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どうしても彼を追ってしまうこの気持ちを蹴とばしたいのに~小松未歩「さよならのかけら」

どうしても彼を追ってしまうこの気持ちを蹴とばしたいのに~小松未歩「さよならのかけら」

はじめに

こんにちは、2000年前後のbeing作品の歌詞の解釈について書いている「品川みく」です。今回は12月22日(木)22:30~23:30に開催予定の #さよならのかけらナイト に向けて小松未歩「さよならのかけら」(1999年)について書きます。

私自身の解釈:考えてみると結構この曲、怖いよね?

「さよならのかけら 蹴飛ばして 負けないように 未来へ走るよ」
サビのこの部分だけを聴くと、失恋の悲しみを振り払おうと頑張っている幼気な主人公の姿が思い浮かびますが、よくよく考えてみると、この曲、2番の歌詞が怖いのです。

「今日見かけたよ さり気なくカバン持ってた
ねぇ 好みも趣味ももう あの子の匂い」
は、街で偶然見かけた「君」がすっかり新しい彼女の色に染まってしまいて、自分とは別れてしまったことを改めて実感させられているシーンだと思います。

「明かり零れる窓辺に立ち 帰りを急ぐ人波を見てた」のはそのシーンを見た後で、呆然と立ち尽くす姿ではないかと思います。

ところで、この主人公が立っていた「明かり零れる窓辺」というのは、建物の内側でしょうか、それとも外側でしょうか?
建物の内側から街明かりが零れているのを眺めているという解釈もできますが、建物の中から明かりが零れている窓辺に立っている、という解釈もできます。

そこで、Cメロの「ドアの外で凍えそうで何も感じなくして」というのも主人公だとして考えてみると、主人公が立っているのは「ドアの外」つまり、建物の外。粉雪が舞うような寒い冬に凍えそうになりながら一人立ち尽くしているシーンが思い浮かびます。

では、なぜ、建物の外に立っているのか、その「窓辺」の内側にはいったい誰がいるのかというと、それは「君」と「あの子」なのではないでしょうか。

つまり、2番からはこんなストーリーです。

街でふと「あの子の匂い」に染まっている君の姿を見かけ、つい君の後を追ってしまった。すると、「あの子」と会って笑い合い、楽しげに店へと入っていった。その姿を見送り、呆然と立ち尽くす「僕」。窓から零れる明かりの向こうには「君とあの子」がいる――。

この主人公、彼と別れた直後とはいえ、かなり病んでいる感じがしますよね。

もう「君」は自分のものではない。「さよならのかけら蹴とばして 負けないように未来へ走るよ」そう自分に言い聞かせているのに、なかなか足を動かすことができません。
まだどうしても彼のことを諦めきれない、そんな「さよならのかけら」と戦っている様を描いたのがこの曲かなあと思っています。

のりさんの幼馴染解釈がジャストミート

と、ここまでが私の解釈だったのですが、それでも解けない謎が2つほどありました。
1つは、1番メロの「もう会えないと笑えないジョーク」のところ。別れることになるのなら「もう会えない」というのはジョークにはならない気がしますし、主人公と君がまだ付き合っていないのなら、わざわざ「もう会えない」なんてジョークを言うこともないような気がします。

もう1つは、Cメロの「あの子と友達になるわ 会えなくならず済むのなら」のところ。
主人公が君の新しい彼女である「あの子」の友達になっていったいどうするんでしょうか。恋人でなくなっても辛うじて「君」と交流を持てていることに満足する? それとも、一度は「友達」に格下げになっても、「あの子」といずれ別れる機会を虎視眈々と狙うのでしょうか? どちらもあり得そうですが、「さよならのかけら」を蹴とばせずに、むしろ、どっぷりと浸かりに行っているような気がします。

そんな中で、読ませていただいたのが、のりさんの解釈です。

「僕」と「君」は幼馴染。
“幼稚園から高校までずっと一緒にバカやってた。
周りからも、お似合いだなんて囃されたりしてた。
絶対ないない、と笑いながら、内心気持ちよかった。
両想いだろうと、自惚れてた。
大人になれば、自然と付き合うんだろうと思ってた。”(ここまで引用部)
そんな中で、突然、君から「あの子」が好きだと知らされて……。

「幼馴染」とはいえ、あまりに親しくしている異性の存在は恋人からすると気にかかるもの。
「あの子と付き合えたらもう(「僕」とは)会えないかも」というの言葉は「君」からするとジョークのつもりだったのかもしれませんが、「僕」には重く突き刺さりますよね。

Cメロの「あの子と友達になるわ 会えなくならず済むのなら」というのは、「君」と「あの子」の関係を受け入れた上で、その上で自分も「友達」として接していこうという主人公の決意を表しているものだと捉えるととてもなじみます。

ああ、実に切ない……。
のりさん、本当にありがとうございます。おかげでこの曲を私の中で消化することができました。

おわりに:12/22をお楽しみに

歌詞の解釈に正解はないですが、小松未歩の楽曲を長年愛してきたファンたちが作り込んだ楽曲のイメージをお互いに語り合い、楽曲の楽しみ方をさらに増やしていけることはとてもうれしいです。まだまだこの曲、私の知らない一面が残されているかも。まだまだ小松未歩に新しい見方があるかも。

放送は、12月22日(木)22:30~23:30。ご都合がつかない方も後から1か月ほどは録音を聴くことができますのでご安心ください。もしちょうど都合がつく方は、ぜひリアルタイムで「#さよならのかけらナイト」をつぶやきながらご参加ください。

それでは、また。お会いできる方は、22日に、よろしくお願いします。