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ある種の人間は楽器屋を巣立ちリサイクルショップへ向かう

いつからか普通の楽器屋さんよりもリサイクルショップで楽器を見る方が楽しくなってきている自分に気づいた。それがなぜなのか、考えてみれば納得であった。

誰かの手放した楽器には調整・修理が不可欠

一般的に、楽器は人が自らの体で弾くものであるがために、また表現のための道具であるがために、個人に合わせた調整が大なり小なり必要とされる。
とりわけ中古楽器は、元の持ち主が手放した時点で何処かしらコンディションを崩している。その持ち主好みの調整がなされていることも理由としてはあるが、そもそもメンテナンスをするほどの愛着がなくなった、あるいは持ち主が実施可能な調整代を超えて弾きづらくなったと判断したために売られた楽器だからでもある。
いずれにせよ一度他人の手に渡った楽器について、買う側はその楽器を調整・修理する必要がある。楽器屋さんだろうが、リサイクルショップだろうが、一個人だろうがこの点に違いはない。

信頼性を買いたいかどうか

ただし、名のある楽器屋さんで売られている商品は、お店としてある程度の品質保証水準まで状態を引き上げるべく調整がなされている。そしてそのための費用が商品価格に上乗せされているものだ。ちゃんとした楽器屋さんで売っている中古商品にはそれなりに信頼性があり、消費者はその信頼性にお金を払っていると言える。
裏を返せば、信頼性が不要であれば、安く中古楽器を手に入れられるということになる。リサイクルショップのような専門店以外の入手先から購入した楽器の状態を自ら調整・修理出来れば、品質保証分の費用を浮かせることができる場合がある。

そしてリサイクルショップへ

お買い得を追求するのであれば、当たり前だが大切なのは楽器の状態に対する価格の妥当性の見極めである。やること自体はきっと楽器屋さんの買取査定と同じで、楽器の状態を見て、具合の悪いところはどこか、それは修理可能な範疇か、修理にはどのくらい手間とお金がかかるのかを見積もって、商品価格と比べる。この能力が高いほど、お買い得な買い物が可能である。
私の場合は、今まで色々と楽器をいじってきて、ある程度道具も揃ってしまった。技術的に自分で調整できる範囲が解ってきて、リサイクルショップにぶら下がっているメンテナンスされていない楽器を見て、なんとなく「これは自分でなんとかなる」「これは自分ではどうしようもないな」と判断出来るようになってきた。そうなると、信頼性のあるちゃんとした楽器屋さんから買う以外の楽器の入手方法も、視野に入れて良いかと思う。

ただし、

話の流れとしてここで一旦断っておきたいが、リサイクルショップに売ってる楽器全てがお買い得かというと、そうではない。昨今は誰でもネットでちょっと調べれば大体の相場がわかってしまうため、決して楽器に詳しいわけでは無いお店であっても、特に有名なブランド物等はそれなりの価格を設定してある事が多い。
むしろ専門店未満の品質保証水準の割には、強気の価格設定が多いというのが肌感覚である。直ぐに検索でヒットするような専門店通販サイトでの価格をそのまま参考にしているのだろうか。
また、少し触ったくらいではすぐにはわからない問題を抱えた楽器も多い。そういう専門店には見られないような落とし穴が潜んでいることは確かである。

まとめ

なぜ普通の楽器屋さんよりもリサイクルショップで楽器を見る方が楽しいのかを考えてきたが、要は信頼性よりも掘り出し物を発見する楽しみを求めているからだ。
楽器屋さんは、普通のものを普通の値段で売っている場所。
リサイクルショップは、ハズレも多くあるが掘り出し物も隠れている場所。
そういった認識が私の中で形成されつつある。
お買い得を狙った買い物には、見積もりを誤ったり、修理に失敗したりするリスクがもちろんあって、私自身もまだまだ危うい場面はある。しかし楽器をいじくる事自体に楽しさを感じる自分のような人間にとっては、中古楽器を安く買って自分で直すようなやり方は、一石二鳥で丁度よい買い物の仕方だと思う。

楽器いじりから抜け出せなくなるやつ

さらに言えば、演奏という楽器本来の目的を抜きにして、楽器をいじくりまわすだけで私にとっては趣味として立派に成り立つ気がする。楽器いじりに時間をかけすぎて、演奏の練習しないで何やってんだろう…と思うこともしばしばだが、悲しいかな、練習よりもよほどこの手の作業のほうが集中出来る。
逆に言えば、それほどの熱量がないのであれば、率直に専門店でお墨付きの楽器を購入したほうが幸せだと思う。調整のための道具を買うにもお金はかかるし、作業には手間はかかるし、知識もいる。前述の通り失敗のリスクもある。楽器の練習と同じで、その過程を楽しめないのであれば、挑戦する意味はない。

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