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永世中立星の叛乱 (第1話)    銀河フェニックス物語<出会い編>    原作大賞応募作品

 ティリーが取引先のビルから表に出ると、朝の風景とは一変していた。
「ど、どうしてこんなことに?」

 思わず息を呑む。
 路上を占拠した学生たちが連なって座り込み、プラカードを掲げて叫んでいた。
「王室の独裁反対!」
「議会を開催しろ!」
 その向こうに、盾を構えた警官隊が整列していた。こちらへ銃口を向けている。信じられない。
 宇宙船の検査を依頼するために訪れたこの星で、一体何が起きているのか。
「疫病神が発動したの?」
 隣に立つレイターは平然とした顔で肩をすくめた。
「俺のせいじゃねぇよ」

 じゃあ誰のせいだと言うのだろう。

 パーン!

 破裂音とともに空気が白く染まった。それがまるで運動会の合図のように学生たちが次々と立ち上がる。先頭の列が、警官隊と衝突した。
 学生たちが石を投げつける。
 ダダダダダッツ。
 耳をつんざく発砲音が響いた。
 学生たちが引きずられ、拘束されていく。
 これってニュースの中の出来事じゃないの? 現実感はないのに、鼻を突く火薬の匂いがバーチャルではないことを示している。わたしの初出張どうなっちゃうのよ?

「防弾仕様だから」
 とレイターが自分の上着をわたしにかけ、手を引いた。

* *

 さかのぼること五日前。

 空間モニターに映るまっさらな今週のカレンダーを見ながら、ティリーは自席でため息をついていた。
 父親の反対を押し切って田舎星系のアンタレスからソラ系へ出てきて一か月。業界トップの宇宙船メーカー『クロノス社』へ就職できたのはよかったものの、アポイント一つ取れない自分が情けない。
 いつものように新規顧客リストと通信機をつなげる。

 営業部内の空気が慌ただしい。普段は外回りに出ているトップセールスマンのフレッド先輩の姿があった。
「誰か、空いてる人はいないか?」
 どうやらトラブルがあったようだ。
『成約率百パーセント』の異名がある先輩は、ビジネス誌のモデルのようだ。栗毛色の髪の毛は乱れ一つない。ストライプの入った三つ揃いのスーツは見るからにお値段もお高そう。

 先輩のカレンダーはわたしと違って契約締結の予定がびっしり詰まっているに違いない。
 先輩が足早に近づいてきた。
「ティリー君、突然で申し訳ないが、僕とラールシータへ出張することになった。アシスタントをお願いしたい」
「は、はい」
 はじかれたように立ち上がる。出張に出るのは初めてだ。
「二時間後に社内駐機場の星系外用ポートで落ち合おう。資料を送ったから確認しておくように。詳細は行きながら伝える」 
「わかりました」
 小さくガッツポーズする。カレンダーに予定が入った。しかも、有能な先輩と一緒の仕事。渡りに船だ。浮かれるわたしに先輩は冷水をかけるようなことを伝えた。
「船はフェニックス号だ。じゃ、後ほど」
「え?」
 茫然と先輩の後ろ姿を見つめるわたしに、隣の席から同期のベルが声をかけた。
「フェニックス号って『厄病神』の船じゃん」

 新入社員のわたしだって知っている。その船で出かけると禍が降りかかり契約が成立しない、というジンクスを。ベルがわたしの肩を軽くたたく。
「船は『厄病神』だけど、フレッド先輩と一緒に出張なんてティリーがうらやましいよ。『成約率百パーセント』が勝つか、『厄病神』が勝つか見ものだね」
 ベルは呑気なことを言っている。厄病神に勝ってもらっては困るのだ。

 星系外用のポートには宇宙船がズラリと並んでいた。
 銀色のボディに『フェニックス号』と書かれた五十メートル級中型船を見つけた。珍しいことにこの厄病神の船、うちの社の宇宙船じゃない。普通ならクロノス製の船で出かけるのに。
 『厄病神』がフリーランスの操縦士、兼ボディガードとは聞いているけれど。

 船の前でフレッド先輩にあらためて挨拶する。
「出張は初めてです。ご指導よろしくお願いします」
「ティリー君、みだしなみは大切だよ “服は心を映す鏡”だからね」
 と言って先輩は前髪を整えた。
「はい」
 元気よく返事をして心配になる。わたしが着ているのは学生時代に買った何の特徴も無いスーツだった。

 船の入り口に立つと、自動でドアが開いた。と、そこに背の高い『厄病神』が立っていた。

「おいフレッド、辺境まで三日で行きてぇなら先に言えよ。あんた何年この仕事やってんだよ」
 随分と柄の悪い人だ。
「僕だって君の船に乗りたい訳じゃない。だが、この船なら間に合うと配船係が判断したんだ。仕方ないだろう」
「ふむ。ま、そうだな。なんと言っても俺は『銀河一の操縦士』だからな」

 ぼさぼさの金髪。シャツは第二ボタンまではだけて、ネクタイはゆるゆるだ。”服は心を映す鏡”というフレッド先輩の言葉を借りると、『厄病神』からはだらしなさがにじみ出ている。

 彼は目を細めてわたしを見た。
「およ、かわいい学生さん。ハイスクールの制服が似合ってるねぇ」
 『厄病神』は軽薄そうにわたしの手を握った。
「違います。失礼じゃないですか!」

 思いっきり手を振り払う。『厄病神』がにやりと笑った。
「冗談だよ。新人のティリー・マイルドさん。十六歳なんだって? 俺はレイター・フェニックス。ようこそフェニックス号へ」
 第一印象からして最悪。さすが『厄病神』だ。
 アンタレス人は十六歳で成人するけれど、ソラ系ではほとんどがハイスクールの学生だ。先日もお客様からアルバイトの学生と間違えられたばかりだ。出張とわかっていれば、もうちょっと大人っぽいスーツを着てきたのに。”服は心を映す鏡”と言う言葉がわが身に降りかかってきた。

 気が付いた時には窓の外に宇宙空間が広がっていた。引力圏を抜けるアナウンスも何もなかった。一体この船の操縦はどうなっているのか。

 船のリビングへ顔を出すとフレッド先輩とレイターさんがソファーに座っていた。随分と変わった船だ。操縦席とリビングやキッチンがワンルームでつながっている。
 レイターさんがわたしに話しかけてきた。
「お嬢さん、出張先のラールシータってどんな星か知ってる?」
 さっき大急ぎで資料を読み込んだ。
「高重力の巨大惑星です。10Gという重力を利用した製品の生産や、実験、検査が主な産業です」
「よく、お勉強してるねぇ。で、何しに行くんだい?」
 仕事を理解していることをアピールするため、フレッド先輩に聞こえるように答える。
「宇宙船の高重力耐久検査をする会社があるので、そこに、来期の予約をお願いに行くんです」
「ふ〜ん。そんなの通信で頼めばいいじゃん」
「通信では断られたんです」
 長年にわたってうちの宇宙船の高重力負荷検査を請け負ってきたガーディア社から、突然来期から受けられないという連絡が入ったのだ。
「なんで?」
「それがわからないから、直接聞きに行くんですよ。値上げ要求かも知れませんし」
 軽く答えてフレッド先輩を見ると、思いのほか怖い顔をしていた。
「いいかい、ティリー君。君も知っていると思うが、ラールシータの高重力検査に合格していることは高級船の常識なんだ。検査できないとなったら、これは、全社の売り上げに大きく関わる問題なんだよ。気を引き締めて頼むよ」
 先輩は全社という言葉に力を込めた。思った以上に責任重大だ。わたしは、うわずった声で応じた。
「は、はいっ、がんばります!」
 今回、有能な先輩とペアを組むことになったのは、たまたまわたししかスケジュールが空いていなかったからだ。恐縮するわたしを見て厄病神が笑った。
「初出張だからって力入りすぎ。仕事なんてなるようにしか、なんねぇんだから」
「レイター、なるようにすることが僕たちの仕事だ。とにかく君に頼むことは一つだけだ。厄病神を発動させないでくれ」
 レイターさんは肩をすくめた。 
「俺はなんもしてねぇ、っつうの」
 厄病神と言うと暗いイメージがあるのだけど、レイターさんは陽気でおしゃべり、というか要は軽いお調子者だった。
「レイターさんは…」
「レイターでいいよ。ティリーさん」

「じゃあわたしもティリーでいいです」
「あんた一応女子だろ?」
 一応と言うのがひっかかるけど頷く。
「ええ」
「俺はさあ、世界中の女性を尊敬してんのよ。ガキも含めて。だから敬称さ。俺、何て呼ばれてるか知ってる?」
 ガキも含めてという言葉にカチンときた。
「女好きの厄病神ですか」
「ノンノン、教えてやるよ。『銀河一の操縦士』さ」
 と言って厄病神らしからぬさわやかな笑顔を見せた。

 惑星ラールシータが近づいてきた。
 操縦席前のフロントウィンドウから赤茶けた巨大惑星が目視で確認できる。

 恒星になっていても不思議じゃない大きさだ。この星の重力は10Gで本来ホモサピエンスは生きていけない。
 ところどころに見える巨大な白い半球がドーム状の重力制御フィールドだ。その中は重力制御装置でソラ系基本重力の1Gにコントロールされている。
 ガイドブックには高重力圏の出入りには衝撃がかかるため注意するよう書かれていた。
 操縦席のレイターが管制官とやりとりをしながら船を進めている。シートベルトを付けないと危険なのにアナウンスもしない。随分いい加減な操縦士だ。重力フィールドが目の前に迫っている。
 あわててシートベルトを付ける。
「ほい、1Gに入ったよん」
 顔を上げてフロントガラスを見ると、円形の街並みが目に入った。
 衝撃に備えて緊張していたのに、拍子抜けする。レイターがわたしのシートベルトを見ながら笑った。
「お嬢さんは真面目だなぁ。言ったろ、俺は『銀河一の操縦士』だぜ」

 一棟だけ高層の建造物がそびえ立っているのが上空から見える。
「あれが『神殿』さ」
 『神殿』を中心にコンパスで円を描くように街が広がっていた。
「あそこに重力制御装置があるんですね」
 この星は重力を別のエネルギーに変換し資源として活用している。神殿が倒れたらどうなるのだろう。ちらりと頭に浮かんだ疑問は、口にするのも怖い気がした。

 フレッド先輩はホテルを予約していたけれど、新人のわたしはこのままフェニックス号に泊まることにした。この船、思った以上に居心地がいい。
 先輩をホテルへ送りがてら街で食事をすることになった。
 出がけにレイターが手にしているものを見て身体が固まる。手のひらサイズのレーザー銃だ。生まれて初めて見た。
「それ、本物なの?」
「あん? お子さまは、おもちゃの銃で遊びたかったかい?」
 レイターはにやりと笑った。
「違います」
 レイターは手慣れた様子で銃をスーツパンツのポケットにしまった。
 わたしの故郷アンタレスは銃の所持が禁止されている。だから、本物の銃なんてこれまで見たことがない。
 レイターはわたしたちのボディガードだ。銃の免許も持っているだろうし、違法でも何でもないのだろうけれど。こんなに身近なところに銃があるなんて落ち着かなかった。

 ラールシータの街並みは横に長いという印象だ。というのも三階建てより高いビルがない。どこからでも『神殿』がよく見えた。
 街の至る所に白髪に白いひげが特徴的な男性の肖像画が飾られ、やたらと目に付く。

 ラールシータを統治する教皇ラール八世。
 この星の人たちは一神教のラール信教を崇めていて、トップに立つ教皇は『神殿』で重力制御装置の管理をしている。ラール王室が独裁体制を敷いているラールシータは、政治と経済と宗教が一体化しているのだ。 

 繁華街の歩行者ロードを歩くと見慣れた看板を見つけた。会社の近くにもあるレストランのチェーン店。銀河連邦資本のお店だ。

 その隣にもチェーン店っぼい作りのお店があった。
 読めない文字の看板の横に『アリオロン料理のお店』と連邦共通語が浮かんでいる。敵であるアリオロン同盟のレストランだ。
 アリオロン同盟はわたしたちが所属するソラ系銀河連邦と宇宙三世紀に渡って戦争中だ。
 だからわたしはアリオロン人に会ったこともないし、アリオロン料理を食べたこともない。戦争と言っても、戦闘が起きているのは前線の星系だけで実感はない。学校では「見えない戦争」と習った。

 敵同士のレストランが並んでいるのは、永世中立星ならではの光景だ。ここラールシータは門外不出の重力制御の技術を売り物として連邦とも同盟とも取引をしている。

「へぇ、懐かしいな。アリオロンじゃ有名なチェーン店だぜ。敵国に入ってみるか」
 レイターったら大きな声で敵国とか言わないで欲しい。こんな機会でもなければアリオロン料理は食べられないから興味はある。

 店内にも額縁に入ったラール八世の肖像画が掲げられていた。
「ラールの御心のままに」
 かわいい制服を着たわたしと同じくらいの年齢の少女が笑顔で迎えた。見るからにアルバイト学生だ。レイターがうれしそうに応じる。
「お嬢さん、かわいいね。三人の席頼むよ。そのパールリップよく似合ってるなぁ、新色だろ」
「ありがとうございます」
 少女は恥ずかしそうに笑った。軽いノリはまるでナンパだ。女好きの厄病神は何をしに出張へ来ているのか。

 案内され道路に面した窓側の席にわたしとフレッド先輩が向かい合って座る。
「やっぱ、ガキでも女子の隣がいいな」
 とわたしの隣にレイターが座った。いちいち失礼な人だ。店内は聞き慣れない言葉があふれている。アリオロン語だろうか。

 銀河共通語の3Dメニューを開く。お値段は連邦のチェーン店に近くお手頃な感じだ。料理の映像がポップアップする。知らない料理名からはどんな味か想像がつかない。
「やっぱ名物のチャダムは食べた方がいいぜ。この辺は辛い奴。ま、ソラ系の食いもんとそんなに変わんねぇけど」
 レイターの説明を聞いて、チャダムの注文ボタンをタッチした。

 学校で習ったことを思い出す。
 銀河連邦の中心である地球人とアリオロン人は異なる銀河で生まれたのに、偶然にも同じ人種なのだ。
 だったら仲良くすればいいのに、と異なる種族であるアンタレス人のわたしは思うのだけど「似ているからこそ争うのだ」と社会科の先生は教えてくれた。 

 熱々のお皿に入ったレイターおすすめのチャダムを口にする。おいしいけれど、これはどう食べても普通のトマトシチューだった。
「ティリー君には、報告書の作成をお願いしたい。君は数字に強いから大丈夫だと思うが、先方とのやり取りは正確に記録すること」
「はい」
「それから、高重力検査の様子を見学させてもらうことになっているから、交渉に使えそうなことがないか、注意深く見ておいてくれたまえ」

 わたしたちが仕事の打ち合わせをする横で、レイターはアルバイトの少女と楽しそうだ。おそらくアリオロン語で会話している。レイターがわたしにウインクした。
「彼女はアリオロン移民三世なんだってさ」
 レイターは「これ、うまいね」「おかわり欲しいな」と次から次へと注文し平らげていた。細身に見えるのに随分と大食いだ。

 一通り食べ終わるとレイターは会計表示を見ながら言った。
「さて、税込み1万5,704リルです。一人いくら払えばいいでしょう?」
 大半はレイターが食べた分だ。わたしはすぐに答えた。
「一人、5,235リルで、あまりが2リルです」
「さっすがアンタレスの人は計算が速いね」
 わたしたちアンタレス人は十桁の四則演算ぐらいの暗算は初等科へ上がる前にできるようになる。
「でも、残念。違うんだな」
 違う? ということは
「均等割りじゃなくて、食べた量で比例配分するということ?」
「ブッブー。そんなことしたら俺が損するじゃねぇかよ」
 レイターは口をとがらせて否定したけど、損はしないと思う。
「ここはフレッド先輩のおごりです。な、会社の経費で落とせよ」
 レイターはさらりと問題発言を口にした。
「そんなことをしたら横領になるでしょ。普通に割り勘で払います」
 わたしたちアンタレス人は順法意識が高いと言われている。不正は許せない。
「ティリーさんは真面目だなぁ」
 とレイターが顔を近づけてきた。え? 近すぎる。
 そのままぐいっとソファーに押し倒された。身体が密着している。

 な、何なのこの人。信じられない。
「離してください!」
 パシンッ。
 思いっきりレイターの頬を打つ。
「痛ってぇ」
 レイターが頬をさすりながらわたしの身体を引き起こした。

「お客様。大丈夫ですか?」
 ウエイトレスの少女が心配げに近づいてきた。

「俺たちは平気だけど、そこ、穴、空いたぜ」
 レイターが指をさした先を見る。窓ガラスに小さな穴が開いていた。状況が理解できない。
「ほれ、パチンコ玉が外から飛んできたんだ」
 レイターは後ろを向くと、背もたれからシートにめり込んだ直径一センチ程度の硬い球を取り出した。何、これ?
「申し訳ございません。すぐ、片付けます。時々嫌がらせがあるんです」
 フレッド先輩の目が見開かれている。背中がゾクッとした。嫌がらせというレベルじゃない。強化ガラスに穴が空くなんてありえない。この小さな球が頭に当たっていたら死んでいたかもしれない。
 レイターを見た。
「もしかして、わたしを助けてくれたの?」
「俺のティリーさんだから」

「は? 言ってる意味が分かりません」
「俺の警護対象者のティリーさんだから」
 へらへらした様子に緊張感がない。担当者に禍が降りかかるというジンクスを思い出す。これが厄病神の力なのだろうか。

 業務ロボが慣れた様子で清掃とガラスとソファーの修繕を始め、店長だという男性が出てきた。警察には届け出たという。
「お代は結構でございます」

 店を出て、先輩の宿泊先へと歩行者ロードを歩く。フレッド先輩は不機嫌そうな顔でレイターに詰め寄った。
「厄病神を発動させるな、と言ったはずだ」 
「俺は何もしてねぇよ。ってか、飯代、得してよかったじゃん」
「すごい力をお持ちなんですね」
 嫌味を言ってみる。
「いやあ、それほどでもねぇよ」
 まったく通じていない。

 と、その時だった。

 ダッダッダッツダダ……。
 身体が揺れる。突然の轟音。

 バリーン。
 硬化ガラスが割れた、と思った時にはレイターがわたしの体を引っ張っていた。

 キャー。
 叫び声が聞こえる。

 レイターがレーザー銃を取り出したのが見えた。
 ギューン。ギューン。

 向かいにある三階建てのビルへ向かってレーザー弾が飛ぶ。
 屋上に大型銃を手にしている男の姿があった。

 と、その身体が路上に落下した。

 あっという間の出来事だった。
 焦げ臭いにおいと煙。
 硬化ガラスのかけらが散らばっている。一体何が起きたの?
「ティリーさん、フレッド大丈夫か? けがはないか?」

 レイターの声が遠くに聞こえる。レイターがわたしの体を揺さぶった。
「痛いところはないか?」
 どこも痛いところはない。
「な、何が起きたんだ?」
 フレッド先輩も呆然としている。

 パトカーと救急車のサイレンが聞こえてきた。
 近くで怪我をした人が救急隊の治療を受けている。厄病神の大災禍だ。

「あ、あの人どうなったの?」
 声が震える。
 レイターに撃たれた人の周りを警察官が取り囲んでいた。血だまりが目に入る。
「さあな」
 と、レイターがあいまいに答えた。

 答えを聞くのが怖い。でも、あの人はおそらく死んでいる。

 レイターが撃ったレーザー弾で。
 レイターが殺した。

 これは、現実なの?

 制服を着た警察官が近づいてきた。
 レイターが証明カードを提示する。
「ボディーガード協会の方ですね。乱射事件の被害拡大を止めていただき感謝します」
 警察官はレイターに敬礼をした。 
 その場で名前と連絡先を聞かれた。連邦のソラ系から出張で訪れたと警察官に伝えたら、それで聴取は終わった。
 レイターは手慣れていた。事務的に警察の書類にサインをしている。

 ボディーガードという仕事だからだろうか、人を殺害したと言うのに動揺した様子もない。
 これまでにも彼は人を殺したことがあるのだろうか。 

「ティリー君、気を付けて帰りたまえ」
 ホテルへ向かうフレッド先輩の後姿を見て気が付いた。厄病神から逃れるために宿を予約したのだということに。

 レイターと一言も口を聞かないままエアカーで空港のフェニックス号へ戻る。

 通信機でニュースを見る。 “銃乱射事件発生”という速報が流れていた。
 防犯カメラらしき映像が映る。
 さっきまでいた見覚えのある場所。ビルの屋上に現れた男が歩行者ロードに向けて大型銃の引き金を引く。映像はそこで切れた。

 現場からリポーターが伝えている。
 犯人はその場で警備員に射殺された。
 無差別乱射で歩行者五人がけがをしたが軽傷で命に別状はない。
 犯人の身元はわかっていない。

 警備員とはレイターのことだ。
 自分の身に起こったこととは思えない。
 男が倒れていた血だまりは映らなかった。テレビ局がカットしたのだろう。

 わたしが衝撃を受けているのは、自分が撃たれて死んでいたかも知れない、という可能性ではなく、レイターが人を殺したという事実だった。

 頭ではわかっている。
 男が先に撃ってきたのだ。警察の人も言っていた「正当防衛が認められます」と。
 あの場にいた自分が一番わかっている。
 なのに、銃撃犯より隣にいるレイターの方が怖く感じられた。

 レイターが引き金を引く。
 聞きなれないレーザー弾の発砲音と共に、撃たれた男がビルから落下する。一部始終を見てしまった。
 その情景がスロー映像となって頭の中に再現される。道にできた血だまりが頭から離れない。

 わたしの故郷アンタレスではこんなことは起きない。銃の所持自体が禁止されているのだ。
 息ができない。どこかへ逃げたい。

 フェニックス号の入り口に男性の人影があった。警察の関係者だろうか。
 スラリと背筋が伸びた美しい立ち姿に、思わず目が吸いつけられる。長い黒髪を後ろで束ねていた。端正な顔はモデルの様だ。どこかで会ったことがある気がする。

 突然、レイターの機嫌が悪くなった。
「あんた、何しに来たんだよ」
「請求書を届けに来た」
 低い落ち着いた声の人だった。警察ではないようだ。
 レイターが男性にわたしを紹介した。
「こちら、ティリー・マイルドさん。ハイスクールの卒業旅行中」
「違います。クロノス社の営業担当です」
 初対面の人に変な紹介しないで欲しい。レイターが男性を指差した。
「こいつはさ、プロの殺し屋なんだ」    
「えっ?」
「やめないか」
 わたしが驚いて声を上げるのと、男性がレイターをたしなめる声が重なった。
 一瞬、殺し屋と言う言葉を信じてドキッとした。どこかその言葉に通じる鋭い雰囲気を持った人だった。
「だって、職業軍人なんだぜ、連邦軍の」
「初めまして、アーサー・トライムスです」
 その名前で気がついた。わたしがなぜこの男性となぜ会ったことがあると思ったのか。
「しょ、将軍家の殿下?」
 レイターがにやりと笑った。
「ティリーさん、よくご存じだねぇ」      第2話へ続く

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