがな彗星のことだろう。
ここで補足しておくと、「彗星」と「流星」は似て非なるものである。「流星」とは、宇宙の塵が地球の引力に引かれて大気圏に突入する際、摩擦により発火するために見える光のことであり、「彗星」とは、太陽系の小天体が太陽の引力に引かれて太陽に近づいた際、小天体の主成分である氷が溶け、そこから発生する水蒸気や揮発性物質が太陽光に反射することで光って見える現象を指す。
つまり彗星は、太陽という絶対的な光に向かって進む天体。スターを夢見る彼らジャニーズJrの目指すべき姿とも考えることができる。よってここでいうところの彗星は、彼らの理想そのもの、夢と解釈して良いだろう。


「見上げた夜 途方もないほど」という歌詞には、前述した通り未知の世界であるが故の不安が感じ取れる。しかし彼らに見えているのは暗闇だけではない。夜空に散らばる無数の星もまた同様である。何にもなっていないから、何にでもなれる少年たち。どんなスターになろうか?大きな会場で自分のコンサートをしてみたい。ドラマや映画の主演をやりたい。大物司会者になって、自分の番組を持ちたい。眼前に広がる希望という星を眺めながら、いろいろな「夢を見てた」んだろうなと思う。まだまだ子供だった彼らの「未だ見ぬ世界を」。



1B


背中合わせの日々は時に無情で
ここに立てる意味を 気付かせた

だが、人生というものはそんなに甘くはない。
順風満帆に見えた彼らのジュニア人生にも、影が落ち始める。


「背中合わせの日々は時に無情で」の部分を北斗が歌っている上に、私はそもそもB.I.Shadowの北斗のオタクをしていたので、この部分ではやはりB.I.Shadowの自然消滅がよみがえってくる。



当時のジャニーズJrの世界は、今とは違ってそこまでグループが乱立しているわけではなかった。もちろんB.I.Shadowのようにユニット名がついているグループもあったけれど、歌選抜や京本ラインのように、グループという訳ではないけどなんとなくこのメンバーでパフォーマンスすることが多いな、というような、非常に流動性の高いものが多かった。そのため、ユニットを組んでも、立ち位置が固定されてきても、それはデビューを掴み取らなければ誰かの一声で一瞬で消えてしまうような不安定なものでしかなかった。この頃のジャニーズJrは、仲間と横並びで同じ夢を見るというよりは、背中合わせの個人戦。自分の居場所は、自分の努力で確立する他なかったのだ。


…ということを、私も、恐らく北斗や高地本人も、B.I.Shadowが自然消滅したことで初めて知ることになった。無理やり解散させられるような大きな落ち度があったわけではなかったと思う。少年倶楽部では常に良い位置にいたし、誰かが何かをやらかしたわけでもない。それなのに気付いたら4人でのパフォーマンスの機会がなくなり、程なくしてふまけんが知らない子供たちと組むようになった。鳩が豆鉄砲を食ったようとはまさにこのことである。



世間的な知名度はないにしても、当時のJr担ならB.I.Shadowと言えばメンバーの名前くらいはみんな言えるような、そんな存在だったはず。それなのに解散のお知らせも何もなく、まるで最初からそんなグループは存在していなかったみたいな自然さで、B.I.Shadowは消滅してしまった。これを無情と言わずして何をか況んや。ジャニーズJrというものはその華やかさに反して、非常に厳しい世界なのだと痛感させられた。




しかし、不幸中の幸いとでも言おうか。ふまけんに置いて行かれる形になった北斗と高地だが、不遇の時代が長く続いたわけではなかった。SexyZoneがデビューしてすぐ、「私立バカレア高校」が始まったからだ。


この現場で出演者として集められた6人は程なくしてバカレア組と呼ばれるようになった。彼らには正式な名前こそつかなかったものの、少クラやJrのライブでは6人でパフォーマンスをするようになり、着実に人気を獲得していった。

北斗や高地だけではなく、この頃には他の4人もジャニーズとして生きていくことの難しさを知り、将来への不安も感じ始めた頃だったのだと思う。だからこそ、「ここに立てる意味」に気づいたのではないだろうか。




1サビ


彗星の空 願ったものは
「最後の夢が続きますように」


この最後の夢について、私は「この6人での活動を続けること」だと解釈した。

きっと、少し前のまだ幼い彼らなら、この6人で活動できることの有難みを十分に理解することはできなかっただろう。しかし、ジャニーズJrという諸行無常の世界を既に心得ていたこの時の彼らは、その重要性を分かっていたはずだ。さらに、最年少の慎太郎こそまだ15歳だったが、最年長の高地はバカレア終了時点で19歳(早生まれのため正確には18)、他のメンバーも高校卒業という節目を目前に控え、進路という問題から目を背けられない年齢になっていた。このタイミングでこのグループが消え、また0に戻るとなればデビューを目指すのはかなり厳しくなることは明らかだった。おそらくこれが自分たちにとって最後のグループになる。そういう想いが、少なからずあったのではないだろうか。



間違いなど無い あの星の行く先
辿る軌跡がぼくらを繋げた

「あの星」というのは、1Aで出てきた彗星。
私のイメージでは、1A時点では彼らはバラバラの場所で夜空を眺めていた。グループも違えば歴も違う彼らなので、あの時点では彼らは個々であった。けれど、この部分を鑑みるに、彼らはあの時それぞれの場所から、同じ彗星を見たのではないか。見え方はそれぞれだったのかもしれないが、お互いが知らぬところで同じ彗星に憧れ、それを辿って進んできた道程で5人と巡りあった。6人が相談をして同じものを目標にしたのではなく、偶然同じものを目標としていた6人の人生がついに交わったような、そんなイメージを抱いた。



不確定不安定の中出会えた
偶然?必然?
どっちでもいいんだ実際
また笑えれば

ジャニーズJrという不確定で不安定な世界の中で、偶然が引き寄せた必然か、はたまた必然によって生じた偶然か。とにかく彼らは、出会うべくしてであったのだと思う。


そして、この「どっちでもいいんだ実際 また笑えれば」という歌詞が、実にSixTONESらしくて好きだ。出会えたことの理由が何かという結果論には何の興味もなく、今この場に6人がいて、みんなで笑いあえているこの現実があればそれだけで良いというようなこの歌詞。SixTONESが私たちファンに向ける言葉の端々に込められている「難しいことは考えずとにかく楽しんで!」というSixTONESのポジティブさが感じられる。

SixTONESらしさというか、もっと言ってしまえばジェシーらしさかもしれない。SixTONESの核は、間違いなくジェシーだ。それがなぜかを語り始めると終わらなくなってしまうので割愛するが、メンバーに聞いても、ファンに聞いても、100人中100人がSixTONESの核はジェシーだと即答するだろう。もしかしたらファンではない人にとっては意外かもしれないが、それくらいジェシーがSixTONESの核であることは自明の理なのである。


そんな彼は今、底抜けに明るいポジティブの権化のような人物だ。(バカレア当時は違ったけど割愛)
誰とでもすぐに仲良くなれて、とんでもないペースでボケながら、いつも大きな声で楽しそうに笑っている。悩みなんて一つもなさそうで、その明るさに引っ張られて見ているこちらまで笑えてきてしまう。こちらがどんな状況でも、強引にすら思えるパワープレイで笑顔に変えてくれる彼。でも、常に楽しそうにしているジェシーは、何も考えていないわけじゃない。むしろ、ものすごく周りを見て、人の気持ちを考えている人だと思う。たかがファンの分際で何を分かった口を、と思われるかもしれないが、これはきっと本当のこと。彼は、誰かを笑顔にするために、いつも笑ってくれている人。だからこそ「また笑えれば」それでいいんだよというこの一言が、彼らのすべての努力を認め、後悔を昇華し、今につながる全てを肯定する言葉として、胸の奥深くに響くのだろう。



2A


暁を待っていたぼくら
恐れていた喪失感と孤独


暁、つまり夜明け。
バカレア組でデビューしてほしいと思っていたし、デビューできると思っていた。私がファンだったからそう思っているだけかもしれないけれど、人気もあったし、何よりアイドルとしてデビューすることを考えると、彼らは当時適齢期だった。

しかし、そううまくはいかず、バカレア組も自然消滅してしまった。映画が終わってしばらくすると、ジェシーと北斗が2人でパフォーマンスする機会が増えて、6人で活動することがなくなった。それから少しすると目立った仕事をするのはジェシーだけになり、バカレア組はバラバラになった。これも例に漏れず、事務所からはなんのアナウンスもなかった。デジャブだった。私も、そして彼らにとってみても、二度と味わいたくなかった喪失感。まさかまたこの悲劇に見舞われるなんて、予想もしていなかった。別の文章で触れたことがあるが、二度も担当グループが自然消滅した私は、耐えきれずここで一度彼らを追うことをやめた。


2B


何も言わないで繋いでた手と手
離れないように 掴まえて

でも、私と違って彼らは諦めなかった。先が読めないジャニーズJrは、逆に言えば(CM出演等がなければ)契約期間などという縛りもないのでいつでも辞めることができる。でも彼らは辞めるという選択肢を頭の片隅に置きながらも、与えられた場所で活動を続けていた。そして、今にもこの世界を離れようとしていた5人の手を掴まえたのが、ジェシーだった。
前述した「SixTONESの核はジェシー」という認識の始まりは、きっとここからだろう。久しぶりの6人仕事だったカレンダー撮影の時に高地に声をかけて、後日5人を集めて、その場でジャニーさんに連絡して直談判しに行って、ものすごい熱意と行動力でSixTONESというグループを掴み取ってくれたのが、ジェシーだから。この時「この6人でやりたい」という想いを諦めずに、5人の手を離さなかった彼にはこの先も頭が上がらない。SixTONESという素敵な場所を作ってくれて、本当にありがとう。



2サビ


彗星の空 願いよただ
ぼくらを導いてくれるかい?
間違いなど無い 信じるその先
叶う奇跡この目で見届けたい

一度散った筈の未来図が
幾千光年先の箒星へ
いま還り着く


ジェシーによってまだ夢を追い続けることにしたSixTONESが、顔を上げ、夜空に尾を引く彗星に導かれるように、6人が並んで進んでいく姿が思い浮かぶ描写。「この夢が叶う奇跡の瞬間をこの目で見届けたい」という願いをあの星にかけて、もう一度歩き出してくれたことがもう既に奇跡である。


あと少し誰かがやめようと決意するのが早かったら?カレンダーの撮影が遅かったら?6人で集まった日の電話にジャニーさんが出なかったら?もしかしたら今SixTONESはいなかったかもしれない。そんなたくさんの奇跡によって、一度散ったはずの6人の未来がまた同じ場所へと還りついたのだと思うと、今こうして当たり前のように毎年ライブがあって、毎週彼らを見られる番組やラジオがあること、素敵な曲が詰まったCDが発売されて、雑誌ではたくさんの表紙を飾っていること、そのすべてに感動せざるを得ない。


C


「もう一度だけ」
そう言って追いかけた
この星の光の先 灯した灯に
見つけた意味 信じてたい

作詞家の意図については分からないけれど、「もう一度だけ」6人で頑張ろうとして結成したSixTONESが、最初にもらった持ち歌が2015年の少年たちで初披露された「この星のHIKARI」だ。ジャニーさんに直談判するという半ば強引に捥ぎ取ったグループだったからか、当時はあまり事務所からよく思われていないのかな、と感じることも度々あった。だから正式にこの曲を持ち歌としてもらったことで、なんとなく事務所からも認められた気がしたのを今でも覚えている。


ラスサビ


彗星の空 誓った言葉
「また夢が輝けますように」
間違いなど無い きっと星の行く先
辿る軌跡がぼくらを選んだ

1サビ、2サビでは彗星に願って・・・いたのに対して、ここでは誓った・・・言葉となっている。これまでは先の見えない未来に対する不安の方が大きかった彼らが、いろいろな経験をして、辛いことを乗り越え、迷いや不安を振り切って強くなっていることが分かる。どんな困難だって乗り越えることができる自分たちだからこそ、これまで自分たちに降りかかった出来事(=軌跡)はぼくらを選んだし、この先もきっとそう。自分たちならなんだって乗り越えてみせるという強い決意が感じ取れる部分で、これまでの彼らの悲喜交々至る日々によって裏打ちされた強さが自信となっているのだろうことがうかがえる。


不確定不安定なんて超えて行ける
偶然?必然?
どっちでもいいんだよ
行こうまだ 見てない景色まで
また笑うんだ

歌詞の通り、不確定で不安定な日々を超え、今まさに夢を輝かせているSixTONES。偶然か必然かなんて分からないけれど、今も10年前と変わらないメンバーでライブをして、テレビに出て、アイドルとして私たちファンの前に立ち続けてくれている。でもどんなに成果を残して大きくなっても、中身はいい意味で何も変わらず、飾らないお兄さんたちでいてくれるのが嬉しい。ライブに行けばいつも友達みたいな距離感で、でもしっかりファンを大事にしてくれて、難しいことはいいから、日々を楽しく生きようよって伝え続けてくれる、やんちゃだけど優しいお兄さんたち。その一方で、自分たちはいつか叶えたいと書き留めた夢を、気づけばほとんど叶えてしまっていたってくらい、日々を全力で生きていて、私も頑張ろうと思わせてくれる。
そして、きっと彼らはこの先も、新たな夢をたくさん見て、そしてそれを現実に変えてしまう。諦めようとしていたあの頃からは想像もつかないような夢を叶えて、新しい景色を見せてくれるんだろう。あの6人は、6人でいる限り最強だから。


誰かが言っていたけれど、本当に少年漫画みたいなストーリー性があるグループだと改めて思う。SixTONESはかっこよくて憧れで、元気になれて、勇気をもらえる。SixTONESを好きでいることを誇りに思えるし、彼らのように日々を楽しく、でも全力で生きていきたいと思う。



もしかしたら、私にとっての彗星はSixTONESなのかもしれない。


私はSixTONESという彗星に願い、誓って、これからを乗り越えていきたい。だからSixTONESには、この先もずっと輝いていてほしい。なんて、私が願わずとも彼らは間違いなく輝き続けてくれるだろうけど。


彼らがこの先どんな困難に見舞われても、必ず最後には笑えますように!
まあ願わくば困難なんか吹き飛ばして、あらゆる幸福が彼らに降り注ぎますように!
私の彗星が陰らないように祈りつつ、その光を支えに、私も私の人生を楽しく、懸命に生きていきたい。



追記


2023年4月21日。SixTONESが初めて6人だけで東京ドームに立った日に最後に披露したこの曲で、ジェシーは堪えきれずに涙を流した。この曲の歌いだしはジェシーから始まるのだけれど、その部分は普通に歌っていた。彼は、自分のパート「また笑えれば」の部分で歌えなくなり、そこからずっと泣いていた。いつも笑顔ばかりの彼がこうしてたまに見せる涙には、私たちには計り知れないたくさんの想いがあるのだろうと思う。そしてそうやって感極まる姿を見ると、やっぱりこの人は私たちやメンバーのために、そしてもちろん自分のために、いつも笑顔でいてくれているんだなということに気づかされるのだ。

前述したように、ジェシーはSixTONESの核である。そしてそれをジェシー本人がいる場所でも他のメンバーが言及することがあるので、本人もメンバーがそう思っていることを認識している。
ジェシーが引き留めたとはいえ、もちろん最終的にこの世界で生きていくことを決めたのは本人たちだ。SixTONESの核はジェシー、という考え方にしても、ジェシーに責任を押し付けるという意味ではなくて、ジェシーを心の底から信頼しているから、彼の選んだ道ならたとえそれで転んでも本望という意味であって、だからジェシーが気負う必要性は全くない。でも、彼は少なからずその責任を感じているところがあるのだと思う。だからこそ、大切なメンバーとともに夢の東京ドームというステージに立ち、私たちファンをここまで連れてくることができたという達成感と安堵から、涙を流したのかもしれない。1ファンでしかない私には彼の感情のすべてを理解することなどできないけれど、もしそうであるなら、この先もどうにかして彼を肯定し続けていきたいなと思う。5人を引き留めてグループを組んだことも、これまで私たちの知らないところで彼に委ねられてきた判断も、私たちファンが正解にすることができる部分に関してはその全てを肯定し、正解にしていきたいと強く思った。
あの綺麗な涙が悲哀や後悔に染まることがないように、メンバーはもちろん、私たちファンが、彼に対して感謝しかないことが伝わるように。
きっと見えないところでたくさん悩んで、考えて、努力して、SixTONESを守り抜いてきてくれたことへの感謝が、どうか伝わりますように。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?