#4
報告です。
マガジンを作りました。
タイトルは、『おもしろエッセイ』です。
これは、私が書くエッセイが面白いから、という意味ではなく、面白いエッセイを書いてやるぞ、という決意表明になります。
「面白いエッセイを書くぞ」と意識することで、そのための情報を脳が認識することを狙いました。
頑張っていきます。
以上、報告は終わりです。
では、本題に入りますが、実は私、vtuberになりたいんですよね。
シンプルに楽しそうなのもそうですが、vtuberの、あの、三次元の人間が二次元のキャラクターになる、という概念が面白すぎて。
なんていうか、好き、って感じちゃうんです。
そこで、思ったんですが、vtuberってバカが多いですよね。なんていうか、明らかに私よりバカだなって感じるvtuberの方は結構います。
でも、その方々をバカにしている訳ではなくて、むしろ凄いなと思うんです。
バカにされるのも、一種の職能ですよね。
笑うこととバカにすることは、結構同じなんじゃないかと、最近思います。
例えば、NONSTYLEの井上さんなんかは、そんなに顔が良くないナルシスト振りを石田さんがバカにすることで、客の笑いを得ていますよね。
バカにできる。
下に見ることができる。
これは、笑いを得る上で、最低限必要なことなんじゃないかと、私は思いました。
それで、話を戻すんですけど、面白いvtuberはこのバカにされる、というのが凄く上手いんですよ。
というより、バカにできる雰囲気を作るのが上手い。だから、安心して笑い者にすることができる。
これは、本当に凄いことだと私は思うんです。 バカにされるのって、結構自尊心が傷つきますよね。
私なんかは、子供の頃に、やんちゃグループに遊びのネタにされて揶揄われたことがあるんですけど、その時は本当に嫌すぎて、いかにつまらなくしてやろうかと、心血を注いだ記憶があります。
人にバカにされても、自己評価が傷つかない。
むしろ、狙い通りだとほくそ笑める。
だから、自分からバカにされる道化師になれる。
vtuberやお笑い芸人は、そういう人じゃないと厳しそうです。メンタルやられそう。
もしかしたら、真に自己評価の高い人は、いかに周囲からバカにされるか、下に置かれるかを意識して生きてそうですね。
不特定多数の他人に認められるより、不特定多数を敵に回さないように、知られないようにしている、みたいな。
だから、僕もそういうvtuberになりたいんです。
教養が深くて、登録者数のおよそ99パーセントの人間より賢くて、優しく勇気があるけど、ファンの人達にはバカだと笑われている。
そういうvtuberに、私はなりたい。
それで、たまに、道化師が王を諌めるように、サラッと心に刺さる言葉を言いたい。
長くなってきたので、具体的なvtuber像は、また次の記事で語ろうと思います。
それでは、また。
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