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デザインの師匠-#02 コミュニティデザイン-

S.KONDO

「デザインの師匠」では、20代から30代に出逢って、デザインに対する考え方やスタンスに多大な影響を受けた人達を師匠と呼び、当時のできごとを書き留めて、私のデザインのルーツを探っていこうと思う。

新卒で入社した旭川の家具メーカーでは、企画開発と言う役割を与えられたが、30名の中小零細企業では、専門性に特化した仕事のみに没頭はできず、日々雑務をこなしながら、意義を感じる仕事を作らなければならなかった。

デザインよりもものづくりを優先する現場で、雑務に対する不満や閉塞感の中、私は、デザインに対する学びの場を外に求めていった。幸い、旭川市は地場産業である家具や木工への支援は厚く、旭川市の工芸センターが手掛ける人材育成事業で2人のデザインの専門家の講師に出逢う事が出来た。その2人は、萩原修氏(シュウヘンカ)と名児耶秀美氏(アッシュコンセプト)だ。

今回は、萩原さんとの出逢いから学んだデザインについての話しを書いていこうと思う。

萩原さんは、肩書きはデザインディレクターと名のり、つくし文房具店主、中央線デザインネットワーク代表、東京にしがわ大学職員...などなど、現在進行系のプロジェクトから、過去に立ち上げて、携わってきたプロジェクトを書き上げるとかなりの数で、きっと今も新たな取り組みが生まれているであろうから、その全容は外の人間には把握しきれない。私が出逢ったころは、明星大学デザイン学部の教授ではなかったし、シュウヘンカはまだ立ち上げて無かったと記憶してるが、この会社はダジャレなのか、萩原さん自身も、萩原さんと関わったまわりの人や地域も変化する。

萩原さんのまわりの人たちは、修(シュウ)さんと下の名前で呼ぶので、講師として出逢った後、より親交を深める中で私たちも自然とそう呼ぶようになった。

シュウさんとは、「旭川木工コミュティキャンプ(AMCC)」のプロジェクトで2009年からの10年間を一緒に過ごした。私は当時29歳で、ギリギリ20代。旭川市がセッティングしてくれた人材育成セミナーの受講者は、1970〜80年代生まれの世代が多かった。会社や組織の中では、自分達に決裁権はなく、まだまだ上司の指示で仕事をせざるを得ない若者達。後輩もいるが、リーダークラスの血気盛んなメンバーが多く「大人たちの助けを借りるのではなく、自分達、若い人の力で!盛り上げよう」と言う想いが強かった。旭川は木工の盛んな地域であるが、家具だけではなく、クラフト製品の工房も数多くある。2000年代後半は、クラフトのメーカーや工房の2代目を担う息子達が「ミクル(mickle)」というグループを立ち上げて活動を始めていた時期で、その人たちと私たち家具メーカーの若手スタッフが交わって、「旭川木工コミュティキャンプ(AMCC)」は始まった。

きっかけは、シュウさんのセミナーの後に集まった懇親会の席で、「私たち(旭川)は、何をするべきか、何が足りないのか」という話題になり、シュウさんが「旭川には、何かが足りないのではなく、すでに魅力的な地域だから、それを知って貰う為に、北海道外の人に来てもらう機会をつくれば良いのではないだろうか。」と呟き、翌日のセミナー2日目には、AMCCの構想の話しがでて、血気盛んな地元の若者達によって、実行委員会が立ち上がった。

AMCCの10年間に関しては、日野明子氏のAXIS WEBの記事のリンクを貼っておく。https://www.axismag.jp/posts/2018/09/101093.html

日野さんも、AMCCの立ち上げから実行委員だった事を考えるとやはりすごいプロジェクトだったと思う。実行委員は、地元旭川のメンバーだけではなく、東京からもデザイナーの山﨑宏さんや、磯野梨影さん、大治将典さん、小野里奈さんも参画した。第一線で活躍するデザイナーの皆さんの仕事を目の当たりにして、サラーリーマンだった私が軽々しくデザイナーなんて自称できないと思ってしまうのは必然の流れだった。

旭川では、ミクル(mickle)の代表だった高橋秀寿さん(高橋工芸)、丸一直哉さん(TUC)がAMCCの初期の実行委員を束ね、10年間の中で、2年毎に実行委員長を刷新して運営してきた。2019年でプロジェクトは完結したが、旭川の次の20代、30代の世代が存続を望み、AMCCの看板を引き継ぎ、新たに活動を続けている。

AMCCの活動を通して、シュウさんからは、考えることと行動に移すことの大切さを学んだ。考えながら積み重ねていくこと。仲間をつくり、縦割りではなく、デザインをプロジェクトとしてメンバーの輪の中で生み出し、育てていくこと。自分の引き出しにある知識や経験だけで、満足して突き進むのではなく、常にスポンジの状態で新しい物事に興味をもって吸収し、変化すること。あと、旗を掲げる為のプロジェクトのネーミングの大切さもシュウさんから学んだひとつだ。「旭川木工コミュティキャンプ」というプロジェクト名に、デザインという言葉が入っていないのと、コミュニティをメインとしたのは、この当時も、今考えても斬新だと感じている。

シュウさんから、直接の指導やレクチャーで、手取り足取り教えてもらった訳ではないが、10年という期間、プロジェクトを通して一緒に過ごすことで、自ら考えさせられ、AMCCと言うコミュニティを創りあげた経験は、コミュニティデザインという、プロダクトデザインとは違ったデザインの引き出しを得ることができた。地域性を強く意識し、内側と外側からアプローチする大切さ、ものごとを多角的な側面から捉えて融合させることで、独りよがりではないデザインを生み出すことを目指すようになった。シュウさんの弟子ではないので、師匠と呼んだことはないが、萩原修チルドレンなるものがあるとしたら、そこの末尾には名を連ねたい願望はある。

マスターウォールとのBlueprintプロジェクトを始動する前には、アカセ木工の開発担当者にもAMCC2018に参加して貰い、2泊3日間、旭川で寝食をともにし、まず人として一緒に仕事をできるパートナーになれるか、お互いのお見合いからはじまった。

また、Blueprintプロジェクトでは、クライアントと協働で商品をうみだすことで、その会社のオリジナリティを探すのではなく、製品を一緒につくりあげることで、マスターウォールらしさをつくっている。MICAのコートハンガーでは、生活者であるユーザーのリクエストがきっかけで、ショップのスタッフを中心にした商品開発のデザインを行なった。このプロジェクトでは、家具のカタチや構造の狭義の意味のデザイナーとして関わっているが、どのような家具をなぜつくるのか、目的に対しての問題解決や改善などの広義の意味のデザインに関しては、プロジェクトのメンバーとチームを組んでその一員としてデザインしている。

萩原さんに出逢って、一緒に立ち上げた、旭川木工コミュニティキャンプ(AMCC)の10年で得た経験は、私の大切な財産となっている。



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