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「転校生は将軍家?! 」第3話 週刊少年マガジン原作大賞応募作品 銀河フェニックス物語【ハイスクール編】

「拾ってくれて、ありがとな」
 レイターはにっこり笑って紙を受け取った。

 気持ちのいい笑顔だ、とフローラは思った。

 紙を見て気づいたことがある、伝えた方がいいだろうか。フローラは迷いながら声をかけた。
「あの」
「あん?」
「初期値が……」
「え?」
「カロック原理の演算アルゴリズムが違ってます」
 レイターは驚いた顔でフローラを見た。

 そして、紙に目を落とした。
 指摘された途端に見えてきた。アルゴリズムの設計が間違っている。いくら計算してもうまくいかないはずだ。
「あんた、宙航理論わかるのか?」
 フローラが小さくうなずいた。
 レイターは興奮していた。そうか、彼女もアーサーと同じように高知能民族の能力を受け継いでいるのだ。
「な、なあ、俺に教えてくれねぇか、宙航理論」
「あ、あの。きょうはこれを植えてしまいたいんです」
 苗を手にフローラは言った。
「俺が手伝ってやるよ」
 レイターの申し出を、フローラはやんわりと断った。

「申し訳ありませんが、急ぐ必要はないんです。命があるものですから、丁寧に植えたいんです」
「へーき、へーき。とりあえず植え方を教えてくれよ」
 レイターは勝手に苗を手に取った。 
 こうした軽い雰囲気の人と話すのは初めてだ。どう断っていいのかわからず、やり方を簡単に伝えた。

 彼はみるみるうちに植えていった。
 速い。
 急ぐ必要はないと言ったのに……
 植え直さなくちゃいけないかも知れない。

 フローラはため息をつきながら、レイターが植えた場所へ向かった。庭師のアンダーソンが後に続く。
 苗を見て驚いた。きちんと植わっている。

「ほぉ。あいつ、思ったより仕事が丁寧だ」
 アンダーソンがつぶやいた。
 軽い見た目とは裏腹に、レイターの作業は雑ではなかった。

「お~い、どうかしたか?」
 レイターが遠くから声をかけた。
「何でもありません」

 こんなに大きな声を出すのは久しぶりだ。
 アンダーソンが少し驚いた顔をした。

 レイターがスキップをしながら戻ってきた。
「終わったぜ」
 器用な人だ。彼が手伝ってくれたおかげで、あっという間に予定していた苗を植え終えてしまった。

 アンダーソンがわたしにたずねる。
「お嬢様、きょうはこれで終わりにしますか?」
「ええ、そうしましょう」
「では、片づけて参ります」
 水やりのホースを束ねながら、アンダーソンがそばを離れた。

「あんたすごいな。この花壇、みんなあんたとアンダーソンで手入れしてんの?」

 レイターが花園を見渡しながら言った。
「ええ」

「俺、花とか生き物とか育てたことねぇから、感心するぜ」
「あなたも、とてもお上手です」
「そうかい?」
 技術的に優れているだけではない。この人の所作からは、命を慈しむ誠意が伝わってくる。花たちがそれを感じているのがわかる。
 
 次の瞬間、
 目の前が急に暗くなった。発作だ。

 息が苦しい。アンダーソンを呼ばなくては……
「おい! あんた大丈夫か? おいっ!!」
 レイターの声が遠くに聞こえる。

 ぼんやりと意識が戻ってきた。
 温かい息が、唇を通して身体に吹き込まれている。ほのかにペパーミントの香りがする。

 ゆっくりと目を開けると、心配そうにわたしを見つめる大きな目が眼前にあった。
「気がついたか?」
 状況がわからないままうなずいた。気を失っていたのはわずかな時間だ。

「ああ、よかった」
 わたしの身体を支えながら、彼はほっとした顔をした。

 唇が熱い。

「あんた、急に呼吸止まって倒れるんだもん。びっくりしたぜ」
 彼がマウスツーマウスで人工呼吸をしてくれた、ということに気が付いた。
 恥ずかしさに、顔が火照る。 

 レイターは軽々とわたしの体を横抱きに抱き上げた。
「あんたが発作を起こすとは聞いてたけど、一つ間違ったら俺、アーサーに殺されるところだった。救命士の資格とっててよかったぜ」

 お礼を言わなくてはいけないのに、言葉が見つからない。
 胸の動悸が速くなった。これは病気のせいじゃない。

「お嬢様!」
 アンダーソンが駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか? お薬は?」
 手首のブレスレットに入ったままだった。
「もう、落ち着きました」

 レイターはわたしの耳元でこっそりささやいた。
「あんた、そんなところに薬持ってたんだ。知らなかったおかげで、得しちゃったぜ」
 レイターの唇の感触が頭の中で再現される。フローラは身体中が熱を帯びていくのを感じた。 

 こんなに散らかった部屋を見るのは、フローラにとって生まれて初めてのことだった。プラモデルやゲーム機、工具、洋服、お菓子の袋などが机からはみ出して、床の上にもごちゃごちゃと置いてある。どこに座っていいのかわからない。

 もちろん世界には、散らかった部屋なぞ無数に存在し、汚部屋という名称で呼ばれていることも知っている。だが、この月の御屋敷の中で、そのような場所を見ることになるとは、信じられなかった。

 この家のことは、将軍家侍従頭のバブさんが取り仕切っていて、どの部屋も整理整頓がきちんとなされている。
 父も兄も無用な物は持たないし、部屋が片づいていないことなど、あり得ない。

「この部屋のお掃除は、どうしているんですか?」
 聞かずにはいられない。
「あん? 俺がしてるよ。最初はバブの野郎と毎日戦争してたけど、あいつがこの部屋に介入しないことで、不可侵平和条約を結んだんだ」

「バブさんが降伏したということ?」
 驚くわたしに、レイターがにやりと笑った。

「戦勝国なしさ。俺も、俺の物をほかの部屋に侵入させない、って条件を飲まさせられた」

 確かに食堂や居間に、レイター個人の物は置かれていない。

 座ることのできる場所が、ベッドの上にしかなかった。
 そのベッドの上にも、雑多に物が置かれている。
 隙間を縫うように、レイターは寝っ転がり、わたしはベッドの端に腰掛けた。

 この部屋は、不思議な空間だった。

 こんなに散らかっているのに、なぜか落ち着く。
 そして、思った以上に機能的だった。最新の論文、ペーパータブレット、筆記具、ポケットコンピューター、どれもレイターが寝たまま取れるところに置いてあって、わたしが説明に必要な物は、すぐに出てきた。

 整頓はされていないけれど、この人の頭の中では整理されているのだ。

 わたしが見たことのないようなものが、この部屋にはいろいろあった。 宝石のように緑色に光る小さな石が、机の上に無造作に置いてあった。

「きれいな石ですね」
「ああ、アマ星の石。アレックの艦で出かけた時に拾ったんだ」
 レイターはお兄さまと一緒に、戦艦アレクサンドリア号に乗艦していた。

 アマ星は銀河辺境の星。
 文献で読んだことがある。アマ星の鉱石は、こんなところにあってはならない。
「これ、天然記念物ですよね?」

「よく知ってるね。闇だと結構高値が付くんだ。金に困ったら売ろうと思って」
「それはいけません。許可を得ていなければ希少金属取引法の五十六条四項違反にあたります」
「へぇ、あんたもアーサーみたいに、法律全部暗記してんだ」
 感心した顔をされた。
 どう答えればいいのだろう。
「居間に『銀河六法』が置いてあるので……」
 わたしは答えにならない答えをしたが、レイターはそれで納得したようだった。

 それよりも、この違法行為を見逃していいものだろうか。

第4話へ続く     


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