ミュージカル「ダブル・トラブル」とわたし

平素よりお世話になっております。みづさんです。

いつまで続くかわからないのですが、今回から観劇した作品の感想記録をつけていきたいと思います。
基本的には現地観劇したものが主になるとは思いますが、いつぞやの乱舞音曲祭のように配信・ライビュ鑑賞した作品についてもお話することもあるかもしれません。ただ、少なくとも現地で観たものに関しては何か書き残しておこうと思います。

というわけで、「ミュージカル ダブル・トラブル」を観劇してきたので、今回はその感想記です。
よろしくお願いします。
(※当然のようにガッツリとネタバレがあります)



5/23(土)に、「ミュージカル ダブル・トラブル」のマチネ公演を拝見してきました。
この日のマチネ公演はブロードウェイチームこと太田基裕さん・原田優一さんの二人による公演で、また、ブロードウェイチームの千秋楽公演でもありました。


「ダブル・トラブル」の物語は、作曲家の兄・ジミーと作詞家の弟・ボビーの二人が、ブロードウェイからハリウッドにやってくるところから始まります。新作ミュージカル映画の曲を書くためにハリウッドのリハーサルスタジオを訪れた二人に、製作会社のボスのガーナー、映画監督のクリーストは、「あと数時間で新曲を作れ」という使令を与えます。
兄弟は慌ただしく曲を作ろうとするも、手助けをしてくれるはずの音響エンジニアも助手もエージェントも、皆揃ってどこか頼りないメンバーばかり。加えて、女優・レベッカが自分のための曲を二人に作らせようと画策したことで、新曲の完成はどんどん難航していって……というのがざっくりとしたストーリーです。

この演目の最大の特徴は、二人の役者が登場人物を代わる代わる演じるというところでしょうか。
おおたさんとはらださんは、それぞれボビーとジミーの他にも数人ずつキャラクターを演じ分けていました。
おおたさんが演じるボビーが舞台裏に引っ込んだかと思ったら、数十秒後(あるいはそれよりもっと短い時間)には、助手のシーモアや社長秘書の女性・ミリーの姿をしたおおたさんが舞台上に現れて、はらださん演じるジミーと会話をします。そしてジミーが引っ込んだと思ったら、今度は音響エンジニア・ビックスやエージェント・クイックリーの姿をしたはらださんが舞台上に現れます。このキャラクターの転換が、公演を見る前に想像していたよりも慌ただしく、しばらく呆気にとられていました。でも呆気にとられているとどんどん展開が進んでいくので、一生懸命正気を保とうとしていました。

個人的に印象に残っているキャラクターの切り替わりシーンは、ボビーとジミーの二人が、電話越しにミリー/ガーナーの二人と会話するシーンです。


電話シーンや舞台上に姿を見せていないキャラクターの台詞は、基本的に録音した音声を流していたのですが、一部のシーンでは録音音声を使用していませんでした。
ジミー役のはらださんが電話越しにガーナーやミリーと会話しているとき、ボビー役のおおたさんはデスク前の椅子に座って、手持ち無沙汰とでも言うように椅子をくるくる回していました。そして、ジミーの声にミリーが応えるシーンになると、背中を客席側に向けた状態で椅子の回転を止めたおおたさんは、ミリーの声音でジミーとの会話に応えていました。舞台上に立っているのはボビーとジミーの二人だけなのに、その瞬間は、あたかも三人、あるいは四人のキャラクターが舞台上に立っているかのような錯覚を覚えました。
明朗快活とした声の女性・ミリー、ドスの利いた荒々しい声の男性・ガーナー、そして女好きで少し自意識過剰な青年・ジミーの三人を、その瞬間瞬間、声だけで演じ分けるおおたさんの演技力には、もう心の中で拍手喝采を送らざるを得ませんでした。


おおたさんの演じるキャラクターで言うと、二幕後半でのシーモアの演技もめちゃくちゃによかったです。

二幕の後半では、兄弟を騙して曲を作らせようとするレベッカにどうにかして対抗しようと、クイックリーが一計を案じます。物真似が得意なシーモアにボビーの真似をさせることで、レベッカの本性を引き出そうという作戦です。


シーモアはボビーの声真似の練習をしますが、シーモアの声はボビーに比べて高い声なので、ボビーのような低音がなかなか簡単には出せません。三回ほどボビーの声に挑戦して、ようやくシーモアはボビーそっくりの声を出すことができるようになりました。
その後、シーモアはボビーの姿に変装し、本物のボビーだと信じ込んだレベッカから「元々、二人のうち早く曲を作った方から曲を貰うつもりだった。曲さえ貰えれば貴方達は用済み」といった証言を得ることに成功します。
この一連の流れ、文章だけ読んでもどこが面白いのかぴんとこないかもしれません。ポイントなのは、物真似をするシーモアも、物真似されるボビーも、演じているのはどちらもおおたさんだということです。

おおたさん演じるシーモアが、おおたさん演じるボビーを真似する、というシーンなんです。これ、本当にすごかったんですよ。
シーモアはおそらく少年~青年くらいの年齢設定のキャラクターで、声音はかなり高めです。大人しくするのが苦手なようで、振る舞いも発言もまさしく子どもっぽい人物でした。そんなシーモアが三回、声の練習をするうちに、少しずつボビーに声を寄せ、最終的にボビーそっくりの声音・振る舞いに変わります。けれどその時のおおたさんはあくまで「ボビーの真似をするシーモア」です。そのため、ボビーの振る舞いをしていてもたまにシーモアの素が出ます。(レベッカに触れられて驚くシーンとか、あえて薄暗くしていた照明を点けられそうになるシーンとか……)
「自分が演じるキャラクターの物真似をする、別のキャラクター」を演じることがどれだけ難しいことか、わたしには想像すらできません。
前に述べたミリーの台詞を言う場面然り、各キャラクターの境界線がぐちゃぐちゃになりそうな二人芝居の中で、おおたさんとはらださんはそれでもなお、きっかりと全てのキャラクターを演じ分けていました。


はらださんの演じたキャラクターでは、個人的にはレベッカの姿がめちゃくちゃ印象に残っています。
はらださん演じるレベッカを見て第一に抱いた印象は、「やたらわざとらしいなぁ」というところでした。仕草や声の出し方がかなり色っぽさ・艶っぽさを誇張した表現だったのが、一幕の時点で少し気になっていました。コメディ作品だからかな?とその時はスルーしていたのですが、二幕を迎えてようやくその理由が分かりました。
二幕終盤、クイックリーの作戦とシーモアの物真似によって悪事が明るみに出たレベッカは、さらにもう一つ、秘密が暴かれます。それは、ここまで女優を名乗っていたレベッカが、実は男性だったということです。
女優になりたかった”彼”が、彼のなりたかった女性像を演じていたのだとしたら、彼のわざとらしいまでの振る舞いにも、ジミーやボビーを口説き落とす手際の良さにも合点がいきました。男性だからこそ、女という性の持つ魅力とその引き出し方を知り尽くしていたのだと思うと、二人が籠絡されてしまったのもよく分かります。
他のキャラクターと違い、レベッカだけはおおたさん・はらださんの両方が演じていたのですが、どちらのレベッカも非常に妖しい魅力を持った良いキャラクターだったと思います。その中でも、はらださんの演じるレベッカは「女性であろうとする男性」を見事に演じきっていたと感じました。

二人芝居であるダブル・トラブルは、二人のコンビネーションというのは勿論重要だったと思いますが、大前提としてそれぞれの役者に相当な技術がないと難しい作品だったと思います。歌やダンスに加えて演じ分け・歌い分けが必要とされるこの作品を堂々と演じきった二人の演技は本当に、圧巻の一言でした。


作品全体を通しての話をすると、非常にテンポの良いコメディ作品だったと思います。
キャラクターの切り替わりの速度がめちゃくちゃ早かったというのもあり、まさしくタップダンスのリズムのようにとんとんと話が進んでいきました。見ていて小気味がいいというか、目が離せない舞台でした。おかげで一幕が終わった瞬間にほぁ~~~~と、でっかい息を吐いてしまいました。まだこれが一時間も続くのか……という興奮と、心地よい疲れがありました。
二人の歌声も非常に心地よかったです。俳優としてのはらださんの姿を見たのはこの作品が初めてだったのですが、声の厚みが素晴らしくて、おおたさんの歌声と合わさると肌が震えるような感覚を覚えました。当然ながらシーンごとで演じているキャラクターに合わせた声音・歌い方をするので、二時間半の公演でお二人の歌声のフルコースを頂いたような気分でした。本当に。ミリーとジミーが歌っているシーンを観ながら、わたしは「おおたさんは逆にどんな声は出せないんだろうか……」などと真剣に考えてしまいました。


演出もかなりすきな作品でした。
一幕は、それぞれレベッカに口説かれたジミー・ボビー兄弟の「彼女が愛しているのはお前ではなく自分だ」という主張をきっかけとした喧嘩で幕を閉じます。ボビーが「熱くなりすぎだ、クールダウンしようぜ」と言いながら扇風機をコンセントに刺すと、元々ガタが来ていたスタジオのブレーカーがついに落ちてしまい、停電(=暗転)してしまう……といった流れで、そのまま一幕が終わるのです。そして休憩を挟んだ後の二幕は、照明が落ちた舞台にマッチを持ったクイックリーと懐中電灯を手にしたミリーが現れるというシーンから始まります。この、照明の演出で一幕と二幕を繋げる発想も、シンプルながら面白いなぁと思いました。
あとは先程一瞬だけ触れた、ミリーとジミーの歌ってるシーンの演出がたまらなくだいすきです。
このシーンでは、ミリーは舞台上にはいません。ミリーはジミーに対して、電話越しに「二人の曲を気に入っている」「きっと二人はボスが気に入る曲を作れる」という旨を伝え、応援します。そして二人は、兄弟がかつて作った歌を電話越しにデュエットします。
その時、ケーブルが繋がった、ミリーの歌声が聞こえる通信機を持ったまま歌い、ダンスするジミーの姿が非常に印象に残っているのです。機械越しでも伝わるミリーの楽しさ・兄弟の曲への愛情、そして曲への真っ直ぐな愛情に喜び、歌い踊るジミーの姿。ジミーが通話機を床に置き、「これ、覚えてる?」と問いかけながらステップを踏み歌ってみせれば、機械の向こうのミリーもそれに応えて歌う。
舞台上にはジミーしかいないシーンだったのですが、同時にあまりにも舞台上に幸福が満ちていたシーンで、非常に印象深いです。


さて、最初に述べた通り、わたしが観た公演はブロードウェイチームの千秋楽公演でした。よみうり大手町ホールは比較的小さな劇場でしたが、最終公演ということもあってか、ほとんどの座席にお客さんが座っていました。
公演は、兄弟がハリウッドで作曲家・作詞家としてだけではなく、映画スターとしても大活躍する、というエンドを迎えます。スターとして活躍することになった二人は、燕尾服に身を包んだ姿で最高のエンディングを迎えました。
エンディングが終わって会場アナウンスが流れてなお、会場にははちきれんばかりの拍手が響き渡っていました。スタンディングオベーションに応えて再び舞台上に現れた二人の姿に、さらに大きな拍手が送られました。
おおたさんとはらださんが挨拶をする前、おおたさんが感極まったような表情ではらださんの肩を抱いたのをよく覚えています。それに応えるはらださんも、満面の笑顔を浮かべていました。
その様子をわたしはきっと、しばらく忘れられることができません。

この度の緊急事態宣言によって、ダブル・トラブルの公演も影響を受けました。ブロードウェイチームは紀伊国屋サザンシアターでの公演の一部が中止となり、もう一方のハリウッドチームに至っては大阪・梅田芸術劇場での公演が全て中止となりました。
公演が千秋楽を迎えることを待ち望み、千秋楽を迎えられないことを恐れていたのは、観客だけではない。舞台に立つお二人と、そして制作に関わっていた方々なのだと、その景色を見て改めて強く実感しました。
それは当人たちからしてみれば、我々が気づくまでもなく当たり前のことだったと思います。けれど千秋楽を迎えられたことを心から喜ぶ二人の姿を見たことで、二人が抱えていたものは、自分たちの想像以上のそれだったのだと思い知らされました。
カーテンコールでは、はらださんが「最後までやれるかわからなくて怖かった。こういう事態になって、芝居って本当に割に合わない仕事だとも思った」「でも自分たちもスタッフも皆、好きだからやっている、作品を見て明日も頑張るぞって思えてくれたら、それだけで嬉しい。やっててよかったと思える」という旨のことをお話されていて、わたしは思わず感極まってしまいました。隣人を慮ることすら難しいこの時代において、数え切れないほどの人たちにエールを贈ろうとするこの人達は、どれだけ優しく強い人たちなのだろうかと思いました。
はらださんがお話する前後では、おおたさんは何度も何度も、客席側に向かって深くお辞儀をしていました。その瞬間瞬間を噛みしめるように客席を、客席に座っているお客さんの姿を見つめていました。少し離れた席からでも分かるくらいに鼻を赤らめ、瞳を滲ませていたおおたさんがどんな思いを抱いていたのかは想像することしかできませんが、それでも、少しでも我々の感謝の気持ちが伝わっていればいいなと、図々しくも思ってしまいます。


ダブル・トラブルには、たくさんの元気を貰いました。俳優さんの確かな技術、生演奏のピアノのみというシンプルながら作風にあった音楽、細部まで凝らされた演出・セット。本気で観客に笑顔を与えようとする人たちの技術の結晶とも言える作品に出会えたことが、本当に嬉しいです。

ダブル・トラブルの公演パンフレットに、この作品の脚本・作詞・作曲を行ったボブ・ウォルトン&ジム・ウォルトンから、日本の観客向けのメッセージが載せられていました。その中で、兄弟はこのようなことを述べています。

『日本の観客にメッセージをと言われた時、何を書けばいいのか分かりませんでした(中略)
どれも本心ですが、やがて私たちは気付きます―――皆さんが今このメッセージを読んでいるということは、「劇場は素晴らしくて刺激的な場所である」という私たちの真のメッセージが、皆さんにはすでに伝わっているということに。』
(※ダブル・トラブル 公演パンフレットより引用)


ウォルトン兄弟が書いた作品のメッセージを、こんな自分でも真っ直ぐに受け取れたことが、なんだかとっても嬉しいです。
観劇の楽しさ、創る人たちの熱量が直接肌に伝わる感動を思い出すような公演でした。このご時世において純粋に作品を楽しむことができて、本当に良かったと思います。
いつか再演できる日が来たらいいなぁと、心から思います。
そしてその時には、今回それぞれの事情で観ることができなかった人たち、今回の公演の感想や写真を見て興味を持った人たちと一緒に、心から作品を楽しむことができればいいなぁとも思います。


本当に、勇気と活力、それに感動を頂ける素晴らしい作品でした。
最後まで走り抜いたチームの皆さんに心からの感謝を。

そして、ジミーとボビー、ハリウッドの愉快な面々の未来が明るいものでありますように。

ここまで読んでいただきありがとうございました。
次はたぶん、MARSREDかなぁ。

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