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会社の上場と、終わりの始まり

会社が上場した。前職で多少縁のあった人物が創業した会社で、IT企業なのに開発者が一人も決まっておらず全て外注しているとの事で、誘われて入社した会社だった。僕が入社したのは創業1ヶ月後で、いわゆる初期メンバーだった。
入社後数ヶ月は非常に忙しく終電を超えることもしばしば、休みも無かった。外部ベンダーが作成したプログラムはバグだらけでまともに動作せず、最新型のPCでもよくフリーズした。僕はそれを作り直し、手懐けて、リリースにこぎつけた。

こんな激務ではあったがオフィスの雰囲気はむしろ牧歌的で、どこか高校の合宿を思い出すような雰囲気を醸し出していた。夜には皆で食事をしに行き、その後帰社してひたすらに仕事をした。納品日には皆で昼間からビールを飲み乾杯した。

そうして営業、開発、運用、保守と皆が皆の領域で全力疾走した結果、会社は上場した。初値はなかなか寄り付かず、寄った時には信じられないような金額が付いた。僕らは高級なビルの最上階でパーティーをし、名前も分からない高そうなシャンパンを飲んだ。

会社が上場すると、これまで出来なかったようなでかい仕事ができる、と社長は言っていた。確かに上場することで企業価値が認められ、いわゆるでかい仕事が舞い込んできた。しかしそれは明らかに僕たちのキャパシティを超えたものだった。
当時一番プログラミングができた同僚は開発部長に昇格し、同時に何人もの中途採用者や業務委託契約者を抱えてその仕事に望んだ。しかしピーターの法則よろしく優れたプログラマーが優れたマネージャーになるとは限らず、開発の現場は混迷を極めた。結果として同規模の企業が数年かけて稼ぐ売上をたった1年で売り上げたが、それをはるかに上回る損失を叩き出した。

売上は常に前年度更新を求められ、ハイリスク・ハイリターンな案件に手を出す。現場が管理しきれない人員が投入され、内外共にトラブルは増え、人は疲弊していく。上場維持と嵩むコストで給料は上がらない。そして株式系の掲示板ではボロクソに叩かれた。

上場企業はちゃんとしていないといけない、と管理体制が敷かれることになり規則も細かく定められた。オフィスから牧歌的な雰囲気は消え、よくある組織的でクリーンで無機質な雰囲気の組織になっていき、管理系のよく分からない人間が増えた。
そしてそんな雰囲気に疲れてしまったのか、それともストックオプションを売り切ったからなのか、創業メンバーは次々に退職していった。

結局会社は没落を続け、最後は社長まで更迭され、経営者は面識のない別の人物になった。僕はというと事業ごと他企業に譲渡され、そこで最後の始末をつけて退職した。
会社からは創業メンバーだけでなく、あの熱い時期を乗り越えたメンバーは全員いなくなっていた。中の人物は全て入れ替わり、事業も成り代わり、残ったのは法人だけだった。

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会社は嘘をつかずに社員を騙す。我々は上場を目指しています。上場すると大きな仕事ができ、君たちのストックオプションを売ればその利益を得られます。みんなで頑張りましょうと。
確かにそれは事実だが、大きな仕事は同時に大きなリスクでもあるし、ストックオプションは株価次第ではマイナスになる。ロックアップもあるからすぐには売れない。そして上場は社員の幸せのためにするのではなく、出資してもらっている株主へのエグジットとして設定されているものだから、したくてするのではなく、しないといけないのだと知ったのは随分後になってからだ。

上場なんて大して良いものではない。少なくとも社員にとっては。

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