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Hayato Sumino in Singapore

「しあわせの調」が音楽にあるとすれば、そのひとつがFメジャーかもしれないと思いながら日々を過ごしている今日この頃。(個人の感想です)

日本から南西へ5300キロに位置する都市国家シンガポールにて角野氏のリサイタルが開かれたので足を運んできた。現地までは飛行機で7時間。いかんせん私は実は飛行機が少し苦手笑
それでもチケットへと触手が動いたのは他でもないそのプログラムの魅力ゆえだった。

バッハのコンチェルト第1楽章ではこれから始まる楽しく喜びに満ちた音楽の時間を祝うかのような響きで会場からの拍手を誘い、より深く曲の世界を描出した第2楽章ではアップライトとグランドピアノを巧みに使い分けた。
第3楽章ではリールに公開されているテンポよりも速くキレがあり迫力に圧倒された。

角野氏の演奏にはいつでも新鮮な発見と驚きがあると思っているが今回のコンサートも例に漏れず苦手な飛行機に乗ってまで笑、行ってよかったので少し記録することにする。

バッハを高らかに歌った後には今回のプログラムの中でも特に楽しみにしていたショパンのマズルカ風ロンド。
チケット発売時には確か、この曲の代わりにスケルツォ第1番が予定されていたように記憶しているが、変更があったようだ。
一層煌めきを増した氏の高音部の美しさと、ショパンの音楽そのものの美しさとの出会いは会場を幸せで包み込む。

次いで演奏されたバラード第2番の語り方も、もうコンクール当時の表現から(当時は当時でとても素晴らしかった!)何度も脱皮を繰り返したような説得力があった。特にアジタートからの凄みというか、狂気というか。Ax氏に今こそ聴いてほしい!

魂を剥き出しにしたような覇気すら感じるバラードの演奏からそのまま紡がれたのはノクターン48−1。
48−1は他のショパンの作品と比べてあまり繰り返し鑑賞することがなかった曲だったが、この時の演奏を聴きショパンを知る重要なピースの一つとして大切に聴いていきたい曲に変わった。

真っ直ぐな、しかし即興性に溢れ角野氏らしさが随所に散りばめられたショパン作品の後に用意されていたのがバラード第2番のリコンポーズである追憶。
この曲ほど、聴くたびに表情が変わる曲は珍しいのではなかろうか。リリース当時はとてもフラジャイルに聴こえていた1曲だったが、リリースから2年経った今でもいまだに聴くときのTPOによって姿を変える不思議な魅力を放つ1曲。

他方で同じくショパンエチュード10-1をリコンポーズした胎動は、聴くほどに"確かさ"や"生"に向かうエネルギーが増しているように感じた。

ここまでがプログラムの前半だが、冒頭のバッハから胎動までの演奏で既に例えようのない充足感を味わった。もちろんそれを感じていたのは私だけでなく、会場のリスナーの熱量もどんどん上がるのがわかった。

20分の休憩を挟み後半で先ず演奏されたのはカプースチンのエチュード。公式には2019のパリ公演からカプースチンを演奏してきた氏の今のカプースチンのロマンの部分を目の当たりにできたのは、貴重な体験だった。2019当時の若き角野氏のカプースチンはどんなだったろう。そんな事に想いを馳せるのも一興。今でもお若いけれど。インテルメッツォが特に私のお気に入り。

思わず踊りたくなってしまうほどノリノリのカプースチンの後に準備されていたのは自作曲のかすみ草とノクターン。

小さな生命がそっと芽吹いていく様が目に浮かぶような、母性を孕んだ優しく温かなかすみ草。この日は特別に日本から聴きにいらしていたお母様の為に演奏された。
ノクターンはトリロジーだそうだが、今回演奏されたのはその中の2曲目であるAfter Dawn。氏が生来持ち合わせている(藤岡幸夫氏のお墨付きでもある)音色の美しさがひときわ際立つ1曲が静かに心をうるおしてゆく。

ここまでのプログラムだけでも十分物語性に富んでいたが、ラストの2曲で更に物語は核心へ。自身で編曲した千と千尋の神隠しの劇伴により日本のカルチャーが今でもこうして世界に伝わり続けるのは素晴らしいし、今後も氏のキャリアにおいて重要なレパートリーの一つになりそうな独奏のボレロの熱量は優に国境も言語もこえてリスナーの心に直接驚きと感動を与えていた。

実は時代を旅するのって想像力さえあればとても自由なのかもしれない。(バッハは1865年生まれ、Suminoは1995年生まれ)

真っ直ぐに鳴らされた氏の音楽に呼応するような客席からの熱い喝采に応え演奏された、氏の名刺代わりのようなきらきら星変奏曲が始まると会場からつい笑いが起きるのは世界共通なのだろう笑
しかもこの日は贅沢にもダブルアンコールまで。英雄ポロネーズの最初の和音を聴いて不覚にも一気にボロ泣きしてしまう。
氏の生演奏を私が聴きに行く理由の決定打になった曲が、他でもないこのポロネーズの録音(HAYATOSM、2020)だったので、なんだか色々と感情が込み上げてしまって滞在先までの帰り道を間違えそうになる笑(間違えませんでしたが)

以上とても1回のコンサートでの音楽体験とは思えない充実のプログラムと演奏で一生モノの思い出となった初夏の1日。角野さんまたシンガポールに行ってください。そしてまた世界のどこかでわたしは角野さんの音楽と出会いたいです。

2024年6月29日 (土) 19:30
シンガポール: Esplanade Concert Hall

プログラム
J.S. Bach: Italian Concerto in F major BWV 971
Chopin: Rondo à la mazur in F major, Op. 5
Chopin: Ballade No.2 in F major, Op. 38
Chopin: Nocturne Op.48 No.1 in C Minor
Sumino: 2 Pieces of Chopin’s Recompositions
Recollection / New Birth
Kapustin : 8 Concert Etudes Op.40 No.1,2,3,7,8
Sumino: Baby’s breath
Sumino: Nocturne
Joe Hisaishi: Spirited Away Suite
Ravel: Boléro (Arr. Sumino)


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