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四コマ漫画みたいなノリで書けないかなと思い、始めたショートストーリー集です。
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2022年12月の記事一覧

ステップ・イントゥ・インサニティ

 彼は売れない画家だ。  平日昼過ぎの電車内で彼はクロッキー帳を抱え、居眠りしているほろ酔いの中年男性を眺めながら描く。まるで縫い付けられているかのように、クロッキー帳を左手で持ち、いつもどこかしらのポケットに入っている鉛筆を手に取り、当たりを付けて輪郭を決めていく。降車駅までは、後二駅ある。  目的地に着くとクロッキー帳を閉じ、彼はホームに降りた。  風が冷たく、彼は羽織ってきたジーンズジャケットのボタンを締める。  冷凍食品工場のバイトまで、彼は公園にいることが多く、目に

ファースト・ラブ

 彼女の初恋は四歳で、相手は純白のニットだった。  忍び込んだ母親の衣装部屋で、彼女はそれと出逢った。サイズも、着こなせるスタイルも、何もかも足らなかったが、吸い寄せられるように手が伸び、気付けば指先はニットの触れていた。  小さな手でラックから一着手に取った。一目惚れだった。  だが、姿見の前に立ち、身体に当てると、それは全身を覆い隠した。最早、似合うとかそういった次元ではなかった。  もどかしくなった彼女はニットを床に放る。皺を伸ばすように丁寧になでつけながら広げるとフ

ステイン

 ドアを閉めて内側から鍵を掛けると、1k6畳の中に滞留している空気が、僅かに入り込んできた外気と混ざり合う。  外の気温は0度。部屋の中は20度前後。彼は電気を付けて、まずは買ってきた発泡酒を冷蔵庫に入れ、パソコンを起動させる。小雨で僅かに湿気を含んだコートはハンガーに掛けられた。 「ただいま」  彼がリモコンを手に取り電源を入れると、短い電子音の後にエアコンから吹き始めた風が、しんと冷えた壁に染みこみはじめた。ぬるい風と彼の溜息が混じり合って留まる。溜息を吐き出すのと同

ボディ・テンプラチャー

 駐車場に止めてある車のフロントガラスの隅に、霜が降り始めた日の明け方、ベッドのそばに置いてある丸椅子はしんと冷えていて、座面にはまだ日の光の温かさがない。  だから際立っているように感じるのだろうかと、彼は思う。  開いた股の間に置いた両方の掌は湿っていて、座面と掌の間に籠る熱は解放してくれと叫んでいるかのように熱い。 「これであなたの身体は、あなただけのものではなくなったからね」 「お―――、うん」  首の後ろから釘を刺されたように、喉の真ん中で言葉が詰まり、出てこ