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四コマ漫画みたいなノリで書けないかなと思い、始めたショートストーリー集です。
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2023年2月の記事一覧

バックレスト

 事の始まりは2月14日だった。 「好きです」  真っ白くなった指が、インクで擦れて汚れたアームカバーを摘んでいる。男の手には個包装されたチョコレートが収まっていた。  男は拳から両肩へと、震えを辿どるように彼女を見ている。目の前には幼気な旋毛があった。  男の薬指は光っている。俯いている彼女はそれを見つめている。通りかかる学生が彼らをちらりと見る。  ひとりの女子高生が事務員の男に縋り付いていた。 「じゃあ、1度でいいからデートしてください。映画見てお茶するだけでいい

トークボックス

 AM5:50。  僕は彼らの住所、誕生日、電話番号、本名を知らない。分かっているのはSNSのアカウント名と、LINEのID。夜明けになるといつも同じファストフード店に集まっていることぐらいだ。そして、僕同様、彼や彼女達も互いに互いを知らない。 kyoko ねえ、聞いて。 今日さ、相席屋からのクラブだったんだけど あたしと友達、男二人で4人出来上がってんのに、めっちゃ絡んでくる奴いて でもイケメンだったからホテル行ったの。 そしたらソイツ暴力団でしたww で、怖くなって今、

グッド・ナイト

商業ビルに設置された屋外用LEDビジョンには猫の部屋が映し出されている。そのビルの脇ではタクシーが止まっていて、テールランプが赤く灯り続ける。今夜は何処かで事故が起きたのだろうか。車内は静まり返っている。フロントミラー越しに肩幅の広い商社マンが腕組みをして座っている姿を、運転主は見てしまった。カーラジオが時事ニュースを提供してくれたおかげで会話のきっかけが生まれ、なんとなく漂っていた気まずさが少しだけ薄まった。タクシーの前を走る都バスの電光掲示板は誰かの最寄りのバス停が近づい

アイム・オーケー

 冬の朝をバスが走る。  最後列の真ん中に彼女は座っていて、聞き流すだけで身につくと話題になった韓国語の教材アプリを聴きながら眠っていた。彼女は春の終わりに地元の女友達二人と一緒にドラマの聖地巡礼をする予定だ。  声が小さく聞き取りずらい運転手のアナウンスが、偶然耳に入ってきた彼女は慌てて降車ボタンを押す。古びた赤紫色のランプが灯って、バスは高校の前に止まった。  校門へと続く登り坂を女子バドミントン部が走っている。それを眺めながらストップウォッチを押し、機械のように淡々と記