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厄病神の宇宙船には負けられない   銀河フェニックス物語 原作大賞応募作品 

厄病神の宇宙船って、本当にあるんです。

先輩たちから聞かされました。その船『フェニックス号』で仕事に出かけると、禍が降りかかり契約が結ばれなくなってしまうと。

あれは初出張の時でした。
取引先の目の前でクーデターによる銃撃戦が起きたんです。契約どころではなくなってしまいました。

その一週間後には、宿泊したホテルが爆破されました。
テロリストによる爆弾テロでした。命からがら逃げ帰りました。

さらにわたしはハイジャックにも巻き込まれたんですよ。

これだけ聞いても、厄病神はいないと、あなた、言い切れますか?

* *

「およ、ティリーさん奇遇だね。また一緒に仕事ができるたぁ、うれしいねぇ」

 おちゃらけたこの人が厄病神のレイター・フェニックス。髪の毛はぼさぼさ、ネクタイはゆるゆる、だらしない格好をした操縦士兼ボディガード。
「わたしは、全然っ、うれしくないんですけど」
 全身の力を込めて否定する。
「ガキってのは愛情表現がゆがむんだよな」
「ガキって言わないでください」
「だって、あんた、十六歳だろ」
「アンタレスでは成人なんです!」
 厄病神はすぐにわたしを子ども扱いする。

 田舎星系から出てきて大手宇宙船メーカーのクロノス社に就職できたのはよかったけれど、わたしの営業成績は良くない。元凶は厄病神だ。二度と乗りたくない、と思っていたのに。配船係が指定したのはフェニックス号だった。
 これ以上厄病神のジンクスに負けるわけにはいかない。

「とにかく、厄病神を発動させないでください」
「だから、俺のせいじゃねぇって」
「じゃあ、誰のせいなのよ」
「さあな。でも、今回は何も起きねぇから大丈夫さ」
 レイターは自信ありげに笑った。

* *

俺はクロノス社じゃ『厄病神』と呼ばれている。
別に俺はそんな神さまじゃねぇ。クロノス社に内緒で、とある仕事をしてるだけ。
ことしの新入社員のティリーさんは、真面目で一生懸命で必死に背伸びをしているところが、とにかくかわいい。
ただ、運が悪い。

* *

 不安だけれどがんばらなくては。ティリーは自分に活を入れた。
 お客さまのとのアポイントは休日の午後一時。宇宙空港に停めたフェニックス号からレイターが運転するエアカーで、ご自宅へと向かう。

「スーツ、新しいじゃん」
 運転席のレイターがわたしを見た。今回の出張のために大人っぽいスーツを新調した。実は先日、お客様に学生アルバイトと間違えられてしまったのだ。
「どうせ似合わない、って言いたいんでしょ」
「うんにゃ、いいぜ。あんたの瞳と色があってる。きれいだ」
 きれい、と言われて思わず顔が赤くなる。厄病神は女たらしだ。歯の浮くようなことを平気で口にする。わかっているけど、やっぱりうれしい。
「そ、そうかな」
「ああ、こんなきれいな生地は、見たことねぇよ」
 生地。そうよね。レイターがにやりと笑った。浮かれた自分が馬鹿みたいだ。

 新興住宅地にあるハワードさんの家の前に到着した。
「じゃ、二時に迎えに来るから」
 運転席から降りずにレイターが言った。いつもはボディガードとして部屋までついてくるのに。
「どこか行くの?」
「愛しい人んところ」
 そのにやけた顔を見たら苛立った。
 厄病神のことを女性社員がかっこいいと噂しているのを聞いたことがある。プライベートではもてるらしい。
「ああそうですか、どうぞご自由に」
 ドアを思いっきり閉めて、少しだけ不安になる。
 クーデターの時も、テロの時も、ハイジャックの時もレイターはわたしを守ってくれた。
 彼自身は怪我をしても、わたしはかすり傷一つ負わなかった。どんな危険な現場からも帰ってくることから不死身と噂されている。ボディガードとして優秀なのは認めざるを得ない。

 いやいや、何を弱気になっている。わたしは首を左右に振った。一人で大丈夫。こんな住宅地で何も起きるわけがない。
 厄病神が近くにいなければ、仕事はきっとうまくいく。入念に準備してきたのだ。

* *

 レイターはエアカーのハンドルを握り直した。さて、俺もお仕事だぜ。
 十五分ほどエアカーを走らせる。
 中心街のはずれ、大通り沿いに雑居ビルが立ち並ぶエリアに到着した。裏に入り細い路地の前で張る。無線で連絡を入れる。
「着いたぞ」
「時間通りだな。こちらはヒトサンサンマルに表から突入する」
「あいよ」
 あと三分か。
 小汚いビルを見上げる。

 俺は銀河連邦軍の特命諜報部の仕事を極秘に請け負っている。
 隣の銀河のアリオロン同盟と連邦は現在戦争中だ。といっても実際の戦闘は辺境の前線だけで、ほとんどが情報戦。俺のようなスパイが暗躍し「見えない戦争」って呼ばれてる。

 とにかく、ティリーさんは運が悪いんだよ。
 彼女の初めての出張先では、クーデターを利用して同盟への加盟を阻止するのが裏の仕事だった。
 その翌週はテログループの武器庫摘発。
 それから、アリオロンへ亡命しようとハイジャックした奴らを止めたのも俺のお仕事だ。
 俺の危険な任務の時に、たまたまティリーさんがフェニックス号に乗ってくる。文句は俺じゃなくて、あんたの上司か配船係に言ってくれ。

 でも、きょうは大丈夫。ティリーさんに迷惑はかからねぇ。

* *

「こちらをご確認ください」
 お客さまのハワードさんは三十代前半の男性。ご自宅のリビングでわたしは小型機の見積書をお見せした。上司に掛け合い、苦労して御予算内に収めたものだ。
「ふむふむ。いいね」
 反応はいい。ここでもう一押しする。
「こちらのシートカーバもオプションでお付けできます。限定デザインですが、いかがでしょうか?」
 明るい見本を3Dビジョンで広げる。人気のテキスタイル作家のシートが選べて女性客の満足度が高いキャンペーンだ。
「おしゃれだね。妻が喜びそうだ。きょうは休日出勤で出かけていてね」
 写真立てに結婚式の写真が飾ってあった。新婚さんというのはリサーチ済みだ。
「きれいな方ですね。どのシートもお似合いですよ」
 ハワードさんがにっこりと笑った。
「そうだね、この船に決めた。シートの柄をどれにするか、彼女が帰ってきたら相談してみるよ」
 やったぁ。心の中でガッツポーズをした。丁寧な仕事に結果はついてくる。
「こちらが契約書になります」 
「後でサインして送ればいいんだね」
「はい。よろしくお願いいたします」
 厄病神に負けてばかりじゃいられない。わたしだってちゃんと契約が取れるのだ。

* *

 連邦軍特命諜報部を指揮しているのは将軍家の跡取りアーサー・トライムス少佐だ。

 搬出用の箱を準備した家宅捜索隊が大通りの歩道に列を作っていた。これから雑居ビルの五階に入っている中堅商社へガサ入れに入る。

* *

 十三時半、時間だ。始まったな。
 レイターが耳に着けた無線から隊員の足音が響く。ビルの五階が目的の商社だ。アリオロン同盟へ武器転用可能な物品を販売していた不正輸出防止法違反の疑いが持たれている。

 ドンドンドン。
 ドアをノックする音。

「な、何だ君たちは?」
 年配の男の声。社長だな。
 アーサーが低い声で令状を読み上げる。
「こちらは連邦軍特命諜報部です。動かないでください。不正輸出防止法違反の罪で捜索令状が出ています。こちらの会社にある情報コンピューターと資料を押収します。立ち合いをお願いします」

 社長らが抵抗している様子はない。
 とはいえ、素直に応じているようで、そうとも限らねぇから俺がここにいる。
 静かに待つ。

 ほら、来た。
 ビルの裏口から若い女性が飛び出してきた。結構美人だ。
「はぁい」
 俺は手を振る。女性は驚いた顔をした。

 アーサーたちは制服やぴしっと決めたスーツ姿で突入した。
 一方、俺は、ネクタイの緩んだ不良サラリーマンという格好。敵か味方か判断しかねてる顔だ。大事に抱えたカバンの中にアリオロンとの取引資料が入っているとみた。
「そのカバン、渡してくれねぇかな」 
「い、嫌です」
 社長に「隠せ」と指示されたんだろうな。

 と、その時、 
 俺は冷たい気配を背中に感じた。
 カバンを持つ女性の手を引いてビルの陰へ飛び込む。

 ビュッツ。

 背後からレーザー弾が飛んできた。間一髪よける。

 近づいてくるエアカーから銃がのぞいている。
 赤いスカーフで顔を隠した男。あいつか、撃ってきたのは。

 と、バチン。左頬に痛みが走った。

 油断した。女性に平手で殴られた。
「放して!」
「ごめんよ、お嬢さん。俺もこのカバンに用があるんだ」 

 スカーフの男が俺たちに銃を向けながらエアカーから降りてきた。
「カバンを渡してもらおうか」
「す、すぐに、渡します」 
 赤いスカーフがカバンを渡す目印ということのようだ。

 かわいそうに、カバンを持つ彼女の手が震えている。その手を俺の右手が握っている。
 簡単にカバンを渡すわけにはいかねぇな。

 アーサーは何と言ってたっけ。一般人は殺すな、か。
 銃を持ってたら一般人じゃねぇだろ。

 俺は左手で銃を抜いた。
 スカーフ男が引き金を引こうとする。

 悪いね。俺はボディーガード協会のランク3A。速撃ち試験もトップ通過してんだよ。

 バシュッツ。
 相手が撃つ前に撃つ。

 男の身体が倒れた。

 バタバタバタバタ……。
 複数の足音が聞こえ、捜索隊員たちが集まってきた。
「証拠隠滅罪で現行犯逮捕します」
 アーサーは俺が握っていた美人さんの手に手錠をかけ、カバンを押収した。

「一般人は殺してねぇからな」
 スカーフ男の急所ははずしておいた。
 時間を確認する。おっと、一時四十五分か。

「協力感謝する」
 というアーサーに念を押す。
「休日の呼び出し手当は五割増だぜ」
 アーサーは首を傾げた。
「きょうはもともと表の仕事なんだろ。休日手当には該当しないんじゃないか?」
「何言ってやがる」
「冗談だ」

 こんな奴に構ってらんねぇ、俺はエアカーに飛び乗った。

 ティリーさんのもとへと急がねえと。これ以上迷惑かけると嫌われちまうからな。

* *

 午後二時、時間通りにレイターが運転するエアカーが戻ってきた。
 わたしはいい気分で助手席に座った。

「ご機嫌だねぇ」
 レイターがわたしに声をかける。
「ふふふ、契約取れたの」

「俺が言った通り、何も起きなかっただろ。よかったじゃん」
 レイターはいい声をしている。安心感にほっとする。
「うん、ありがとう」
 ふとレイターの横顔を見て違和感を感じた。左頬が赤く腫れている。
「頬っぺ、どうしたの?」
 レイターが左手をハンドルから放し頬をさすりながら言った。

「あん? ああ、美人にはたかれた」
「は?」
「あそこで男が来るとは思わなかったな」
「あなた、一体、何してたのよ?」
「修羅場をくぐりぬけてきたんだ」
 そう言ってにやりと笑った。

 まったくこの人は何をやっているんだか。
 愛しい人のところ、って浮気現場だったわけ? 厄病神は女たらしだ。
 気になる。
 いや、気にしない。わたしには関係ない。やっと厄病神に負けずに契約が取れたのだ。

 意気揚々と本社へ帰る途中のことだった。

 フェニックス号でニュースを見ていたレイターとわたしは驚いて顔を見合わせた。
『アリオロンへの不正輸出の資料を隠そうとしたとして、証拠隠滅の容疑で特命諜報部に逮捕されたのは、アン・ハワード容疑者29歳です』
 手錠を付けて連行されるその女性に見覚えがある。ハワードさんの結婚式の写真に写っていた新婦。
 レイターが左頬をなでながらつぶやいた。
「あの美人が……」
「あなた、ハワードさんの妻と知り合いなの?」
「い、いや、美人だなと思って」
 何か隠しているようだけれど、そんなことにかまっている余裕はない。あわててハワードさんに連絡を入れる。
 つながらない。ご自宅にも家宅捜索が入っているらしい。
 しばらくしてサインの入っていない契約書が送り返されてきた。今回は購入を見送りたいというメッセージとともに。
 あああ、『厄病神』恐るべし。

 レイターに文句を言わずにいられない。
「今回は何も起きない、って言ったわよね」
「う~ん、だから、今回は俺のせいじゃねぇんだよ」
 厄病神が珍しく申し訳なさそうに眉間にしわを寄せている。
「今回は、って何なのよ。毎回じゃないの」
 わかっている。レイターのせいじゃない。でも、叫ばずにはいられない。 
「不死身の厄病神なんて最低よっ!」
 レイターは反論もせずあきらめた顔で天を仰いだ。      (おしまい)


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